2話 セルスの初恋と綺羅の正体
兎に角、目の前の男を何とかしなければ……。
綺羅は目の前に立つ満面の笑みの男に視線を向けた。
目が合うと、それはそれは嬉しそうに甘やかな笑みを浮かべた。
(っ!格好良すぎるっ……タイプだけど、相手は不審者っ)
「貴女様のお名前を聞いても?」
「綺羅」
名前を教えるつもりはなかったのに……優しい声にのせられて、ついつい口にしてしまった。
「キラ……名前まで可愛い」
(この人いやっ!)
綺羅は恥ずかしくて、顔を手で覆ってしまう。
(私、二四歳なのよ?歳下男子に弄ばれるなんてっ)
綺羅は玄関を出ると後ろ手に扉を閉めた。
家の中に入れるつもりはない。
少ししょんぼりしたセルスに気が付いたけれど、気が付かない振りをする。
「用件をお聞きします」
事務的に応えると、セルスもこのままでは彼女に嫌われる。と、一旦気持ちを落ち着かせた。
「魔の森には噂がありまして。古くから伝わる未踏破ダンジョンの話と、新しい話は森に建つ家の話です」
セルスは木の家の言葉で綺羅の後の家に視線を向けた。
「森に入った冒険者が、傷を治療してもらったとか、食事をいただいた。そんな話をするのです。ダンジョンの詳しい話しを聞こうとすると、全員が記憶が朧げ。魔物の毒の幻覚かと調べても、その痕跡もない。不思議な話が広まってます」
セルスは綺羅が何かしら関わっているのでは?と、綺羅の様子を見て判断した。
「………」
綺羅は人助けをした記憶がある。
怪我をしていたから治癒魔法をかけた。
お腹の虫の音が聞こえたから料理を出した。
家の中には入れていないけれど、この庭で一晩野宿をさせた。
セルスの話す内容に身に覚えがある。
「綺羅さんが全て関わっていますか?」
「だとしたら、どうするのです?」
綺羅が睨みつけると、セルスは首を振った。
「何もしません。噂は事実だったと知るだけですから。後は、ダンジョンを探すだけです」
「ダンジョンは駄目よ!」
綺羅が顔を真っ青にして叫んだ。
「昼のダンジョンは入れないし、夜のダンジョンは危険なの!」
セルスの外套を掴み必死に訴える。
外套から手を離してもらおうと綺羅の手に視線を向ける。左手の甲に何かを見つけた。
「この紋様は?」
綺羅は左手の紋を見て首を振る。
「わからないの。この世界にきていつの間にかついていたの……」
この世界にきて。
(綺羅は「この世界にきて」そう言った。まさか、落人?)
異世界から数百年前に一度現れると伝えられる、落人の可能性を考えた。
(まずい……非常にまずい)
セルスは綺羅が落人ならば確かめなければならない。
落人は王城に召し抱えられ、王族の誰かと婚姻する法がある。
綺羅を簡単に王族の誰かに渡すつもりはない。
セルスは初恋を潰されてたまるか!と、考えを練ることにした。
まずは、綺羅の正体だ。
「綺羅さん。少し貴女について聞いても?貴女の存在は国を揺るがす可能性があります。私は魔法師として、貴女の存在を確認しなければならないのです」
セルスの少し困った顔を見て、綺羅は職務だから仕方ないと頷いた。
綺羅は庭のベンチに座り、セルスと対面で話を始めた。
「綺羅さんの事を話してもらえますか?」
綺羅はセルスをじっと見つめ、何かを確信したのか口を開いた。
(セルスさんは綺麗な魔力だから、大丈夫ね)
綺羅は湖に落ちるまでの日本での話をした。
二四歳で田舎暮らしをする中、植物を育てる仕事をしていた事。
海外から植物を仕入れ、販売したりレンタルしたりと、ずっと植物と触れ合っていた。
その日は珍しいい花の開花が見られる日だからと山に入り花を探していた。
暗闇で足を踏み外し滑落して死を覚悟していたら、この森の湖に落ちていた事。
綺羅が生きてきた世界の話を掻い摘んで伝えた。
「ありがとうございます。辛いお話をさせてしまいました」
セルスは手を伸ばし、綺羅の頬を拭った。
綺羅はセルスの動きで自分が泣いていた事に気が付いた。
「帰りたい……日本に、帰りたいのっ」
帰りたいと何度も言葉にする綺羅の背中に手を回し、セルスは優しく抱きしめた。
セルスの温かな胸の温もりに綺羅は我慢出来ずにポロポロ泣き始める。
セルスは綺羅をキュッと抱きしめ、背中をポンポンと優しく叩く。
(落人は帰れないのです。そして、私は綺羅さんを帰したくありません)
見た目に恋をし、綺羅の為人に少しだけ触れてまた恋をした。
セルスは綺羅を知る度に恋心が募って行く。
セルスにとって初めて人への好意を募らせる感情に戸惑いはあるが、温かで幸せな感情は嫌いではなかった。
暫く抱きしめていると、綺羅がもぞもぞと動いた。
「泣いてごめんなさい…」
謝る綺羅の瞼に手をあて回復魔法をかけた。
「魔法?」
「回復魔法をかけました。泣き腫らしてパンパンでしたから」
セルスの行為にお礼を伝え、綺羅はセルスの腕から離れた。
セルスは綺羅が離れ寂しく思うも、我慢をする。
「ところで、ダンジョンについて口にしていましたが何か知っているのですか?」
セルスはダンジョン行きを止めるように話す綺羅は何かを知っていると問いかけてみた。
「ダンジョンの場所は知っているわ。訪れる冒険者がいたから、気になって昼前に入ってみたの。冒険者達は昼前は入り口が閉ざされて入れないって言っていたわ。でも、私は入れたの……」
綺羅は話をしながら左手の紋を撫でた。
「夜に冒険者が入って行くけれど、慌てふためいて出てきたわ。入って時間が経っていないのに。冒険者達は、あんなの相手に出来るか!って、怪我をしながら出てきたの」
「様子を見ていたから冒険者達を助けれたのですね」
綺羅は頷くと、セルスを真っ直ぐに見た。
「昼前は私しか入れないの。多分、昼に入るダンジョンと夜に入るダンジョンは別物だと思うわ」
セルスは顎に手をかけ暫し考えを巡らす。
「夜に入るとなると、準備をした方が良さそうですね」
セルスの言葉に綺羅の表情が強張る。
「私はSランクの冒険者です。パーティーは他に三人います。今、手分けしてダンジョンを探しているのです。まぁ、私は綺羅さんを探していたのですが」
綺羅は自分を探していた?と、キョトンとしている。
その表情もとても可愛らしく、セルスは気持ちを伝えた。
「湖で見た貴女が綺麗で気になりました。貴女の顔を見て一目惚れをしました。そして少ない会話の中で、貴女は優しい人だと知りました。そして強い人だとも知り、ますます好きになりました」
セルスの真っ直ぐな言葉に、綺羅の顔は真っ赤に染まる。
「強くは、ないわ……泣いちゃったし…」
恥ずかしそうに俯いてはいるが、綺羅の顔だけでなく服から覗く首も赤い。
「綺羅さんは強いです。知らない世界に来て、半年も一人で森に住んでいます。知らない人を助ける貴女は、やはり素敵な女性ですよ」
セルスは綺羅の顎に手を添え顔をあげさせる。
「そして、大変可愛らしい女性です」
ニッコリ微笑むその仕草に、綺羅は我慢出来ずに叫んでしまう。
「歳下イケメンなんて無理!」
顔をまた隠してしまい、何やら独り言が聞こえる。
「無理無理!歳下は無理だし、こんなに格好良すぎる人は、モテるだろうし女性関係が酷いに決まっているもの。
それに、今までの会話を聞いて、女誑しなのが分かる。騙されては駄目よ!」
セルスの耳に届いた綺羅の言葉に喜びと苛立ちが芽生えた。
「綺羅さん」
セルスの声に綺羅が顔を上げると、ニッコリ微笑む顔が見える。
微笑んでいるけれど、目が笑っていない……。
背中にゾクリと悪寒がはしる。
無意識に逃げようとする綺羅に、セルスは手を伸ばし綺羅を抱き込んだ。
外套に包み込まれ、身動き出来ない。
視線をゆっくり上げた綺羅の目に入ったのは、恐ろしいくらいの美しい笑みと、瞳の奥に浮かぶ何かの紋が目に入った。
(やばい気がするのは、気の所為ではないわよね……)
小さく震える綺羅を満足気に抱き寄るセルス。
綺羅はセルスに抱き込まれたまま、ただ震えるしか出来ずにいた。




