野宿は嫌なので家を建てたい
「……はぁ~、大きいねぇ」
「……圧倒されるねぇ」
「ぴ」
遠目から丘に生えた岩に見えたそれは、近くで見ればそれはそれはもう立派に城であった。さすがに風化が進んでおりところどころ崩落はしているようだが、頑強な石造りの建築は未だその雄姿を世界に誇示し続けているようだ。遺跡と呼ぶにしてもあまりに荘厳過ぎる。どんな人たちが住んでいたのだろうか。
「中に入れないのかなぁ?」
「跳ね橋が落ちちゃってるから今は無理そうだね」
城の手前には強固な外郭が築かれており、当時の頑健さ、堅牢さがうかがい知れる。そのさらに手前が深い堀になっており、恐らく木製の跳ね橋が掛かっていたのであろう。現在は空でも飛んで入るしか入城方法はなさそうで、こちら側が此岸であるならば、まさに向こう側は彼岸、幽世といった趣であった。
「……ねぇ、ヘルガなら直せるんじゃないの?」
「……直せるかどうかはともかく、そういうことは明日にしなさい。何のためにここまで来たと思ってるの」
「ちぇ~」
もはや否定をするのも面倒になってきたヘルガママ。目下の目標は野宿の回避なのだ。これ以上わがまま娘に付き合っていたら本当に日が暮れてしまう。
「これは地面を掘る案は却下かなぁ。下手に掘ってどこか崩れても危ないし、この遺跡の外観とか構造を損ねたりするのも嫌だ」
「お、こだわりが出て来ましたねぇ。ヘルガ先生がそうおっしゃるのならそうしましょう。でも小屋を建てて外観を損ねるってことはないの?」
「また移動する時に壊すなり何なりすれば良いかなって」
「壊しちゃうの!? もったいなくない?」
「でもちょっと、この立派なお城の前に変な小屋を置きっぱなしにはしたくないかなぁ」
「……そっかぁ……まぁそうだよね」
草原の中の小高い丘と、ついでにある廃墟くらいに思っていたのだが、その実はせり上がった岩盤の上に築かれた籠城用の超巨大防衛要塞であったわけで……こんなものは歴史的な文化遺産に違いない。ましてやここが誰かの土地であるならば勝手に小屋を建てること自体がはばかられるというもので。
「ま、とりあえずやれることをやっちゃいましょう」
「何か手伝うことある?」
エルザは完全に善意で言った。彼女は本当に善意だったんだ。
「……うーん、静かにしててくれれば良いよ」
ヘルガもそんなに悪意はなかった。ただそこまでの積み重ねがあっただけだ。
「そんな……! そんな言い方って……!」
「あー、うん、ごめんね? アストレアと一緒に見張りでもしててくれたら嬉しいかな……」
「わかった! 全力で見張っておくから!」
「ぴぴ」
「よ、よろしくね」
エルザはアストレアを肩に乗せ、ヘルガからちょっとだけ距離を取って辺りを見回し始めた。周囲にはさっきの羊の小さいやつとか鹿っぽい生き物が草を食べていたりするがその程度で、別段肉食のやつが暴れ散らかしてるということもなかった。これだけ開けた場所であるのに不自然といえば不自然なのかもしれないが。
「うん、平和だなぁ。ね、相棒」
「ぴぴ」
アストレアも締め出しを食らったに等しい。仕方ない、エルザですら何も手伝えないのに鳥みたいなやつが何を手伝うことができるだろうか。
平和過ぎて目視で周囲を確認してるのも面倒だなと思い始めた時に、周囲を簡易的に地形ごと読み込むような感覚があった。
「お、おおっ!? 簡易索敵?」
左目に魔法陣が掛かると、サーモグラフィー的に視界が暗くなり、簡素であるが地形を白色、生き物を赤色で認識できるようになった。それと同時に周辺を小規模ではあるが脳内で俯瞰できるようになり、つまるところマッピングとレーダー機能を感覚として使えるようになった。
「……ぇ、なにこれめっちゃ便利なんじゃないの?」
エルザはこれでヘルガに自慢できると思った。レーダー機能があれば危険な要素に対して逃げるだの先手を打つだので有効に対処できる。ヘルガの防御魔法は今のところ欠点らしい欠点がほぼ無い。強いて言えば、全てにおいて対処が後手になってしまうということくらいしかないが、ゆえに彼女の負担は大きいと見て間違いない。そこを改善できるわけなのである。エルザちゃんえらい。
「ヘルガぁ! 私レーダー機能がでぇっ……!」
後ろを振り返ると既に八割がた小屋が建っていた。早過ぎませんかね。
「あ、見張り飽きた?」
「いや言い方ッ!!」
外観は特にこだわりのない四角い小屋であるが、その柱や壁は先程の木材をしっかりと加工した意匠がわかる。ドアはまだついておらず、窓らしき部分も当然ガラスはついていないが、それでも間違いなく小屋の体を成している。
ちなみに広葉樹は建材として向かないことが多い。針葉樹のようにまっすぐ伸びるわけじゃないし、水分が多いゆえに乾燥中に歪むこともザラ、硬いため建築中の加工が難しい等の理由がある。その丈夫さから家具で使われることが多いのだが、そこら辺の諸問題をウィンドウ内でねじ伏せているのがヘルガの現状だった。多分自覚はない。
「あとはとりあえずドアと窓ね。中で靴脱げるところを作ったから土足禁止でお願いします」
「ひょえ~、何でこんな短時間でこんな建築が……リアル一夜城か!」
「まぁ目の前のお城には負けるけど、これが私たちの最初のお城だね。中入ってみる?」
「もう入っていいの? 入る入る!」
中に入るとしっかりと岩素材の三和土があった。日本人が想像する玄関の構造を思い浮かべてもらえれば良いと思います。靴箱はないが、二人が泊まるだけの簡易構造ならそもそも必要がない。
玄関からの段差、いわゆる上がり框を上がれば、そこはまごうことなきフローリングだった。ホテルのツインルームくらいの広さだろうか。必要充分、即席で作ったとは思えない。
「え……やば、しっかり家じゃん。」
「いやぁ、何とかなるもんだね」
「……普通はならないと思うよ、うん……。あ、洗面所ある! その奥の並んだ個室なに? 二部屋あるみたいだけど、開けていい?」
「どうぞ。即席だから文句は無しだからね」
「……? どういうこと?」
「まぁ、開けてみてくださいよ」
エルザは小屋の右奥にある洗面所と壁を共有している部屋、その二部屋並んであるうちの手前側を開けてみた。全部木造であるが、なんと洋式のトイレがあった。
「な、なんだってー!?」
「さすがに作らないわけにいかないでしょ? 夜に行きたくなって外でってのも嫌だし」
「神か!」
目が覚めてから未だ催してはいないものの、人間という生き物の構造上いずれは必要になるのは間違いない。その不安点を払拭できるというのは全人類の尊厳的に大変ありがたい。内部は便座の他には上部の簡易手洗い場とペーパーホルダー、通気口らしきものがあり、トイレとしての一通りの機能は備えていた。多分閉め切ると真っ暗になってしまうだろうが、明かり云々はあとで考えれば良いのだ。
「これ水はどうしてるの?」
「壁で仕切ってあるけど後ろにタンクを作ってあるのよ。流すだけだけど一晩二晩ならとりあえずもつでしょう。足りなくなったらまた入れるし」
ちなみにタンクへのアクセスは洗面所の左横、トイレの奥側にあたるところからできるようになっています。なんとタンク自体に除菌消臭諸々クリーン機能付きである。理由は後述されます。
「はー、てっきり魔法で何とかしてるのかと思った」
「水自体は魔法で何とかしてるんだけどね……さすがにまだレバー引いたら魔法で水が出るみたいな道具は作れないよ」
「なるほどねぇ……これ流した後はどうなるの?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました。この下には私が能力を応用して作った精錬分解装置が入っております!」
「……?」
エルザは無言で首を傾けた。分かる言葉で言って欲しい。
「分かりやすく言えば、流れてきたものを自動で素材化して自動で分子レベルまで分解してくれる装置を作りました!」
「……?」
エルザは無言で首を傾けている。分かる言葉で言って欲しい。
「要は、何であろうと物質の種類レベルに分解して、それを備え付けのストレージに収納してくれます」
「……分解、ふむ……あ、えぇ……分解は良いけど収納するの……?」
「分子レベルで分解しちゃえば実際もう別物だし、処分方法は追々考えれば良いでしょ。トイレ使えない方が問題と思わない?」
「そりゃそうだわ、うん……そうにちがいないよ……」
エルザは理解することを諦めた! 機械は使い方だけわかれば良いのだ。
「……っていうか分解? 魔法で水出す装置よりそっちの方がよっぽど難しそうな気がするんだけど?」
「これは魔法じゃないから……としか言えないのよ……」
「そっかぁ……」
エルザの脳みそはもうトイレだけでキャパシティオーバーで終わってしまったので話題を次に持っていきたかった。高次元な情報は低次元な者にとっては拒むべき敵でしかないのだ。次いこ! 次!
「もう一部屋の方も開けていい?」
「うん、どうぞ?」
「……お、おお! シャワー室だ!」
トイレよりも手前を広く取ってある空間の奥には、上から水を出すためだけのシャワーヘッドが付いていた。無論全てが木製でホースなどはないのだが、それでも立派なシャワーである。こちらも他には通気口くらいしかついていないが、さっきと同様に後で考えれば良いのだ。
「タンクは共有だから、このままだと水しか出ないんだけど……」
「……あ、そうなんだね。でも無いよりかは……」
「使う時に私がタンクの水を温めれば温かいシャワーになります!」
「神か!」
水を出すタンクはトイレや洗面台と共通であるものの、色々処理されてれば何に使っても安心である。まぁ元々ヘルガが魔法で出した水なのでそもそも何も問題はないのだ。何もしなくても飲めちゃうからね。それにしたって万事ヘルガ頼りということはあるけど、ぶっちゃけ過剰に便利過ぎる。ちょっとさすヘル過ぎない?
「トイレとシャワーは把握したけど、窓とかどうするの? このまま?」
小屋の窓は比較的大きい物が二つ、物理的にぶち抜いてあるだけだ。まぁ現在の目標が野宿回避であるので、ドアさえついてしまえばこれで完成といっても問題はないのであるが、どうにもここまで完成度が高いとやはり気になってしまう。
「それなんだけど、さっきの精錬分解の機能を使うとですね……」
ヘルガはそういうと急にインベントリから厚めのガラスを取り出す。
「さっきの場所の土を精錬しておいてみたんだけど、珪素を分離してウィンドウ内で加工したら純粋なガラスができましてですね」
「ガラス出来るの!? ってか出来てるのぉっ!?」
珪素の純粋なガラス、つまるところ石英ガラスと呼ばれる透明度の高いガラスである。本来であれば融点が高く作りづらい。普段使いのガラスには溶融温度を下げるために炭酸ナトリウムとか石灰が含まれていたりするということだ。
「嵌め殺し式だけど、とりあえずこれで窓!」
「ほぇぇ~」
簡易小屋であるため窓が開かないのは仕方ない。窓があるだけでも大したものなのである。でもその窓ガラスが石英ガラスだったりするのはもう色々とちぐはぐしている。
「ついでに、木製のレールも付けて簡易式カーテン!」
「ほぇぇ~」
ヘルガは簡易式とか言ってるけどいわゆるウールカーテンである。羊毛を用いたカーテンは熱や湿気で縮みやすいため、水通しとか地直しと呼ばれる作業をする必要がある。ヘルガはこれを機能……スキルといって差し支えないと思うが、それで全部すっ飛ばして羊毛から作ってしまえるというだけで簡易と言っている。買うとめちゃくちゃ高級品です。恐ろしい子。
「ついでに窓つきのドアをつけて小屋は出来上がり!」
「ほぇぇ~」
蝶番こそ無いが、壁とドアに二か所ずつ軸と受けが作られており、上から乗せるだけで、ハイ、入り口ドアの完成です。ちゃんとドアノブとロック機能も付いているようだ。とりあえずそれを見てエルザは考えることをやめた。小屋って一体何だっけ? 設備だけ見たら高級ホテルのツインルームみたいになってきたぞ……?
「あとは、ベッドを二つ作って……あとタオル要るかな……何か欲しい家具とか資材あったら言って?」
「あ、とりあえずは大丈夫です……思い出したら言います……」
「そうだ、明かり要るよね? 今作るからね」
「アッ……ハイ……アリガトウゴザイマス」
ヘルガは先程窓に使ったガラスで小さなグラスを作ると、中に羊の脂、羊毛の繊維で作ったタコ糸の芯を入れたキャンドルランプを複数作ってしまった。これでトイレやシャワー室内も安心である。
「オイルランプにしようと思ったんだけど、脂が固まっちゃってろうそくになっちゃった。まぁこれで良いでしょう」
不純物が取り除かれている上にグラス部分に消臭効果がついているので何のにおいもしない。多分売ったらいい値段になることだろう。
「アッ……ハイ……アリガトウゴザイマス」
「キッチンは作らないから、申し訳ないけど晩御飯はさっきみたいに外で焚火になっちゃうけど……それで良いかしら?」
「アッ……ハイ……アリガトウゴザイマス」
「大丈夫? やっぱり疲れてるのね……他のこともやっておくから休んでて良いからね?」
「アッ……ハイ……アリガトウゴザイマス」
忌むべき野宿は回避され、しっかり休むための快適な寝床が完成したはずだったのだが、エルザにはどうにも現状を受け入れる方が疲れる気がした。きっと堀の向こう側の城が生きてた頃より遥かに快適だと思うよ、多分。
ヘルガちゃん……全く恐ろしい子!




