森は危険なので移動したい
肉を焼いて食ってたら結局狼来ました――☆
「同じやり方でやっつけるのって何かちょっと罪悪感あるよね」
また適度な岩を見つけては腰掛けるエルザ。風に美しい金髪をなびかせて太ももを晒す碧眼の綺麗系美少女は、それだけならば上品な雰囲気さえ醸し出しているように見えるが、実際は暇を持て余しているだけである。どこかの第三者がビジュアルだけ見れば間違いなく世界が獲れるって思うことだろう。何の世界を獲るのか知らないし、残念なことに思考は単細胞の脳みそ筋肉寄りであるが。
「急だったから仕方ないよ。新しいこと試すにしても、もっと落ち着いて余裕がある時にするべきだと思うし」
狼をポンポンと素材に変えていくヘルガ。桃色の髪を二つに結って風に遊ばせる可愛い系美少女は、髪に近い桃色と白をベースにした清楚なドレスを身に纏っており、本来血生臭くてあまり好まれないであろう行為と裏腹に庇護欲をそそる雰囲気を醸し出している。どこかの第三者がビジュアル諸々を見れば間違いなく世界が獲れるって思うことだろう。何の世界を獲るのか知らないけど、こちらは理知的に思考を巡らす参謀タイプである。つまりこっちは残念ではない。
「で、そろそろお日様が傾いてきちゃったわけなんですよ」
「そうですねぇ」
「このままだと野宿ってことになっちゃいそうなわけなんですよ」
「防御できるとは言え、野宿はちょっと不安が大きいですからねぇ」
「ヘルガさん、家って作れないっすかね?」
「……まぁ、そう来るとは思ってましたとも」
「……ちなみにその狼、ヴィーゼンヴォルフって言うらしいよ」
エルザ は じょうほう を うりつけよう と した!
「うん知ってる」
「なんでッ!?」
しかし ヘルガ に こうか は なかった!
「これ、わかる?」
ヘルガは自分の右目辺りを指さす。そこには重なった魔法陣らしきものがはっきりと見えた。つまりヘルガも簡易分析が……
「できちゃった☆」
「なんでッ!!?」
「きっともともとが簡単なスキルだったんでしょう? 簡易ってついてるくらいだし標準的なものなんだと思うよ。嗜み的な?」
「……わ、私の専売特許が……これで役に立てると思ってたのに……」
エルザ は しおしお の ぐずぐず に なった!
「充分役に立ってるから! それに、まだ今日の今日でしょう? そんなに焦る必要ないってば」
「……うっ、うぅっ、まさか同じことができちゃうなんてぇ……」
「逆に考えましょう。私にできたこともエルザにできる可能性があると」
「……そうか! そうだね!」
エルザは防御魔法を使おうとした! だがうまくいかなかった!
「……ぬっ、まだまだァ!」
エルザは呪われていそうなバトルアックスで木を伐採しようとした!
木は斜めにズバッと切れてそのまま横に倒れた! 正しい伐採だ!
いや正しくないし結構これも大概チートなんだけど。
「……うっ……ううっ……ママぁ……ヘルガママぁ……!」
「ごめんなさい、残念だけどあなたを産んだ覚えはないのよ」
「うぅっ……ママ、刷り込みって言葉知ってる?」
「知らないしママじゃないわぶっ飛ばすわよ」
「ママ……刷り込みって言葉だけでも覚えて帰ってね……」
「賢い子ね……あなたならきっと一人で野宿でも大丈夫だわ」
「……ごめんなさい許してください」
※倒した木はスタッフ(ヘルガ)がしっかり素材にして片付けました。
「で、どうするかってお話なんですよ」
「私から提示できるのは二案」
エルザの進言に、ヘルガは持ち合わせの最適解を提示する。さくさく決めていかないと本当に野宿になってしまう。何か作るなら明るい内に済ませてしまうのがセオリーというものだろう。多分。
「案その一、そのまま建ててみる。とりあえずそれっぽいクラフトを試して家か、ダメでも最悪テントのようなものを建てる」
「それ一択じゃないの?」
「案その二、穴を掘って地下にシェルターみたいなものを造る。ちょっとずつ穴を掘っていけば天井がそれなりに高い建物も無理せず造れるかもしれない」
「なるほど、さっきの穴掘った感じで作るのね」
「今のところ私が思いつくのはこれくらいかな? どっちが良いと思う?」
「案その三、それらの複合ってのは?」
「……うーん、欲張りたいのはわかるけど、手間は減らしたいのよね……」
「まぁ、そうだよねぇ。地下に作ったら明かりが入ってこないかなと思って半地下みたいなのを想像したんだけど……」
「あぁ、そういうこと! ごめん、確かに採光は考えないといけないね……」
ヘルガは視野狭窄になっていたことを少し後悔した。エルザの言っていることはもっともであるのに、どうせまた欲張りたいのだろうと一蹴しようとしてしまった。これは友達として恥ずべき行いである。
「え? あ、気にしないで良いって! 私は口出すくらいしかできないからさ、思いついたことを言ってみただけなんだって」
「本当にごめん……。今度からちゃんと話を聞くようにするから……」
「そ、そう? そう言ってもらえると私も嬉しいよ。わかってくれてありがとう、ヘルガママ」
「……案その四、私は勝手にやってあなただけ野宿」
「ごめんてぇ! それだけは勘弁してぇ……」
「次言ったら頭締め上げるからね……」
「……はぁい、ごめんなさぁい……」
「ぴぴぴぴ……(やれやれ……)」
アストレアの動作は何となくご理解いただけると思う。本来であれば可及的速やかに寝床の確保をすべきなのだろうが、能力のおかげで二人ともピクニック気分は抜けきっていないようである。幸いなことに現状不都合なことは何も起こっていないのだが。
「とりあえずね、森の近くはやめておいた方が良いと思うの」
「それは賛成。また狼とか羊とか出て来ると厄介だもんね」
「うん、でも何かに建物の背を預けられるような場所があると良いんだけど……」
「……やっぱあれかな」
「……あれでしょうね」
二人の視線の少し先、ここから見てやや小高い丘の上に何やら廃墟らしきものが見える。といってもちゃちなものではなく、規模が大き過ぎて自然の岩山が草原に生えているように見える壮大なものだ。廃墟とわかるのもこの距離で目を凝らしてやっと、といった趣である。
「あそこならあんまり魔物も動物も寄り付かなさそうだし、森からも少し離れてるから安心感はあるよね」
「ちょっと遠いけど、草原の真ん中に家建てるのも気が引けるからねぇ」
「とりあえず行ってみよう!」
「行ってみますか」
初期位置付近から多少は移動してきているとはいえ、考えてみれば移動らしい移動は初めてであった。考えてみれば半日で色々あり過ぎたわけで……。そんなこんなで万感の思いを乗せてさぁ出発、といったところでエルザはヘルガをじっと見つめ始めた。一体何だろうね。
「……何? 何かついてる?」
「いや、ちょっと試してみたいことがあるんだけど良いかな?」
「え? 良いけど、私に許可取らないといけないこと?」
「うん、お姫様抱っこして良い?」
「……なんで?」
「あそこまで抱えて行こうかなって」
「……なんで?」
「なーんか速く走れそうな気がするんだよね~、……どう?」
どことなくエルザはうずうずしていた。何かにその性能が保証されているとしても、あらゆる分野において試験運用というものは重要である。その辺の理解がすぐ追い付いて感情をどこかへ追いやってしまうのがヘルガの長所でもあり短所でもあった。つらいところだね。
「……はぁ……、試したいって言うなら、まぁ……」
「ありがと! じゃあ左手を肩に回してくれる?」
「はいはい……わあっ!?」
「お嬢さん随分軽いね。もっと食べた方が良いよ」
「……誰かさんが塩を見つけてくれたらもっと食べられるかも」
「おっとこいつぁ痛いところを……」
「いつまで続けるの? まだ出発しないの?」
「……はいすぐ行きますしっかり掴まってください」
ヘルガはエルザの首を絞めない程度に、彼女に回した自分の腕を掴む。アストレアも負けじとエルザの頭に爪を食い込ませる。
「おい鳥、痛いんだけど?」
「ぴ」
「運転手さん、早くして」
「合点」
客の言いなりとなった運転手は、猛然と草原を駆け出した。抱えているはずの少女は羽根のように軽く、頭には何かすごい力で尖ったものが沢山刺さっていて痛い。本当に痛い。そして、己の脚はそれらを考慮していても尚軽やかに動き、自動制御なのかと思い違うほどにシステマチックに動いた。
「おほーッ! すごいすごいッ」
「速ッ! 怖ッ! ちょっとスピード下げてぇーッ!」
「……グエッ! ヘルガッ!? 首ッ! 首がッ……!」
ヘルガはあまりの恐怖でエルザの首を絞め落とさんばかりだった。アストレアはかろうじて爪で引っ付いているが、胴体は既に後方にぶっ飛んでいて、絵面的には大変面白いことになっている。そして、言い出しっぺのエルザは顔面蒼白で死にそうになっていた。カオス。
「……つ、着いたから離して……」
「……あ、着いたの? 怖かったぁ……!」
「……わ、私も怖かった……よ……死ぬ……かと……」
「ぴぴ?」
ヘルガ的には怖過ぎて体感五分くらいだったが、実際は一分くらいで正面の城壁付近まで着いた。普通に歩いたら三十分くらい掛かる距離だと思われるので時速に直すと百キロメートル以上は出ていたのではないだろうか。高速道路を走る車かな。
「……エルザ、大丈夫? 無理して気分が悪いの? 顔が真っ青だよ……?」
「……大丈夫、大丈夫だから……」
エルザは「あなたが首を絞めてたからだよ」って喉まで出掛かってた言葉を頑張って飲み込んだ。これでさっきの仕返しとかだったらちょっと怖くてヘルガに足向けて寝られなくなりそうだし。
「本当に大丈夫? 先にベッドだけ作ろうか……?」
「……大丈夫、足向けて寝ないから大丈夫……」
「……本当にどういうこと?」
「ぴぴ」
今後はこの移動方法はやめておこう。ヘルガに首を絞められないように気を付けておこう。万一の時は首周りに霧で防具を作っておこう、とエルザは固く心に誓うのであった。




