6話 仮の婚約者(セルスの腹黒全開)
釣れない……。
綺羅はセルスが釣りをする後ろ姿を眺めていた。全く釣れないので、セルスにどう声をかけようか考えている。
(無心に釣りをしているセルスさんに、声をかけにくいわね)
綺羅は真剣に釣りに向き合うセルスを、凄いと感心していた。
セルスはと言うと……。
(綺羅と夕食も一緒に出来るなんて、幸せだな。まだ会って間もないのに、綺羅の可愛さが増すばかりだ。綺羅を連れて街デートもしたいし、その後は食事だな。
デザート屋に行ったら喜ぶかな?
いや、一日で全部するより日を分けて……)
セルスは釣りをしながら、ひたすら綺羅と過ごす妄想をしていた。
そんな事を知らない綺羅が申し訳なさそうに声をかけた。
「セルスさん、疲れるでしょう?代わりますよ?」
綺羅の声にセルスは妄想から抜け出し、現実に思考を戻した。
「こんなに釣れないものですか?」
「いえ……いつもは直ぐに釣れるんですが……」
「綺羅さんなら釣れるのかもしれませんね」
綺羅はセルスから竿を受け取り、練りエサを針につけて湖に糸を放った。
入れた瞬間に引きがあり魚が釣れた。
あっさりと……。
セルスは座る暇もなく、釣れた魚を顔の側に上げて立つ綺羅へと顔を向けた。
申し訳なさそうな表情をしながら、
「釣れちゃいました」
そう呟く綺羅にセルスはまた胸を撃ち抜かれた。
「湖も森も綺羅さんのためにあるようですね」
魚を受け取り木の桶に入れる。
綺羅がまた糸を放ると直ぐに釣れる。
「セルスさんは何匹食べますか?」
「二匹ですかね」
魚の大きさを確認して答えた。
「じゃあ、もう一匹釣れたら帰りましょう」
直ぐに釣れたので二人で家へと戻る。
(二人で家に戻る。やはり新婚夫婦みたいでいいですね)
綺羅と一緒なら幸せなセルス。
綺羅は台所で夕食の準備を始める。
魚の下処理をして台所にある葉っぱに魚を置いた。
魚の上には朝摘んだ香草とオリーブオイルをかけ胡椒を少し多めにかける。
葉っぱごとオーブンに入れて、焼き上がるのを待つ。
「お米はないから、やっぱりパンよね。サラダとスープかな」
綺羅は料理をしながら独り言を言うのが癖のようだ。
そんな姿をセルスはソファーで紅茶を飲む振りをしながら眺めていた。
(台所に立つ綺羅さんと料理を待つ俺。うん、新婚みたいだな)
カップを置いたセルスは台所に向かう。
「お手伝いする事はありますか?」
「あ、じゃあーお皿をテーブルに並べてください」
綺羅からお皿を受け取りテーブルに並べる。盛り付けられた料理を運ぶセルスは早く食べたくて仕方なかった。
椅子に座り「いただきます」を二人でする。
「お魚はお塩がないので味が薄いかもしれません」
セルスは魚を口に入れると、パクパクと食べ続けた。
サラダもスープも美味しい。
「綺羅さんは料理がとても上手ですね。今まで食べた中で一番美味しいです」
セルスは食べながら綺羅に話した。
セルスは退屈な日常を過ごしていた事もあるからか、食事に拘りはない。
そもそも冒険をしている間は食べられば良いとしか考えていなかった。
「それは言い過ぎだと思いますが、ありがとうございます」
少し照れる綺羅を追加で出てきた一品のおかずとしながら、セルスは上機嫌で食事を続けた。
二人で片付けをして、セルスが紅茶を淹れた。
「魔の森のダンジョンは月が見え始めると現れます。月がない夜は出現しません」
「月がない夜とは、曇りや雨の日もでしょうか」
セルスの問いに綺羅が頷いた。
「昼前のダンジョンは夜のダンジョンのように、何か条件がありますか?」
「昼のダンジョンは全く。私以外は入れないくらいですかね」
セルスは少しだけ綺羅のこの世界での立場について伝えてみる事にした。
「この世界には数百年に一度、『異界の姫』が顕現すると伝えられています。その方を、『落人』とも呼び、『姫』と称されるのは世界にとって何らかの影響を及ぼす存在だからです。尊ばれる『姫』は、国の王族と縁を結び国に貢献して頂く事になります」
セルスの話を聞いていた綺羅は、明らかに顔色を悪くした。
「王族との縁って……もしかして結婚するとか?違うわよね?」
不安そうにセルスに確認をするが、セルスは黙ったままで答えてくれない。
「縁は、結婚となります。この国の法にそう記されています」
「私はこの国の人間じゃないわっ。日本で産まれたし、この国の事なんて知らないものっ!嫌よ!知らない人と勝手に結婚させられるなんて、絶対に嫌っ!」
怒りながらも涙をためる綺羅をセルスがそっと抱きしめた。
「私も嫌です。綺羅さんを見付けたのは私で、私は綺羅さんに恋しています。絶対に渡したくはありません」
セルスは綺羅の顔を覗き込み、ある提案をする。
「私はSランクの冒険者です。王族も私に手を出す事は出来ません。ですから、私と仮の婚約をしませんか?本当は、仮を入れたくはありませんが綺羅さんの気持ちが私に向いた時に、本当の婚約者となって下さい。とりあえず、仮である事は二人の秘密です」
どうですか?
と、綺羅に提案をするセルス。
セルスは綺羅を仮の婚約者とするつもりは更々ない。
綺羅が婚約に納得してくれるであろう、仮を提案してみたのだ。
(知らない人よりセルスさんの方が全然良いけれど、セルスさんに他に好きな人が出来たら私は邪魔になるんじゃないかしら……。でも、私はこの国も世界も何も知らない。助けてくれる人は必要よね……)
綺羅は必死に今の状況を考え、もしもの事も考えてみる。
(森の外にも出たいけれど、王族に見付かったら私一人じゃ抵抗出来ないものね……)
綺羅は答えが出たのか、セルスの目をしっかりと見つめた。
「私は森から出てみたいです。この国も世界も知りたい。私は一人じゃ何も出来ません。セルスさんさえ良ければ、宜しくお願いします」
綺羅がペコリと頭を下げると、セルスはギューっと、綺羅を抱きしめた。
「嬉しいです。絶対に綺羅さんを守ります。今は仮ですが、いつか本当の婚約者になってくれるように頑張りますね」
目の前で嬉しそうに笑顔を見せるセルスに、綺羅の心臓はドキッとした。
それから二人で詳しく話し合いをする。
・仮の婚約は、二人だけの秘密で周りに疑われないように仲睦まじく振る舞う。
(恋人同士のように過ごせますね。沢山甘やかしてあげますからね)
・宿や生活に必要な物は全てセルスが準備する。婚約者としてこの国では普通の事だと。
(綺羅の全てを私が用意できるなんて、なんて幸せなのでしょう)
・お互い好きな人が出来たら必ず伝える事。
(綺羅以外に好きな人は出来ませんがね)
・セルスが贈る婚約指輪を決して外さない。
(指輪に探知魔法を組み込みますから、綺羅の居場所は私には筒抜けですね)
綺羅に利があるように見えるけれど、全てセルスに利が得られる話となった。
「セルスさんには負担ばかりかけて、私が得することばかりですね……。迷惑かけてごめんなさい。いつか、必ず恩を返しますから」
眉を下げて謝る綺羅を見て、またしてもセルスの胸は撃ち抜かれた。
新たな綺羅を発見する度に撃ち抜かれる胸の痛みだが、セルスは苦しい胸の痛みさえ嬉しい事なのだと初めて知った。
困った顔の綺羅も、やっぱり可愛らしいからだ。
「これからの話はまたゆっくり時間がある時にしましょう。もう日も暮れました。ダンジョンに行く準備をしましょう」
セルスが窓の外を見ると、確かに森が薄暗くなってきていた。
綺羅と一緒に結界を抜け湖を通り過ぎる。
水面に映る月は赤く輝いている。
「私がいた世界の月は黄色に見えてました。この世界の月は赤く、初めて見た時は恐ろしく感じました……」
足を止め水面に映る月を見ながら綺羅が呟いた。
綺羅は少しの間水面を見つめると振り返り笑顔でセルスを見つめる。
少し寂し気な綺羅を見ると胸がチクリと痛む。
セルスは黙って綺羅の手を握り、再び歩き始めた。
森に入り歩き続けると空気が変わった。
セルスが前方を見ると、真っ黒な大きな門が見えてきた。
辺りには何もなく、ただ門だけが建っていた。
威圧を感じる門の前で、セルスは息を呑み呆然と立っていた。




