5話 綺羅の孤独
綺羅はベッドで大きく伸びをして、ベッドから降りた。
「この世界に時計ってあるのかしら。何となく起きて、暗くなったから眠るって原始的よね」
身支度を終えると、ダンジョンへと向かう。
朝一で採れる新鮮な野菜を収穫するため、籠を持ち家の裏手の森へと入って行く。
暫く歩くと木々がひらけた。
三階建の建物くらいの高さの、こんもりとした土山がある。
山には似合わない豪奢な金の扉。
扉にはいくつもの花が彫られていた。
ノブに手をかけると、左手の紋が熱を持ち光を放つ。
「よしっ!今日は二人分ね」
沢山の野菜が実る畑を歩き回り籠いっぱいに野菜を収穫した。
「後は、森でオリーブを摘んで油を作らなきゃ」
ダンジョンから戻り、大きな籠を宙に浮かべながら森に向かう。
オリーブの実を魔法で落とし、風魔法で集める。
籠いっぱいにオリーブの実を入れて、家に戻る。
オリーブを庭に広げ結界を張ったら風魔法で粉々にして、布にいれて魔力の圧で圧縮する。結界に小さな穴を開けて器を置くと、ポタポタと油が落ちてきた。
油を集める間に、セルスに貰った昨日のパンに切れ目をいれる。
野菜を洗い混ぜ合わせ、収穫して作った胡椒をふる。庭からオリーブ油を持ってきて野菜と和える。
切り分けたパンと、野菜を盛り付け昼食の準備が出来た。
「油を手作りなんてね……」
日本がどれだけ便利だったのかを痛感する。
今も帰りたい気持ちは強いけれど、どうすれば帰れるのかは分からない。
それに、綺羅は日本で山から滑落した記憶がある。
(もしかしたらだけれど、日本での私は死んだのかもしれない……)
負の感情に支配され、涙が溢れて止まらない。帰りたい……何度も叫んで、何度も泣いた。
森で一人で生きてきたけれど、セルスと出会い綺羅は人恋しくなっている自分に気が付いている。
雛が目の前のものを親と認識するように、セルスに刷り込み状態になっているのかもしれない。
綺羅がキッチンでしゃがみ込み泣いていると、背中からふわりと抱き込まれた。
黒の外套に包み込まれ、綺羅はふわりと宙に浮く。
「いきなり触れてごめん。でも、泣いてる綺羅さんを観てられなかった」
外套に包み込み綺羅を抱え上げたまま、セルスはソファーへと座る。
膝に綺羅を乗せ、涙が伝う頬を撫でる。
「どうしたのですか?何が悲しいのですか?」
綺羅はぼやける視界の先に見えるセルスの表情を見つめた。
セルスは綺羅を見つめているけれど、苦しそうに辛そうにしている。
「セルスさんがなぜ辛そうなの?」
綺羅が外套の隙間から手を伸ばして、セルスの頬に触れる。
「綺羅さんがいつもこの森の家で一人で泣いているのかと考えると、辛いです。私が側にいて慰めてあげたかったと……。一人で過ごす森は寂しいだろうと……」
(私のため?)
「そうですか……」
綺羅の寂しさを埋めてくれるセルスの言葉が胸を温かくしていく。
「帰りたいと思うと、やっぱり泣いてしまうの……」
セルスは綺羅の言葉に返事をしなかった。
帰りたい気持ちは理解出来るが、セルスは返したくないのだから。
「セルスさんはお昼飯食べたかしら?まだなら、用意したけど食べますか?」
綺羅の誘いにセルスは笑顔で「是非」と返した。
セルスの外套から出てキッチンへ行く綺羅の背中を視線で追いながらセルスは立ち上がり綺羅の後を追う。
「私も手伝いますよ?」
そう声をかけると綺羅の笑顔が返ってきた。
「じゃあ、料理を運んでくれる?」
綺羅は木で出来た大きなお皿をセルスに渡した。綺麗な野菜がのっていて、野菜だけなのに輝いて美味しそうに見える。
サラダをセルスが運び綺羅はパンとお皿を運ぶ。
テーブルに並べると、綺羅とセルスは席に着いた。
「いただきます」
綺羅が手を合わせる姿にセルスがキョトンとしていた。
綺羅もそんなセルスの様子を見てキョトンとなる。
いただきます。その言葉の説明をセルスにすると、セルスはとても気に入った。
「命をいただき、それをきちんと自分の糧にする。感謝の気持ちを向けるのは素晴らしいですね」
綺羅は「いただきます」を普通にしていたし、その意味を祖父から聞いていた。
当たり前に使っていた言葉だけれど、この世界で食材を調達するようになり「いただきます」の言葉をしっかり口にするようになっていた。
「食材を調達する事って、本当は難しい事なのよね」
セルスも冒険をしている時は、動物を狩り食べ物を得ていた。
肉の美味い動物に遭遇した時は感謝する事もあったと、思い出した。
「いただきます。良い言葉ですね」
セルスの言葉に笑顔で頷き、綺羅はサラダをセルスのお皿に移しパンを置いた。
「いただいたジャムもありますし、野菜を挟んでも美味しいですよ?」
綺羅はパンにサラダを挟み齧りついた。
セルスも同じように挟むと、胡椒のピリッと感に驚いていた。
「この胡椒、とても美味しいです。お野菜もシャキシャキですね」
セルスは二枚、三枚とパンを手にとりサラダも追加で皿に盛る。
気に入っくれたようで綺羅はホッとしながら、二枚目のパンにはジャムを挟んだ。
「この世界にお砂糖はありますか?」
綺羅がセルスに問いかけた。
「砂糖はありますが、少し高価ですね。次に来る時に持って来ます」
と、セルスが提案するが。
「私はお金を持っていないので買えません……」
「贈り物として持って来ますから」
セルスがそう伝えるが、綺羅は高価な物だからと拒否をする。
「綺羅さんが作った胡椒をギルドで売って、そのお金で買いましょう」
「胡椒を……ですか?売れるかしら?」
綺羅は不安そうに自分が作った胡椒の入る木の箱を見た。
「商人ギルドは珍しい物や秀でた品物に公正な金額を提示します。綺羅さんが作った胡椒は上等な部類に入ると思いますから、大丈夫です」
綺羅は少し考え、セルスに条件つきで胡椒を売る事にした。
条件は、売った量とギルドが買い取った値段を紙に残して綺羅に渡す事。
砂糖を買った量と金額を紙に残して渡す事。
セルスは記入せず、相手が記入する事。嘘の数字を書かない事をお願いした。
「わかりました」
笑顔で返事をするセルスだが、足りなかった時には自分が出そうと考えていた。
しっかり者の綺羅にやはり好意が募る。
甘えて頼って欲しくもあるが、商談を頼まれたので良しとするしかない。今はまだ心の距離は近くはない。
(いずれ甘やかしてあげますからね?)
ニッコリ微笑むセルスを綺羅は不思議そうに見ている。
(お使いをお願いしただけなのに、嬉しい要素あったかしら?)
サラダを口に運びながら機嫌良く食事をセルスをじっと見つめた。
(機嫌が悪いよりは良いかな?)
と、理由は聞かずに昼食を続けた。
昼食を終え、夜まで時間がある。
「湖に行って釣りをしますが、セルスさんも行きますか?」
綺羅からデートのお誘いをセルスが断るはずもなく、即答で「行きます」と答えた。
デートではないのだが、綺羅からの誘いは全てデートだと思うセルス。
「準備しましょうか」
綺羅は立ち上がり食事の後片付けを始めた。セルスも一人暮らしをしているので、食器を洗う事を申し出た。
セルスが食器を洗い、綺羅が受け取り拭いていく。
「うん、いいね」
「なにがいいね、なのですか?」
セルスの突然の言葉に問いかけると、聞かなければ良かったと綺羅は後悔した。
「一緒に食事をして、後片付けも一緒にする。新婚みたいで、良いなぁと」
笑顔でしみじみと言われ、綺羅の顔がボッと真っ赤になった。
「し、新婚なんかじゃありませんっ」
綺羅は台所から出ると物置に走り、釣り道具を一式持ち出てきた。
まだ赤い顔をしているけれど、
「釣りに行きますよ!」
と、早歩きで森へと向かう。
(失敗しました。恥ずかしがってはいましたが、嫌われなくて良かった)
セルスは自分の気持ちをつらつらと言葉にしてしまった。
綺羅に嫌われなかったのでご機嫌なままだ。
(新婚って……。恋人にもなってませんが!なんなのよ……)
セルスの言葉に恥ずかしくなって逃げたけれど、嫌な気持ちにはならなかった。
ただ、恥ずかしかっただけ。
湖に到着したので、どちらが釣りをするかと話しをする。
「私が釣っても?」
セルスが先に釣りをする事になり、セルスの後ろ姿を眺めながら少し離れて綺羅は腰を下ろした。
(セルスさんは優しいし、格好良いのよね。私は普通だし、並んだら似合わないだろうな……)
綺羅は自分が考えていた事が恥ずかしくなり、ブンブン首を振る。
釣りをするセルスと、その様子を見ている綺羅。
ただ静かな時間が流れていた。




