まずはいろいろ説明したい
「隊長、建前は良いからオフレコで話す……って言ってたと思ったんですけど、何でデスマッチしてるんです? 勝ち抜きバトルですか?」
「いや……これには深いワケがあって……」
「そうだよアデーレ。これには海より深いワケが……」
「床で伸びてた人は黙って!」
「……はい」
様子を見に来た女性の弓兵さんは、アデーレという名前だそうだ。状況を見てから颯爽と名乗り、カール卿とロイをしっかり詰めに行った。赤い髪を後ろで一本に結った、実に快活な女性だ。
「どうせ隊長の足が臭いからってロイ様が暴走したんでしょ」
「なッ!? どうしてそれを!?」
「…………………………………………」
「そんないつもやってることを、ここぞで御せなくてどうするんですか? 先方に迷惑掛かるってわからないんですか?」
「……面目ない」
「私に謝ってどうするんです? あなたが謝るべきはあちらのお嬢様方でしょう? ほら、ロイ様も一緒に。この度は……?」
『この度は、誠に申し訳ございませんでした……!』
「誠に申し訳ございませんでした!」
ロイとカール卿は深々と頭を下げ、それをしっかりと見届けてから、アデーレも深々と頭を下げた。
「い、いえ、こちらにも落ち度はありましたし、謝罪はそのくらいで……」
ヘルガは頭を下げる面々にフォローを入れる。こちら側にも話し合いがこじれる原因を作った人物がいるので、全面的に相手に非を押し付けるわけにもいくまい。ね、ほっぺたをさすってるエルザちゃん?
「ご配慮感謝いたします。この二人に任せていると夜まで掛かってしまいそうなので、僭越ながら私、アデーレが進行役を務めさせていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「それは良いですね。是非お願いいたします」
「ありがとうございます。では全員お席の方に――」
「あ、ヘルガ様、失礼を重ねて申し訳ないのですが、背もたれが無い丸椅子はありますでしょうか?」
言いづらそうにカール卿が訊ねる。
「ありますが、背もたれが無い方がよろしいですか?」
カール卿は腰回りの防具を二回ほど叩く。
「腰当てが、せっかくの椅子の背もたれを傷付けてしまうといけませんので」
♢
「改めまして、非公式ではありますが、ヘルガ様、エルザ様と、我々『鉄兜』との会談を始めさせていただきます。進行は私、アデーレが務めさせていただきます」
カール卿は丸椅子に座り、背もたれ付きの椅子一脚をアデーレに渡した。ヘルガとエルザ、ロイとカール卿がそれぞれ向かい合って座り、アデーレはいわゆる誕生日席の場所に座った。
「ではまず、我々『鉄兜』がこの度こちらに伺った理由について、簡単にご説明させていただきます。ロイ様、仮面とフードを取ってください」
ロイはフードを後ろに弾くと、右手で鷲掴みにして自らの仮面を剥ぎ取った。その下から現れたのは、黒い髪と、やや黄色みのある肌、そしてこげ茶色の瞳を持った、十代後半と思われる青年だった。
「私の本当の名前は、城井和哉と言います。こことは違う世界の、日本という国から飛ばされて来ました。いわゆる〝転移者〟です」
それを聞いて、ヘルガとエルザは顔を見合わせ、二度ほど瞬きをした。日本語を見て、それを使い始めた彼女らにとって、日本という国は今や決して縁遠いものではない。ただ、ふたりがその国について、完全に認識できているわけでもなかった。
「我らが主人、レナーテ様より呼びにくいと言われてしまったため、こちらでは仮面をつけて〝ロイ〟と名乗っております」
「日本という国について、質問をよろしいでしょうか?」
ヘルガは片手を軽く挙げ、アデーレに問う。
「本筋の説明からやや外れる質問は、後ほど質疑応答の時間を取らせていただこうと思っていますが、その時でもよろしいでしょうか?」
「……はい、わかりました」
「ありがとうございます。ではロイ様、続きを」
アデーレの目配せにコクリと頷くと、ロイは話を続ける。
「私は、気が付いた時には領都マルクヴァルテにおり、縁あって領主の令嬢、レナーテ様に拾われました。そして、その庇護を受けるとともに、冒険者ギルドに登録して冒険者となることを勧められたのです」
「冒険者ギルド……ですか?」
聞きなじみのない言葉に、ヘルガはやや首を傾げる。エルザは何でもないような涼しい顔をしているが、多分何も頭に入っていない。
その反応を見たロイは、ちょっとだけ意外そうな顔をしたが、すぐに〝冒険者ギルド〟が何であるかの説明に入った。
「はい。冒険者ギルドというのは文字通り、〝危険を冒すことを生業とする者たち〟を統括する、超国家的な組織です。昨今、概ねどこの国も魔物被害が増えており、国や領主の抱える騎士や兵士、魔術師などでは人手が足りていません。そこで、民間人や没落した貴族、騎士などが、身分を問われずに職にありつける場として、冒険者ギルドが設けられているのです」
「それが、私たちとどのような関係が……?」
ロイは、ここからが本題、という面持ちで切り出した。
「冒険者ギルドは超国家的な組織だとお伝えしました。つまるところ、冒険者として登録さえしてしまえば、国や領主の権限では、冒険者を国民、領民として抱え込むことができなくなるのです」
ヘルガはいつものようにあごに手を当てると、今もらった材料だけで推論を組み立てていく。
「……つまり、レナーテ様の意向は、ロイ殿のような転移者を極力ご自身の庇護下に置き、冒険者ギルドに登録させることで、国や他の領主から手を出せないようにしたい、ということでしょうか?」
「概ねその通りです」
「それは、転移者に特殊な能力……例えば〝インベントリ〟のようなものが備わっているから、それを独占したい、と?」
「それは違います……が、遠巻きに見るとそう見える部分も致し方ない、とご本人も理解されておいでです」
「と、言いますと?」
「聡いヘルガ様ならお気付きかと思いますが、便利な能力を持った転移者が国や領主に抱えられれば、行き着く先は戦争です。実際、国境付近でのいさかいや、他国での内戦も増えてきたと聞いております」
ヘルガはロイの顔を見ながら、黙って話を聴いている。対するエルザは、「え? ヘルガ何か気付いてたの?」って感じでヘルガを見た。それから、「やばいなぁ、私は何も気付かなかったなぁ……」って顔になった。うん、黙ってるだけえらい。
「……それを、レナーテ様は防ぎたい、ということですか」
「その通りです。少なくとも、該当者が転移先で強制的に徴用され、いきなり最前線に放り込まれるようなことはなくしたい、と」
「なるほど……。そして、今は冒険者ギルドを通じて保護しなければならないほど、転移者が増えているというわけですか」
「お察しの通り、転移者は徐々に増加しており、稀ではありますが〝転生者〟を名乗る者も現れております。魔物被害の増加も相まって、わが国近隣では何かしらの火種が常に燻っている状態にあるのです」
「魔物被害の増加……転移者の増加……転生者……紛争、戦争……。レナーテ様や、あなた方『鉄兜』は、これらの状況が何を示唆しているとお考えなのでしょうか?」
アデーレとカール卿はそれぞれ眉をしかめ、ロイも若干言い淀んだ。場の空気が少し、重くなった気がした。
「……ご本人は冗談めかしていましたが、魔王でも復活するのではないか、と」
「……魔王!?」
エルザは思わず声を上げ、ヘルガはあごに手を置いたまま、しばし難しい顔をして考え込むのだった。




