水を飲むためにコップが欲しい
ヘルガの指先から水が出ることがわかったが、そのまま滴る水を飲ませてもらうと煽情的で耽美過ぎるため、エルザはコップを用意することにした。何かの儀式っぽくなっちゃうのはよくないよ、うん。
そこらの木材を削ってコップでも作るか、と思ったエルザだったが、霧をナイフに変えて適当な木材を拾った時点で「ん?」ってなった。
――いや、霧でコップを作れば良いのでは?
普遍的なコップの形をイメージすると、あっという間に黒いコップが現れた。さすがにガラス製のような透明感は皆無だが、木製のものと同様に使えりゃ良いんだ使えりゃ。
「お、良い感じ。ヘルガ、これにお水ちょうだい」
「……え、それコップに使って大丈夫かな?」
「え? 大丈夫じゃない? 悪いものじゃなさそうなんでしょ?」
「そうなんだけど……武器と食器は違うというか……」
なぜかヘルガは煮え切らない。まぁ銃ってオイル使ってたりするし、ナイフだって解体に使ったもんな。抗菌とかのイメージだけじゃちょっと拭いきれないのかもしれない。そもそも元が霧だから成分が溶け出して水と一緒に飲んじゃう可能性も捨てきれない。それ言ったら纏ってる時点でどうかとは思うが。
「よし、じゃあちょっと試してみよう」
「……何を?」
エルザはコップを縁が少し高めの皿に変えた。さすがに霧の扱いに関してはお手の物という感じだ。
「ここに水もらって良い?」
「……? 良いけど……」
皿になみなみと水が注がれるとエルザはそれを片手に持ち、頭の上からアストレアを反対の手にとまらせて連れて来る。
「よし、アストレア。お水飲もう」
「ぴ?」
ヘルガは瞬時に察した。これは動物実験だ……! エルザはごくごく自然に動物を使った実験にアストレアを使おうとしている……! 命名から数分も経ってないんだぞ!
「エルザ……さすがにそれは……」
「ぴ……」
「お? どうした、飲まんのか?」
「ぴぴ」
アストレアは水、というか皿を凝視したあと、エルザの方を向いてふるふると首を振った。いや、首が無いので胴体を振った。何か意思疎通に関して不便しないなこいつ。
「だめなのかー。コップ作らんといかんかー」
「ぴぴっ」
主張が終わったアストレアはヘルガの腕へと飛び移る。そして、何か何やらまたクチバシをぱくぱくさせ始めた。
「……もしかして、直接お水をくれってこと……?」
「ぴ」
それは多分強めの肯定。さすがに野生動物も喉が渇いたらしい。
「なぁに? あなたも喉が渇いちゃったの?」
「ぴぴー」
そう言うとヘルガは指先から水を出してやる。加減ができるのか、水量が絞られているのでアストレアでも問題なく飲めるようだ。クチバシと舌を使って器用に水を飲んでいる。言葉の甘さも相まって動物相手でも煽情的で耽美である。
「……なんかえっちだなぁ」
「えぇ!? でもこの子お水飲みたがってたから……」
「欲しがってたら誰にでもお水をあげるの? 指先から? それはちょっと倫理的にお姉さんちょっと看過できないな」
とつぜん エルザおねえさん が はっせい した。
「えぇ……? でもエルザお姉さん、私たちさっき仲間になったんだし……」
ヘルガ は その ノリ に じゅんのう した。
「それだと私が飲めないでしょうがッ!!」
超絶美少女の指先から水を飲むのってなんかこう、絵面がとってもやばいというか、背徳感があるわけなんですよ、ええ。それは同性であってもそういうもんなんですよ。そういうもんなんですよ!
「……緊急時にはそうも言ってられないんじゃ……?」
「その時はその時! でも今はその時じゃあないッ!」
「エルザお姉さん結構頑固だなぁ……」
このお姉さんちょっと面倒くさいなと、ヘルガはちょっと辟易し始めた。でも実際この世界で生きていくなら食器は必要である。マイカップ、マイフォーク、マイディッシュetc……なるほど、あっても良いんじゃないか。インベントリもあるのでこの際必要分作ってしまっても持ち歩きに問題はないわけで。
そう思って己のインベントリ内を確認していたヘルガが何かに気付いた。
「……あ、作業台が」
「へ? また何かできるの?」
「あっ、うん。何かインベントリ内で作業台の項目があって……」
「ヘルガどんヘルガどん。やっている、姿を感謝で見守るよ、信頼してるよ、どうか実って」
「……どういうこと?」
「有名な一説を私なりに改変してお届けしました。頑張って☆」
ヘルガはため息をひとつついた。嫌でも直訳できちゃうのだ。「説明は良いのでやってみせろ」とエルザお姉さんの顔に書いてあるから。さっきの握手の感動をちょっとだけでも良いから返して欲しい。
でもこういうノリも楽しいなってヘルガはほんのちょっと思った。
「まぁやってみるんだけどね……さっきの取り分三:二とかでも良かった気がしてるよ……」
「今からでも全然変えて良いよ? へっへっへ……現状私がどれだけおんぶに抱っこかわかってきちゃいましたねヘルガさん」
「わかってきたけど別に変えなくて良いのよエルザお姉さん。とりあえずやってみせるからさっきの霧で……そうね、斧とか作れる? 雰囲気だけでも良いから」
「斧ね、オッケーオッケー! それくらいなら朝飯前ですわ」
黒い霧で斧を形作りながらそういや何も食べてなかったな、とエルザは思い出した。ぶっちゃけ魔物の肉って食べられるのか不明である。大丈夫かこの世界の食卓事情。
そんなことを考えていたらやけに禍々しい斧ができちゃった。ドクロとか付いちゃってる戦斧である。何か黒い霧がそのままモヤとして纏わりついているので激しく呪いの装備っぽい見た目をしている。
「……斧は斧でもヤバめのバトルアックスかぁ……」
「いっけねー、考えごとしてたら呪いのバトルアックス作っちまったー、てへぺろ☆」
「今後一生聞きそうにないセリフを聞いちゃった……。でもまぁ、使えれば何でも良いのよお姉さん」
そう言ってバトルアックスを受け取ると、ヘルガは手近な木に近づいて行った。恐らくブナに近い種類の広葉樹だろう。ちなみに途中で一瞬眉をしかめて呪われたかどうか確認したらしかったが、とりあえずは大丈夫だったようだ。
「せーのっ、えいっ!」
重そうなバトルアックスを可憐な少女が振り回すと、何とも言えない高揚感というか、得も言われぬ感動がありますね。
実際重そうな見た目をしているのだが、元が霧だからなのかヘルガに渡しても別段軽そうに扱っている。そういうものなんだろう、きっと。
斧が木にぶつかった直後にまたポンッと間抜けな音がしたと思ったら、木材とおぼしきアイコンがまた地面でクルクル回り始めた。つまるところ木を解体して素材にしてしまったらしい。
「はぁ~、木も素材に出来ちゃうのね。これどこか開拓するって時には一人で森を拓けちゃうんだろうなぁ。これがチートってやつか」
「……? チートって何だっけ? 聴いたことあるような……」
「あー、多分ズルいとか強いとかそんな感じのやつ」
「まぁ、ズルいと言われたら認めるしかないかも……」
チートと言われるとバーチャルなゲーム内のイメージがあるけど、言語としてはズルいとかいかさまって意味で合っているそうである。つまり会話内容はそこそこ合っていたりする。
そんなやり取りをしている内に木材はあれよあれよとヘルガに吸収されていく。違うって言われても見た目吸収してるっぽいので吸収なのだ。
「はい、斧お返しします」
「はい、お受け取りします」
おん? 毎度このやり取りやるんか? でもヘルガはこういうのが大事って言ってたし、別段何か手間なわけでもないから甘んじて受けよう、とエルザは心に刻んだ。ちなみにリピートする時は おん? の部分から再生されます。
「んで、こうなります」
ポンッっとまた間抜けな音がすると、ヘルガの手に木製のコップが発生した。どういうことだってばよ。
「どういうことだってばよ」
エルザは目をゴシゴシしてからもう一度凝視した。
「んー、素材がそろってて知ってるものだったらある程度のクラフトができちゃう。それも素材と完成系の指定をするだけ……。半自動みたいな感じ?」
「もう驚き過ぎて何があっても驚かないわい……」
「まぁここまでシステマチックに便利だと裏を疑いたくなるね……」
コップに水をなみなみと注ぐと、ヘルガはエルザにそれを渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。原木そのまま加工してるっぽいけど、これも普通に使っちゃって大丈夫なのかな」
「原理は知らないけど抗菌仕上げです」
「いや普通にすげぇな……」
ヘルガは腰に手を当ててブイサインを作って見せる。何かエルザとのノリにも結構慣れてきた感じがする。ドヤってても可愛いよ。
「……っぷはーっ! ちょっと生き返った」
「喉渇いてたのによくあんなに喋ってましたねお姉さん」
「あっ! 敬語禁止ですぅー! 禁止ぃー!」
「それ言ったらエルザお姉さんもちょいちょい敬語使ってましてよ。我が身を省みる努力が足りないのではなくて?」
それを聞いたエルザはゆ~っくりてへぺろ☆のポーズを取り始めた。なんかちょっとムカつく。ムカつくけど何かおかしくてヘルガは吹き出してしまった。黙ってそのまま徐々に近づいてくるし。
「……ふふっ、やめて! 笑わせないで……ふふふっ」
「それ言われるともっと笑わせたくなっちゃう」
「えぇ? 何でよ……ふふっ」
「モノマネやりまーす、保身で変顔しきれない女の顔」
「それは笑えないから本当にやめて」
草原と森の間、少女と少女の間に冷ややかな風が通った瞬間であった。




