1話 魔の森で行きていく
《木で出来た不思議な形の家が魔の森の奥にあるらしい》
魔の森へ討伐に向かった冒険者達の目撃談。
魔の森は魔物が棲む森。
魔の森の中央には手のつけられていない未踏破ダンジョンがある。
家なんて以前はなかったぞ?
街の人々は記憶を探る。
冒険者達の気のせいだろうと、森の中に建つ家の噂は直ぐに消えた。
グリンダの街に古くから伝わる未踏破ダンジョン説に興味を持つ者達がいた。
真相を探るべくグリンダの街を訪れたS級冒険者のパティーが森の調査に入った。
剣豪 アレクセル
魔法師 セルス
ヒーラー エレン
索敵 スレーナ
四人は全員がSランクであり、世界最強の冒険者パーティー。
「この魔の森の奥深くに木で建てられた家があるらしいわよ?」
スレーナが索敵をし後方に魔物の位置を指示しながら話を始めた。
「中には魔物にやられた傷を治療してもらったとか、ご飯を食べたとか色々話があるみたいね」
「幻覚か?」
魔法師のセルスが魔物の毒にやられて幻覚を見たのでは?と、答えた。
「毒にやられたのかは分からなかったらしいの。傷も全て治療されていたらしくて、痕跡を追えなかったみたい」
「魔物にやられて痕跡を追えないなんてあり得ないわよ?魔物の魔力が体内に入るのだから、魔力痕跡が残るはずでしょう?」
ヒーラーのエレンが不思議そうに話をする。
「だから気になったんじゃない。あり得ない話が多いからね」
魔物を討伐しながら野営をし、次の日には森の深層部へと辿り着いた。
木々が開けると、大きな湖が広がる美しい景色が視界に入る。
「嘘でしょう?魔の森よ?ここ……」
パシャン……。
小さく水の跳ねる音に気が付いたセルスが湖の端に視線を向けると、そこには裸で水浴びをしている女性がいた。
他のメンバーは景色に夢中で草木の隙間から見える女性に気が付いていない。
濡れた黒髪は腰の下まであり、スタイルが良い事がわかる。
華奢な体は木漏れ日を受け淡く輝いている。その景色にセルスは目が離せない。
じっと見つめていると女性がこちらの気配に気が付いた。
お互い見つめ合うこと暫し。
女性は自分の姿を思い出したのか、服をかき集め木々の中へと逃げて行った。
セルスは咄嗟に魔法を放ち、様子をみる事にした。
メンバー三人は女性に最後まで気が付く様子はなかった。
「少し別れて探索しよう」
セルスの提案で四方に別れ探索を始めた。
勿論セルスは女性が逃げて行った方を探索する。
草むらに入るが、人の歩いた痕跡がない。
(確かに走って逃げたはず)
セルスは不思議に思うも、女性に放った追跡魔法の後を追い歩き始めた。
歩いていると、ポヨンとした膜にあたる。
結界のようだが魔法師であるセルスは簡単に解除して入って行く。
ポヨーンと膜を体で引っ張りながら結界を抜けると……あった。
セルス目の前には、街で噂の木で建てられた家があった。
セルスは家に近付き玄関の前に立った。
コンコン
扉を叩くと中から物音が聞こえた。
コンコン
再度叩いて待っていると、扉が少しだけ開いた。
黒髪が見えた。
隙間から覗く女性の瞳は黒い。
セルスはガッと扉に手をかけ、強引に開いた。
目の前の女性はこの世界の女性とは違う顔立ちをしていた。
愛らしい顔立ちに、クリクリした瞳。
愛らしい姿にセルスの心臓が大きく跳ねた。
(やばいっ!めちゃくちゃ可愛い!タイプだ!)
セルスは顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていた。
「あの……誰です?勝手に追いかけてきて、怖いんですけど……」
女性の「怖い」と言う言葉に、セルスはハッとなった。
「すまない。私は魔法師のセルスと言います。未踏破ダンジョンの調査にきていまして、貴女を見かけたので追跡の魔法を使い追いかけてしまいました。
やっぱり可愛い……。」
「か、か可愛いって……」
真顔で説明しながら可愛いと言われ、あたふたし始めた。
「可愛いです。好みです。本当に可愛い……」
セルスは女性に何度も可愛いを連呼する。
「あ、ありがとうございます。
っじゃない!知らない人に言われても困りますっ。それに、勝手に追いかけて来ないで下さいっ」
照れて真っ赤になりながら反論してくる女性は、やはり可愛い。
「黒兎みたいに可愛い」
セルスは女性に一目惚れをしてしまった。
〜 ※ 〜
湖に大の字でぷかぷか浮いたまま空を見上げる。
「帰れないのかな……」
黒髪を水にふわふわと泳がせながらそう呟いた。
川口 綺羅 二四歳。
どうやら、異世界に落ちたようです。
森に住んで半年くらいは過ぎたかな?
湖の半径百メートルくらいは魔物が来ない事に気が付いた。
境界線があるのか、森を抜けようと湖から離れ暫く歩くと魔物に遭遇した。
グロいしデカいし、なにより怖いっ。
魔物を見た瞬間、日本じゃない事に気が付いた。
「なんで!ここどこよっ!」
魔物に追いかけられたけれど、ある場所まで来ると魔物はそれ以上近付いてこない。
どの方向に出ても、同じ。
「湖の近くは安全かもしれないけど、私が森から出れないじゃないっ!」
静寂な森の中に綺羅の切なる声が響いた。
(魔物をやっつけない限り、私は森から出れない。生き物を殺すのは無理っ!
第一、あんなに怖い生き物に近づけるかっ!)
ニ日間くらい森をあちこち歩き回るも、森から出れる気がしない。
見えない境界線の向こうには恐ろしい魔物がこっちを見ている。
お腹も空いた……。
グウグウなるお腹に手をあて、草むらに寝転んだ。
「帰りたい……日本がいいよぉー……」
泣くまいと我慢していたけれど、空腹と森でのひとりぼっちの寂しさに号泣した。
どれくらい泣いたのかわからない。
「お腹空いた……」
目を開いて空を見上げると、大木の枝に赤い実がついている事に気が付いた。
「食べらるのかわからないわ……鑑定とか出来たら良かったのにな……」
赤い実を眺めながら独り言ちる。
すると、バッと文字が浮かび始めた。
クシャの実(聖木の木になる実)
万病に効果あり
食用可
「………」
黙って文字を見つめると、ゆっくりと文字が消えていった。
「鑑定出来たの?」
綺羅は体を起こし大木の根元に立つと、木の上を眺めた。
「木登りは得意よ」
靴と靴下を脱いで木登りを始めた。
なぜか手や足を伸ばそうとした場所にコブが出来る。足場を作ってくれているようにしか見えない。
綺羅はお腹が空いている。
とても、とってもお腹が空いている。
奇妙な現象を気にしてはいられない。
実を採る事が最優先で、他事を考えるのは後回しにする。
大木の半分まで登ると実に手を伸ばす。
両手に持っても大きいその実を抱え、枝に座ってじっと実を見た。
桃?これはプラム?
服で皮をキュッキュッと拭いて、両手で持つとカプリと齧ってみた。
甘い……。
「バニラアイスみたいな味ね」
プラムのような見た目なのに、バニラアイスみたいな味にしっくりこないけれど、兎に角美味しい!
二日も食事をとれていない綺羅は、大きな実を一個食べきっていた。
「とりあえず、この森で生きていくしかないのね」
誰も答えてくれない森での生活が始まった。




