空腹なので肉が食べたい
「私は考えたんですよ。さっきの肉って食べられるのかなって」
エルザは真剣な面持ちで切り出した。今後の食糧事情を鑑みるに際し、先程獲った肉類が食べられるのかどうかというのは死活問題になり得る。というか肉だろうが植物だろうが、毒性が強くて食べられないとなればそれは飢・即・死でなわけである。こいつぁやべぇぜ!
「なのでとりあえず食べてみようかと」
「ちょっっっっと待って!! 向こうを見ないにも程があるでしょう!?」
「え、でもお腹空いて来ちゃったし……」
「それにしたって早計過ぎるッ……!」
ヘルガは何とかエルザの暴走を止められないか考える。ここに至るまでに緩やか(当社比)ではあるが困難を乗り越えて来たわけで、この場も何とかなる手段が用意されているのではないだろうか。
「例えば、鑑定だとか分析みたいなスキルが出て来るかもしれないでしょう?」
「なるほどぉ、あ……出て来た」
「……あっ、こういう感じかぁ」
ヘルガはこれまでのエルザの反応を色々悟った。なるほど、急にスキルとか魔法が生えて来ると何か怖いしちょっと疎外感みたいなものを感じる。
「え~なになに? 簡易分析? 物の性質をそれなりに知ることができる……? それなりにねぇ……」
「大雑把でも食べられるかどうかだけでもわかればすごいよ。せっかくだからちょっと試してみて欲しいかな」
「……っていうか何か枠みたいなのが出てる! 何これ!!?」
「……あ、今かぁ。私のインベントリが似た感じかもしれない」
「へぇ~、こういう感じなんだぁ……」
「色々お互い様ね……、はい、切り替えてこー!」
「お、おう」
ヘルガは空中に指を走らせている。魔法の事前動作のようにも見えるが、実際はインベントリウィンドウから羊の魔物肉を取り出そうとしているだけである。他者からウィンドウは見えないらしい。便利ぃ。
ポンッと相も変わらず間抜けな音がすると、ヘルガの手の中に手ごろな塊に分割された羊肉(魔)が現れた。骨付きで良い感じに持ちやすい部位だ。
「じゃーん、ということで羊肉です」
「落ち着いてるね……ヘルガ」
「まぁさっきから使ってるからねぇ。はい、お願いしますエルザお姉さん」
「そっかぁ……よっし、任されて! えーとなになにぃ……?」
エルザは簡易分析を発動する。右目に魔法陣が重なったような疑似レンズが発生すると、肉の性質が文字で分かるようになる。ちなみに日本語です。
「えーと、ゲヴァルティヒシャーフの肉……可食……美味……高額……? さっきの羊はゲヴァルティヒシャーフって言うんだ……変な名前」
「可食ってことは食べられるってことね。それがわかっただけでも偉いけど、美味とか高額とかどこ情報なのかしら……?」
美味だとか高額だとか、言ってしまえば相対的な評価である。更に分かりやすく言えば、○○と比べてどうかという情報なわけで。
「うーん、考えられるとしたら、主観を元にしたクラウドみたいな総合データベースがあって、そこにアクセスして情報を引き出している可能性がひとつ。もうひとつは、神様みたいな存在が情報を提供してくれている可能性……何にせよ考えられる材料が無さ過ぎるなぁ……」
「まーた難しいこと考えちゃって! とりあえず食事の目途が立ったってことでいーじゃん? 今はそれで充分だと思うし、考え過ぎても余計にお腹が空いちゃうよ。あともっと私を褒めて良いよ!」
「うんうん、偉い偉い」
ヘルガはエルザを撫でながら〝高額〟という表現について考えていた。美味という情報はまぁ置いておくとして、高額というのは金銭に置き換えた時に出て来る表現だ。つまるところ人類かそれに準ずる何者かの文明の存在については期待できるのではないだろうか。無論滅んでいる可能性についても視野に入れておかなければならないとは思うが。
「とりあえず肉と言ったら焼肉でしょ! さぁバーベキューしよう!」
「素晴らしいアイディアですエルザお姉さん! ぜひお願いします!」
「……ちょっと、そのお姉さんってのやめてよ」
「え、自分で言い始めたんじゃない」
「いやあれはちょっとした言葉のアヤ的なあれだし……あと肉焼いてもらおうと思ったんだけど……バーベキューコンロ的なやつクラフトしてもらってさぁ」
「言い出しっぺのエルザお姉さん、バーベキューコンロって何でできてると思うの?」
「……えー? 鉄とかステンレスとか……? ……あ」
「まぁ半分正解? 火を起こす部分はレンガとかでも良いんでしょうけど、網の部分は金属でしょうね」
「そんなぁ……私のバーベキューがぁ……」
エルザはしおしおにしょぼくれた。アストレアがクチバシじゃなくて羽根の先を人差し指みたいにしてつつくくらいに気を遣う程。
「……もう、そんなにしょぼくれないで。バーベキューじゃなくても、木の串に刺して焚火で焼けば良いでしょう?」
「はっ! その手があったか!」
エルザ は しおしお が なおった!
「でもタレも塩も無いのよお姉さん」
「……け……けんこうてきぃ……」
エルザ は また しおしお に なって しまった!
「しょぼくれたエルザお姉さん、シャベル出して?」
「……へぇい」
黒い霧はしおしおと出て来ると、何かやる気のなさそうな感じで手のひらに収まるシャベルになった。ちなみに関東と関西とJIS規格で呼称や分類に違いがあるらしいので、関東の呼称でお願いしますね。はい、そうです、ちいさいやつです。関西の方やJIS至上主義の方は脳内で置き換えて下さい。お手数ですが何卒よろしくお願い申し上げます。
ヘルガはそれを受け取ると、地面をひと掘りした。焚火用に草をどけて土の面を作ろうとしたわけです。
「よいしょ」
ボコッと大袈裟な音がしたかと思うと、直方体状の穴が発生した。大体一辺が一メートルといったところか。そうです。〇インク〇フトのあれです。
「……あるぇ?」
「おーおーヘルガお姉さんや、地下シェルターでも作るんですか?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「はっ、もしかしてこのまま鉄を掘りに行くつもりとか! 私があんなことを言い出したばっかりになんてお優しい!」
「……あー、それもやぶさかではないんだけど、とりあえず焚火を起こすために草をどけようと思っただけなのよ……」
「やぶさかじゃないんだ!」
「そうなんだけど、今は焚火を起こすのが……」
ニヨニヨしているエルザに懇切丁寧に説明しようとするヘルガ。何かコントみたいになってきたなって思っていた。もしかして上手いことエルザに乗せられている……? このままでは誠に遺憾だ。
「っていうか、その土戻せばそこだけ草ハゲるんじゃね?」
「……! そうかもしれない」
鶴の一声ってこういうことかもしれないなぁ、とか思いつつ、ヘルガは素材として発生してしまった土ブロックを埋め戻してみた。結果一メートル四方の四角い土の地面が生まれた。結果おーらい。持つべきはやはり友達と脳みその柔軟さだ。
「……やっぱりあんまり複雑に考えないようにした方が良いみたい」
「でしょー! シンプルイズベストってやつだよ」
ヘルガは何か違う気がしたけど、言い返すのは面倒くさかった。面倒くさいという感情をヘルガは柔らかい脳みそで頑張って粉々に噛み砕いた。
「そうだね。はい、シャベルお返しします」
「はい、お受け取りします」
エルザは心に刻んだ大切な言葉を思い出した。
おん? 毎度このやり取りやるんか? でもヘルガはこういうのが大事って言ってたし、別段何か手間なわけでもないから甘んじて受けよう。
エルザは心に刻んだ大切な言葉のおまけ部分も思い出した。
ちなみにリピートする時は おん? の部分から再生されます。
――おまけ部分いらねぇ!
エルザは心に刻んだ言葉を忘れることにした。
「……次こういう時は私が穴掘るとかした方が良いのかな」
「うーん、多分気合入れちゃったせいで素材にしちゃう機能が出ちゃったと思う……。次から気を付けてみるけど、もしだめだったらお願いします」
「あいよ! 任せときな!」
持ち直したヘルガは、インベントリから太さがまばらな枝をまんべんなく取り出すと、それを露出した土の上に積み重ねるように広げた。
「何か木って水分があるから中々燃えないって聞いた気がするんだけど」
「ふふん、まぁ見てなさいって」
得意げなヘルガは指先から小さい炎を出し、それを枝に燃え移した。水分の懸念などどこ吹く風と言わんばかりによく燃えている。
「ほぇー、聞いた話なんてアテにならないね」
「違うのよお姉さん、素材になった時に水分が良い感じに抜けるのよ」
「うわぁ、やはり持つべきものはチート能力だね。そういやしれっと炎出してたけど驚くのに疲れたからもう驚かないね」
「私も自分のことで驚くのにもう疲れたわ……で、串焼き何本食べる?」
「んー、とりあえず三本!」
「らじゃー。あとアストレアは一本分で良い?」
「ぴ」
「アンタ、サイズの割に結構食べるのね……イテッ!」
ウィンドウの中でちゃちゃっと肉を細かく分割し、ちゃちゃっと作った串にちゃちゃっと刺していけば、はい、手元に肉串(生)が出ました。串は長めに作ってあるので地面に刺すにも充分余裕がある。さすヘル。
「えぇ!? そこまで下準備できちゃうの!?」
「お姉さん、驚かないって言ったばかりじゃないの」
「しまった! 罠か! でもそんなことより……うっへへぇ! 肉だ肉だァ! 焼こうぜ焼こうぜェ!」
「はいはい、見てて飽きないお姉さんだこと」
肉串を焚火から程良いところで突き立てれば横からの遠火で良い感じに表面がテカってくる。わずかにある風が焚火を強めつつ揺らすが、風下があるおかげで煤がそちらに逃げてくれる。
「うわぁ~……肉が焼けるにおいだぁ……」
「ちょっと物騒な言い回しな気がするけど……このにおいはたまらないねぇ……」
「……大丈夫? また狼来ない?」
「……もう複雑に考えるのやめたの。来てから考えましょ」
「それもそうだぜェ!」
「それに消臭防壁出しちゃうと全部においなくなっちゃうからね……」
「Oh……それは嫌だぜェ……」
焼けた面と焼けてない面をくるっと回したり遠ざけてみたりして焼き加減を調整すれば……なんということでしょう。
「おぉー! 串焼きの完成だァ!」
「何か想像以上に美味しそう……!」
「ぴぴー」
串の下の方は脂がしたたり落ちているので、木材を紙に加工してちょちょいのちょいってもんですよ。間の加工はすっ飛ばせるあたりさすヘルである。ちなみにアストレアの分は木製の皿に乗せてあげた。やさしい。
肉串(焼)を手にお互いの顔を見合わせた二人は、何を打ち合わせるわけでもなく、同時に声を出す。
『せーのっ! いっただっきまぁすっ!』
「んぅーっ!……ちゃんと良いラム肉の味がするぅ……」
「これは相当良いお肉だね、高いって出るのもわかる気がする」
二人と一羽は夢中で肉を頬張る。少なくとも二人は目が覚めてから初めての食事なわけだ。慣れない環境での食事ですら一時の清涼剤足り得る。
「ねぇ、地獄のものを食べたら地上に帰れなくなるらしいよ……」
「ここが地獄なら私たちが獄卒の可能性あるね……結構好き勝手してるし」
「ははっ、そうかもしれない。ってかちょっとは怖がってよぅ。さっきはあんなに私の胸で泣いていたというのに……」
「……もう、話を盛らないで! 怖がっても何も変わらないってわかったからね。それに、誰かさんは隣にいてくれるし、お肉は美味しいし……」
ヘルガ は はずかしがって いる!
「そうだねぇ、間違いないねぇ」
エルザ は ニヤニヤ している!
「ぴぴ」
「お、アンタも味わかるのか」
「ぴ!」
「当然! って言ってそうな感じだね」
「ぴー」
空腹も相まって最初の串は一瞬で平らげてしまった。でも二本目を手にした時、二人してその手を止め、その目は座った。そして二人してスンッてなった。横にいた一羽もちょっとスンッってなった。
「美味しいんだけどさぁ……」
「良いお肉なんだけどねぇ……」
「ぴぴぃ……」
『やっぱり塩が欲しいなぁ……』
空は高く、風は凪ぎ、見渡す限り海は見えず、岩塩がありそうな岩肌も見えない。どこもかしこもあるのは草と木ばかり。状況は実に絶望的であった。
書いてたら肉食いたくなってきました。




