4話 ご機嫌なセルス
ダンジョンに潜るのに必要な物資は空間魔法の中に詰め込んだ。
食料も水も大丈夫。
セルスは確認を終え、街の菓子屋に足を運んでいた。
「そのクッキーとパンと果物のジャムをくれ」
女性への手土産だと話せば、籠に入れてくれリボンも飾ってくれた。
(綺羅は喜んでくれるだろうか)
可愛い笑顔を見れるかもしれないと、籠を抱えて転移した。
綺羅の張った結界の前に転移すると、手を伸ばし結界へ干渉する。
セルスが前に進むとポヨンと膜にふれ、ポヨーンと結界の中へと入り込んだ。
前回見たあの木の家が視界に入る。
籠を抱え直し家に近付くと、先に玄関の扉が開いた。
綺羅は水色のワンピースを着ており、髪は後の高い位置で纏めていた。
「結界が反応したからセルスさんだと思って」
綺羅が玄関から出てきてセルスに近付いてきた。
「こんにちは、綺羅さん」
「こんにちは、セルスさん」
お互い挨拶を終えると、綺羅がチラリと籠を見た。
「綺羅さんに手土産を持ってきました」
綺羅に渡すと、綺羅はパッと明るい表情になる。
「ありがとうございます!」
笑顔を向けられ、「グハッ」と、胸を貫かれてしまった。
「うわぁー!嬉しい!ジャムがある!」
セルスの怪しい動きは無視され、綺羅はお土産に夢中だ。
「気に入ってくれたようで良かったです」
クッキーもある事に気が付いた綺羅は、少し困った仕草をした。
クッキーは嫌いだったかな?と、失敗したかもと不安になるセルスだが。
「クッキーもありますし……お茶を淹れるので、家の中にどうぞ……」
(え?いいの?)
やはり駄目だと断られたくないセルスは、直ぐに頷き家の中へと入った。
「靴はそこで脱いでください」
足元を見るとマットが敷いてある。
靴を脱ぎ、そっと部屋の中に足を運んだ。
部屋の中は見慣れない家具やソファーがある。
部屋の作りも不思議な配置をしている
セルスが部屋をキョロキョロして家具やソファーに視線を向ける。
同じ部屋にキッチンもある事に驚いているようだった。
(日本のモデルームを思い出しながら作ったから、この世界とは違うのかもしれない)
不安に思いながらも綺羅がキッチンに立ち紅茶を淹れた。
クッキーをお皿にのせ、ジャムも小さな器にいれてセルスにソファーに座ってもらう。
紅茶とクッキーを置いてジャムも添えた。
「ありがとうございます」
セルスは笑顔で紅茶に口をつけた。
「っ!とても美味しいです。花の香りがします」
「私が作った茶葉なんです。普通の紅茶なら多分ジャムを入れても美味しいと思います。後で淹れますね」
(次の紅茶も用意してくれるなら、綺羅と話せる時間が増えますね)
セルスは心の声を呟く時には綺羅呼びになっている。
本人は無自覚らしく、独占欲からきていた。
「綺羅さんは、この世界でどうやって生きてきたのですか?」
セルスの問いかけに綺羅はどこから、何を話すべきかを考えた。
家の事とダンジョンの話をするなら、スキルを話さなければならない。
セルスがスキルに気が付いたら説明すれば良いかな?
そう思い、綺羅はこの世界で生きた半年を話し始めた。
湖に落ちてから森に実る果物で生命を繫いでいた。
食べ物と眠る場所を探していたら、こんもりお山に不似合いな綺麗な扉を見つけた。
気になった綺羅は扉のノブを触ると、左手の紋が熱を持ち光を放った。
目を開いた先に見えた景色は……。
綺羅がこの世界で欲しいと願った物ばかりだった。
ただ、日本の物とは違って
『服が欲しい』→ドレス
『靴が欲しい』→ヒール
『パンが食べたい』→黒パン
他、日本の物→異世界の代用品
「この家もそのダンジョンから?」
セルスはダンジョンからどうやって家を運んだのか気になった。
「家は木を触って、ログハウス建てれないかなー?って考えていたら、家が建ったのよ。不思議よね?」
綺羅はコテンと首を傾げ、その事がどれだけ凄い事なのかを理解していない。
セルスは引きつる頬に力をいれ、表情が崩れないように踏ん張った。
「それから……」
家具も家の中も、綺羅が触れて願えば形が変わるらしい。
ダンジョンからドロップ?と言っていいのかわからないが、ドレスを触りワンピースにしたりと自分好みに変えていた。
「錬金術にしては、素材が一つだけなんて……」
セルスの「錬金術」の言葉に綺羅が背中に汗をかいた。
ダンジョンの中は今は畑を作っていて、もうすぐ収穫らしい。
「畑?」
「うん。森には果物は沢山あるけれど、食べられる葉物とかお野菜が少ないの。お魚は湖で釣ったりして何とかなっているけど」
ダンジョンで野菜を作る人なんていない!
いた!目の前に……。
「ダンジョンで畑って……」
それを想像すると可笑しくなり、セルスはお腹を抱えて笑い始めた。
「い、命がけでっ…ダンジョンっに行くのに……畑って……」
綺羅はお腹を抱えて笑うセルスを見て、なぜ笑うのかわからない。
「だって土が良いのよ?」
そうじゃない!
セルスはそう伝えたいが、笑いが止まらず言葉にならない。
笑いが止まらないセルスを暫く放置する事にして、綺羅はクッキーにジャムを塗り一口齧ってみた。
「このジャム美味しい。森の果物でジャムを作ってみようかな?」
どの果物にしようか悩んでいると、セルスはようやく笑いが止まったようだ。
「ごめん、ダンジョンは冒険者達が命がけで潜って金と名誉を得る場所なんだ。なのに、そのダンジョンに畑って……」
また笑いそうなのをセルスは必死に我慢した。
綺羅にもう一つ聞かなければならないからだ。
「綺羅さんは昼のダンジョンと夜のダンジョンが違うと言っていましたね。綺羅さんは夜のダンジョンに入った事はありますか?」
セルスの問いかけに首を振る。
「入ってみようとしましたが、冒険者の方が先に扉の前にいて入られたので様子を見てはいました。血だらけで出てくるのを見て、一度も夜のダンジョンには近付いていません」
「そうなのですね……」
セルスは綺羅にお願いをしてよいものか、悩んでしまった。
「ダンジョンの場所を知りたいのでしょう?昼と夜のダンジョンは出現する場所が違うので、夜に私が案内しましょうか?でも、夜のダンジョンは止めた方が良いと、何となく感じるのですが……」
綺羅の紋に昼のダンジョンは反応した。
夜のダンジョンも綺羅の紋が関わるかもしれないと考えるが、綺羅は冒険者ではないのでダンジョンには連れていけない。
「夜のダンジョンの場所だけわかれば、後は自分達だけで大丈夫ですから」
心配な綺羅だが、彼等は彼等のやるべき仕事があるのだからと自分を納得させた。
「分かりました。夜に来れる日を教えてください。案内はしますから」
その日は綺羅の作ってくれた野菜スープをいただいた。
魚の骨を鶏の骨に変え、鶏ガラなる調味料を作ったらしい。
野菜だけのスープが美味しかったのは、その粉に秘密があると胸を張る綺羅はやはりたいへん可愛らしい。
ずっと一緒にいたいセルスだが、また明日の昼に来ると約束して、明日は夜まで滞在する許可も得た。
セルスは夜遅くまで綺羅の家にいる事を想像すると、ドキドキが止まらない。
(疚しい気持ちは沢山あるが、まだ綺羅の心が俺に向いていない以上手を出すつもりはない。今はダンジョンが先だな)
セルスは内心嫌々ながら、魔の森から帰ってきた。
宿屋の部屋に転移し、明日のために寝る支度を始める。
ベッドに潜り明日を楽しみに眠りに就こうとすると、扉が小さくノックされた。
扉に視線を向け魔力を探ると、案の定エレンだった。
部屋に防音の魔法をかけ、セルスはさっさと眠りに就いた。




