11話 昼のダンジョン
日暮れとなりセルスが街に帰るのかと思っていた綺羅だが、目の前の光景に固まっていた。
(この世界にも土下座があるのね……)
呑気にそんな事を考えている。
「野営はいつでも出来るように持ち歩いているから大丈夫。庭でいいからテントを張らせてください。少しでも綺羅の側にいたいんだ」
土下座で頭を下げるセルスのつむじは二つあった。
と、綺羅は違う事を考えていた。
セルスが顔を少しあげると視線があう。
不安そうな瞳を見るときちんと考えなければならないと、思考を戻す。
「えっと……宿に帰らなくて大丈夫なのですか?昨日は私の看病で戻ってないのよね?仲間の方々が心配されるのでは?」
「仲間には今すぐに転移で伝えるよ。仲間にちゃんと伝えたら、ここにいてもいい?」
セルスはガバッと顔を上げると綺羅にそう伝えた。
「えっと…」
(困った。この世界ってどこに男女の境界線があるのか、分からないのよね……別に恋人がお泊りするのは普通だったし。それに、セルスさんは昨日泊まっているし?)
セルスは綺羅から許可が出るのを待った。
「私のいた世界は恋人がお互いの家を泊まり合う事はあります。婚約者って恋人と同じと考えていいのでしょうか。婚約をするのは、結婚を前提としたお付き合いって事であっていますか?」
世界の常識の違いを擦り合わせなければいけないと、綺羅は問いかけた。
「貴族は何かと縛りがあるけど、冒険者や平民は泊まり合う事はあるよ。それに俺は綺羅と恋人として過ごしたいし、結婚もしたいと思ってる」
「そ、そう…ですか」
綺羅はセルスの言葉に顔を真っ赤にする。
「えっと、セルスさんの部屋を作りますから待って下さい」
「え?いいの?家に一緒にいてもいいの?」
セルスは食い気味で綺羅に聞いてくる。
「家も庭も駄目だって言ったら、結界の直ぐ側にテント張るつもりでしょう?」
考えが読まれ、セルスはそっと視線を外した。
綺羅はセルスの部屋を作り、二人では手狭な家を拡張することにした。
セルスを玄関の外に出して家から少し離れてもらう。
綺羅は玄関に手をあてると、新しい家の間取りを頭に浮かべた。
家は大きくグニャリと歪むと、ボンッと大きく弾けた。
セルスが瞬きをした一瞬で元の家の二倍近い家が建っていた。
玄関の扉も大きい。
綺羅が玄関をゆっくり開くと中を覗いた。
「入ってみる?」
綺羅の誘いにセルスは足早で家に入った。
「なにんだこれ……」
以前の部屋の雰囲気はなく、初めて見る部屋に変わっていた。
「セルスさんの部屋はリビングを挟んで右ね。私は左」
(隣ではないのか……)
セルスは少し残念な気持ちになるが、新しい家の探索を始めた。綺羅に用意してもらった部屋に入ると家具だけがあった。
「家具は家の一部だから用意出来たけれど、それ以外はセルスさんが自分で用意してね」
綺羅は申し訳なさそうに口にするが、セルスはとてもご機嫌になる。
「家具まで用意してくれて、ありがとう。この家に持って来るものを用意するなんて、ワクワクするよ!」
綺羅と一緒に住むこの家に持ち込む物を考えながら選べる。
幸せでしかない。
綺羅は手を煩わす事が申し訳なかったので、セルスがなぜそこまで機嫌が良くなるのか理解出来ない。
セルスは部屋を眺め必要な物を書きとめると街へと転移した。
仲間へ説明をした後、夕食も買ってくるからゆっくりするように言われている。
日も落ちて少し過ぎた頃にセルスは戻ってきた。
玄関の扉がノックされ綺羅が扉を開く。
「おかえりなさい」
綺羅がそう言うと、セルスは幸せそうな笑みを浮かべると目を閉じた。
セルスは綺羅の「おかえりなさい」の言葉を噛み締めていた。
「ただいま」
セルスの返事とともに扉が閉まる。
新しい家での二人の生活が始まった。
綺羅はいつもの時間に目覚めたので、身支度が終わると部屋を出た。
リビングにはセルスがすでにいて、綺羅が部屋から出てくると笑顔で朝の挨拶を交わす。
朝食もセルスが街から買ってくれていたので、それを二人でいただく。
「今日は夜にダンジョンに向かおうと皆で話をしたよ」
ダンジョンの言葉に綺羅の顔に不安が浮かぶ。
(セルスさんの仕事だもの)
「分かりました。気をつけてくださいね」
綺羅はそれだけ言葉にした。
セルスも綺羅が心配している事は分かっている。
「初のダンジョンだから、どこまで行けるかわからないんだ。だから地上に戻る日もいつかは言えない」
綺羅は頷くだけで朝食を続けた。
朝食を終え綺羅がセルスに昼のダンジョンに一緒に行かないかと誘う。
「いいの?」
「一緒に入れたら楽しいかな?って思って。セルスさんが転移する時に手を繋ぐでしょう?ダンジョンに入る時に手を繋いだら入れないかな?って考えたの。
無理だったら外で待ってもらうことになるけれど」
「入れなかったら待ってるから大丈夫。一緒に行きたい」
綺羅は大きな籠を抱えたけれど、セルスが持ってくれた。
結界を抜け湖の方に向かう。
左に行くと夜のダンジョンがあるが、綺羅は右に進む。
(本当に別の入口なんだな……)
湖の左側を眺めながら綺羅について行く。
茂みに入り木々の間を暫く歩くと開けた場所に着いた。
目の間には綺羅が言うように、こんもりした土山がある。扉も豪奢な造りをしている。
「初めて見るダンジョンの入口だよ。入口の周囲の空気も全然違う。ダンジョンの周囲はなんて言ったらいいのか、禍々しい感じなのに。このダンジョンの周囲は澄み切っている……」
セルスが門に近付き紋を確認すると、やはり綺羅の手の紋と同じ花が刻まれていた。
「中に入ってみましょう」
門をあちこち眺めていたセルスに綺羅が声をかけた。
綺羅はセルスと手を繋ぎ門へと手を伸ばした。
門が淡く輝くと二人を包み込む。
セルスが次に見たのは、畑、だった……。
「本当に……畑だ……」
セルスは呆然と目の前の光景を眺めた。ダンジョンに畑を作ったと綺羅は確かに言っていた。
畑を見つめたまま動かないセルスを放置して、綺羅は籠を抱えて嬉しそうに収穫を始めた。
トマトにきゅうりにピーマン。
夏野菜をどんどん収穫する。
「小麦もそろそろ収穫だけど、一人だと大変かしら?魔法で収穫出来るように考えなきゃ」
綺羅が畑に夢中になっている頃、セルスはようやく我に返った。
綺羅を探してキョロキョロすると、楽しそうに野菜を収穫する姿が見えた。
「凄いね、この畑」
綺羅の側にくるとトマトを一つとり、眺めながらセルスが呟いた。
「土も太陽?の光も野菜を育てるのに適しているの」
セルスはダンジョンの中をグルリと見渡した。
「最初からこの中はこんな感じだったの?」
「んー?最初は砂漠みたいだったかな?これだと野菜を育てるのは無理ねって思っていたけれど、次の日には柔らかな土になってたの。ダンジョンって不思議ね?」
綺羅はダンジョンはそう言うモノだと思っている。
でもセルスは違う。このダンジョンは綺羅の意思により変化するのだろうと考えている。綺羅のためだけのダンジョンだと。
「ダンジョンって本来こんなモノじゃないけど、綺羅のためだけのダンジョンならこうなるのかもな」
不思議なダンジョンだが、探るのを止めた。綺羅が好きな野菜を育てられる場所なら、それだけで良いと結論を出した。
(野菜だけだと綺羅が痩せてしまうな。魚は捕れるけれど、肉は街に買いに行くか)
セルスは綺羅の健康を考え、自分が買い出しに行く事を考えていた。
「うわぁーっ」
先に歩いていた綺羅が悲鳴をあげた。
セルスが直ぐに綺羅の腕を引き背中に隠した。
敵かと攻撃体制に入るが、目の前にいる生き物を見てセルスも驚く。
目の前には、魔牛、魔羊、魔鶏がいた。
セルスはポカーンと口を開いて生き物を眺めた。
「いきなりポンって出てきたのよ?」
セルスの背後から綺羅が言う。
セルスは、もしかして……。と、その可能性を綺羅に伝えた。
「野菜を収穫する綺羅を見ててお肉があったらなって、考えていだんだ……」
「セルスさんもダンジョンに入れたからかしら?」
二人で暫く見つめ合うけれど、結論はお互いでない。
「俺が何か欲しいものを考えても良いかな?」
試しにやってみたら分かるのでは?そうセルスが言う。
「お願いします」
(よし、雨が降った時の傘が一本欲しいな)
セルスが願ってみたが何も起こらない。
「違うみたいだね。俺の願いは叶わない」
(綺羅と一緒の傘に入って、雨の日も出かけたかったな。綺羅は小さな傘しか持っていないから。俺が買えばいいか)
セルスは傘が出なかった事に残念そうな顔を綺羅に向けた。
魔物達をどうするかを考えようとすると、綺羅とセルスの間に傘がポンっと出てきた。
「「え?出た……」」
セルスが黒い傘を拾い上げひらいた。
綺羅の隣に並ぶと二人並んで傘をさす。
「綺羅と一緒に入れる大きな傘をお願いしたんだ。最初はただ(大きな傘が欲しい)そう願った。その後、(大きな傘があれば綺羅と一緒に入れるのに)と、考えていたら傘が出ました……」
セルスの話を聞いて綺羅は黒い傘を見あげた。
「きっとこのダンジョンは綺羅に関わる物しかアイテムは出現しないのでしょうね」
傘から視線を外した綺羅は、前方に視線を向けた。
「あの子達をどうしましょう。お肉にはしたくありませんし……」
綺羅は、どうしよう……と、セルスを見た。
「飼ってみますか?魔牛は乳が出ますし、魔鶏は卵を産みます。魔羊は……何でしょうかね?」
とりあえず飼育小屋を建てなければと、綺羅は頭の中で想像しながら(この子たちが住める小屋をください)と、お願いをした。
畑の端が勝手に広がり大きな小屋が現れた。
魔物達は二頭ずついる。
番なのか、仲良く小屋へと歩き出した。
綺羅とセルスは追いかけて行く。
魔物は小屋へと入って行った。
小屋の中を覗くと、それぞれに合わせたスペースに入っている。
「賢いのね」
「いや、ここのダンジョンにいるからだから、勘違いしないで。普通に魔牛は気性が荒いし、魔鶏は飛んできて嘴で襲ってくる。魔羊は普段は大人しいけれど、怒ると弾丸みたいに飛んでくるんだ。全部C級の魔物だから強いよ」
綺羅は顔を青褪めさせ、魔物達へと視線を向けた。
魔物達は穏やかな顔で綺羅を見ている。
(優しい瞳ね)
綺羅はこの子たちは恐れる対象ではないと判断した。
「この子たちの餌は何がいいのかしら?」
セルスに問いかけると、魔物達の前にポンポンポンとそれぞれの餌が用意された。
「このダンジョン、やりたい放題だな」
セルスは笑いを堪えきれずに声を出して笑った。
綺羅を甘やかすにもほどがある。
セルスはダンジョンの綺羅に対する過保護さに呆れて笑ったのだ。
「そろそろ帰ろうか。夕食を食べたら街に戻るよ。夜のダンジョンに向けて準備をするからね」
笑いが止まったセルスは綺羅の手をとり昼のダンジョンを後にした。




