8話 初めての街
ワンピースとブーツの入った袋を抱えて森の結界の前に転移した。
いつも通りに、ポヨーンと結界の中へと入った。
綺羅が玄関を開けてセルスに向かって走ってくる。
(え?走ってくるの?嬉しい!そして、可愛い!)
セルスは左腕に荷物を抱え、右手で綺羅に手を振る。
綺羅はセルスの目の前に立つと、
「こんにちは」と、挨拶をしてくれた。
「こんにちは。綺羅さん。服を用意したんだけど、着てもらえる?街を歩くからもう少し軽い服がいいでしょう?」
綺羅はセルスが持つ大きな袋に視線を移した。
「セルスさんが私に?服を?」
首を傾げキョトンとする綺羅は、何度見ても可愛い。
「そう。今日は色々と案内したいからね」
綺羅と一緒に家に入り、大きな袋を綺羅に渡した。
袋の中を覗いた綺羅が目をまん丸にして中を凝視していた。
(気に入らなかったのだろうか……)
不安な気持ちを隠し、綺羅の様子を伺う。
綺羅は「いいの?」と、再度確認をしてきた。
綺羅に着替えてくるように伝え、セルスはソファーに座り綺羅を持った。
後ろで扉が開く気配がしたので振り返ると、白のワンピースにブーツを履いた可愛い綺羅が立っていた。
髪を二つ結びにし胸元に流している。
セルスは勢い良く立ち上がり、綺羅の目の前に立つと前後左右とあらゆる場所から綺羅を眺めた。
綺羅は恥ずかしそうにスカートをギュッと握りしめた。
(見過ぎなんですけどっ!私、二四歳ですが!)
恥ずかしくて仕方ない綺羅だけれど、プレゼントしてくれたセルスに悪態をつく勇気は持ち合わせていない。
それに、ワンピースもブーツも可愛くて綺羅も気に入っていた。
「可愛い!やっぱり白にして良かった」
セルスが綺羅の髪を救い口付けを落とした。
「なっ!えっ?キスっ?」
映画か物語でしか見た事ない髪へのキスに、綺羅の顔は真っ赤に茹で上がった。
(可愛い過ぎだろっ!やばい!我慢しろ!俺……)
セルスも恥ずかしくなり、手で目元を隠した。
暫しの沈黙をセルスが咳払いで誤魔化した。
「お昼ご飯はまだでしょう?街で食事をしながら散策しませんか?」
「私はお金がないので……あ!セルスさんに頼んだ胡椒を先に売りに行きたいです。そうすれば、私もお金を持てますから」
綺羅は台所に入ると、木の箱を抱えて来た。綺羅が木箱をセルスに渡すと蓋を開けて一つまみ口に入れる。
「うん、やはり良い物です」
綺羅は笑顔で木箱を受け取り、籠にしまった。
「森を歩いて出るのですか?街は近いのでしょうか。後、変装?は、いつするのですか?変える色は、何色でも大丈夫なのでしょうか……」
綺羅は色々気になるらしく、矢継ぎ早にセルスに質問する。
セルスはクスクス笑いながらも、丁寧に説明をする。
「森を歩いて出るのはかなり時間がかかります。私が転移を使いますから街には直ぐに着きますよ。
それと、容姿を変える魔導具ですが……」
セルスが話しながら胸ポケットからイヤーカフスを二つ出した。
黒い宝石と金色の宝石が嵌め込まれたイヤーカフス。
金色の方を綺羅に渡し、黒い方をセルスが手にした。
「お揃いで作りました。婚約者ですので、お互いの色をつけるのが常識です。綺羅さんは私の色である金色のイヤーカフスを着けて下さい」
綺羅は右耳にセルスは左耳にイヤーカフスをつけた。
「魔術を付与しますので、変えたい髪の色と目の色を思いながら目を閉じて下さい」
セルスの言う通り、綺羅は髪の色も瞳の色も茶色を思い浮かべてセルスの魔術を受け入れた。
「うそ……こっちも可愛い……」
セルスの言葉に薄っすら目を開けると、顔を真っ赤にしたセルスが綺羅をじっと見つめていた。
「鏡で見てみる?」
セルスの言葉に綺羅は部屋に戻って姿を確認しに戻る。
すると、直ぐに綺羅が部屋から出てきた。
慌てた様子の綺羅にセルスがどうしたのか尋ねた。
「あ、あのね?私は容姿を茶色の髪と茶色の瞳の色を想像したの。だけど、色が違うのはなぜなの?」
綺羅は白髪に近い白銀の髪に、淡い蒼い瞳へと姿が変わっていた。
(茶色が良かったの?でも、こっちの方が断然可愛いと思うんだけどなぁー)
そんな事を思いつつも、セルスはもう一度魔術の付与を試みた。
何度やっても、色は変わらなかった。
「なぜか分からないのですが、綺羅さんはこの色以外に変装は出来ないみたいですよ?」
綺羅はショックをうけたように顔色を悪くした。
「目立つ……」
ポツリと零した言葉にセルスが笑い出した。
「綺羅さんは目立ちたくなかったのですね……でも、綺羅さんは顔立ちが整い過ぎているから、何色になっても目立つと思いますよ?諦めて、街に行きましょう。時間もなくなりましす」
綺羅は何度やっても無理だと諦め、セルスと結界の外に出た。
セルスに手を繋がれ淡い光に包まれると、目の前は森ではなく家が建ち並ぶ街の裏通りに転移していた。
「家がある……」
綺羅は興味津々に辺りを見回していた。
裏通りなのに、人の生活の中に戻って来れた事にホッとしていた。
「先ずは歩きながら食事するお店を探しましょうか」
セルスが手を差し出すと、綺羅は迷う事なくセルスの手を握った。
「宜しくお願いします」
綺羅は迷子にだけはなれない!一人で森に帰れない自信はある!
と、セルスの手をキュッと握りしめた。
(本当に可愛いんだから……)
可愛いに限界はあるのだろうか……。
セルスと綺羅は裏通りから賑やかな表通りに出た。
レンガ造りの建物が並び、人が大勢行き交う。馬車も走る光景に綺羅は目を丸くして立ち止まった。
「どうしましたか?」
「異世界に来たんだと……実感してしまいました」
綺羅は異世界に来たのだろうとは自覚してはいた。でも、なんとなく他人事として見ていたのだ。
目の前で生活をしている人々を目にして、ようやく実感した。
(ちゃんと受け入れなければ……)
綺羅の複雑な表情を見たセルスも、何を言葉にして良いか分からない。
違う世界で生きる事になった経験はない。隣国で暮らす事とは訳が違うのだから。
黙ったまま綺羅の様子を伺うセルスに気が付き、綺羅な笑顔を向けた。
「お腹が空きました」
(セルスさんに心配かけたら駄目よ)
「そうですね」
セルスは再び綺羅の手を引き街を歩き出す。
綺羅は世界を知ろうと、知らない物を見てはセルスに質問をする。
セルスも普段は面倒だと説明などしないのに、綺羅には丁寧に優しく説明をしている。
セルスは街で、国で、世界で、とても有名な魔法師。
道行く人達は遠巻きにセルスを見ている。
綺麗な女性と手を繋ぎ、大切そうに側に寄り添っている。
孤高の魔法師とはどこに行ったのか。
一瞬で街中に話が広まった。
セルスは人々の雑音に気が付いている。
噂好きの者達が綺羅の事を広めるだろうと。
もし誰かしらに綺羅の事を聞かれたならば、
「大切な婚約者」だと、早く言葉にしたかったのだ。
セルスは人々が噂を広めやすいように、自分の思うまま綺羅との街歩きを堪能する事にした。
「良い匂い……」
言葉と同時に、綺羅のお腹の虫がなった。
綺羅は真っ赤にしながら左手でお腹を押さえた。
(俺は今日で死ぬのかもしれない!可愛いが過ぎて、胸が苦しいっ!)
「お肉を焼く良い匂いがしますね。昼食はそこにしましょう。でも、その前に綺羅さん左手を出してください」
綺羅の左手の甲を誰かに見られては不味い。隠すのを忘れていたセルスは綺羅の左手の紋を魔術で消した。
セルスと綺羅は見えるが、他者からは認識出来ないようにしたのだ。
キョトンとする綺羅に。
「認識阻害の魔術を手に描きました。その紋は知られない方が良いので」
綺羅はハッとなり左手の甲を見た。
「私と綺羅さん以外には紋は見えませんから」
セルスはお肉の良い匂いがするお店に入り、綺羅との昼食を堪能した。
綺羅の食事の所作を見てセルスは不思議に思っていた。
「綺羅さんのいた世界にもテーブルマナーはあったのですか?少し作法に違いはありますが、綺麗な所作でしたので」
腹ごなしに街の散策を始めていたがセルスは何となく気になったので聞いてみた。
「私のいた国はお箸が主流だけれど、ナイフやフォークを使う料理だと使うからかな?普通に皆出来るわよ?」
綺羅は、何を言ってるんだろう?と、不思議そうに答えた。
「テーブルマナーはそれなりの立場にある人しか出来ない所作が多いのです。平民は出来ませんからね。冒険者達は皆無です」
「?」
「要するに、綺羅さんのいた世界はこの国より優秀な国なのでしょう。貴族もいないのでしょう?身分制度のない国なんて、あり得ないですから」
セルスの言葉に今日少しだけ見たこの世界と日本を比べてみた。
確かに文明も日本より遅れているし、身分制度もある。
自由が少ない世界なのは間違いないのかもしれない。
「でも……あっちの世界には魔法なんてなかったわ。私も少し魔法が使えるみたいで、初めて魔法を使った時は感動したの!それに、セルスさんの魔法は綺麗だから見惚れてしまったもの」
セルスが急に立ち止まるので、綺羅は後にグイッと引っ張られてしまう。
綺羅が倒れそうになるが、セルスが優しく抱きとめた。
「綺羅さんが、私に見惚れていたなんてっ」
ギューっと綺羅を抱きしめながら感動に浸るセルスに、綺羅は苦しいと腕をパンパン叩いた。
「くっ……苦しい…ですっ」
小さな声が聞こえ、セルスは力を抜いたが離す気はないらしい。
腕の中にスッポリ収まり涙目で見上げる綺羅に、セルスは呼吸が止まる。
「セルスさんの魔法に見惚れていただけですからねっ!」
体を捩りながらセルスの腕から逃げ出す綺羅の手を掴み、セルスは綺羅を側に引き寄せた。
「迷子になりますから」
綺羅は「迷子」の言葉に逃げる足を止め、セルスの隣に素直に立った。
「商業ギルドに向かいましょうか。胡椒を売って綺羅さんの買い物をしましょう」
セルスと再び歩き出す綺羅を、街の人々は興味津々で見ていた。
綺羅はセルスに振り回され、自分が街の人達に見られているとは気が付いていない。
セルスの隣を歩く美しい女性は何者だろう。
知りたくても孤高の魔法師に声をかける勇気はなく、街の人々は悶々としながらセルスと綺羅のやり取りを見ていた。




