何とか本題を切り出したい
「こんにちはー!」
勢いよく扉が開かれると、頭の上に綿の塊みたいな生き物を乗せた少女が飛び出してきた。その後ろをよく見れば、先ほどの桃色髪の少女が顔を手で覆って天を仰いでいる。日頃のご苦労が偲ばれる。
一行の視線が飛び出してきた少女に集まり、その場が一瞬静まり返る。ややあってから口を開いたのはフードに仮面の怪しい男だった。
「…………いや、これはご丁寧に。ご機嫌麗しゅう。お目にかかれて光栄でございます。突然の訪問、どうかお許しいただきたく……」
「あ、ど、どーも……」
勢いよく出てきて全体の空気をぶち壊しておいて、そのまま面食らった少女は後ろで天を仰いでいる少女に助けを乞うべく向き直った。それを受けて、桃色髪の少女は仮面の男の前に立ってスカートの端を軽くつまんで膝を曲げた。カーテシーと呼ばれるお辞儀だ。
「先ほどは失礼いたしました。改めまして、私はヘルガ、こちらの連れはエルザと申します。皆様は野営でお疲れとのことですので、こちらで必要分の水と、お望みであれば食料も多少お分けしたいと思います」
「ご丁寧な歓待に感謝いたします、ヘルガ様、エルザ様。突然の来訪と、名乗りが遅れましたご無礼、平にお許し願いたい。私はフェアファーレンブルク伯爵がご令嬢、レナーテ・フォン・ヴァイゼンフェルト様より遣わされて参りました、護衛侍従のロイと申します。そしてこちらは――」
「お初にお目にかかります。レナーテ・フォン・ヴァイゼンフェルト様より直属部隊『鉄兜』を預かっております、カール・アイゼンハウト騎士爵であります。私以下六名、此度の拝謁、身に余る光栄にございます」
ロイはその得物である大鎌を、刃を後ろに向けて右手側に立てる。それに続くように、カール卿と重騎士二人は剣の柄に左手を添え、弓兵二人は左手に弓を持ち、馬丁は脱帽して、それぞれの礼の姿勢を取った。カーテシーに対して、ボウと呼ばれる礼の姿勢である。立場によってその作法も変化するらしい。
エルザはその辺の事情がよくわからないので、とりあえずお辞儀をした。
「伯爵令嬢のお遣いとのことですが、私共も貴族の礼儀作法には疎いところがございますので、どうか皆様、堅くならずにごゆるりとお過ごしいただければと思います」
「お気遣いありがとうございます。我々の中にも召し抱えられて間もない者もおります故、そう言っていただけると幸いでございます」
ヘルガが話せば、ロイが返す。このやり取りはもはや既定路線といったところだが、両者とも本題はその奥に控えている。ここで相手の不興を買わないに越したことはない。
「先に皆様のお食事の準備だけさせていただきますね。お腹が空いていらっしゃる方はどうぞお召し上がりになってください。……と言っても、ご用意できるのはお肉だけなのですけれども」
「何から何まで感謝の念に堪えません。皆大食漢ですので、お肉でしたら何でも有難く頂戴いたします」
肉の話題となった途端、カール卿がしゃしゃり出て来た。体力を使う職業ならば肉の補充は欠かせないものだろう。行軍中で物資を節約しているとなれば当然である。
「それはそれは」
ヘルガはにこやかに返すと、インベントリからステンレス製のバーベキューコンロを取り出す。炭には先に着火済みである。
『……………………!』
「先ほど見せていただきましたので、これくらいは」
「やはり、〝インベントリ〟はお持ちでしたか……!」
「ええ。これがどれほどの価値を持っているかは、想像もできませんけども」
そう言いながら、ヘルガは次々に、食事用のテーブルと、簡易的だが丈夫そうな椅子を七脚用意した。そして最後に、何かの肉を大盛りにした木の皿と取り皿を七枚、木のフォークとステンレス製のトングを取り出した。
「おお! これは上等なものだ。何の肉でしょう?」
早速カール卿が食い付く。食に貪欲なタイプは御しやすい。
「ゲヴァルティヒシャーフ、という大きな羊のお肉です。そこのエルザが狩りまして、私たちが食しても美味でしたので、お裾分けということで」
視線が再度集まると、エルザはちょっと照れくさそうに頭をかいた。
「ゲヴァルティヒシャーフ……ですか? 我々には馴染みのない名前ですね」
「……あら、そうなのですか?」
想像していなかった言葉に、ヘルガは虚を突かれた。シンプルに彼らがあの巨大羊を知らないということがあるだろうか。この周辺を行き来していれば目撃くらいはしているはずだが。
「……これは我々の言うところのヒュージシープですね。領都でもたまに流通しますが、滅多にお目に掛かれない高級品ですよ!」
ロイがカール卿のフォローに入る。魔力の反応的に簡易分析を使っているらしい。ヘルガの簡易分析と情報が違うのだろうか。
「これは失礼いたしました。私の簡易分析では違う名前で出ていたものですから、てっきり共通なのかとばかり……」
「いえいえ、我々も伯爵領の全ての名称や言語を認知しているわけではありませんので、どうかお気になさらず……」
情報に食い違いがあるのはなぜか、お互い気になるところではあるが、とりあえず状況を先に進めなければ。適度な緊張感を持ったまま、ヘルガとロイ、カール卿はどう話を進めるか、互いのカードを探り続ける。
「まずねぇ、先に脂をこうやって塗るでしょ? そしたらトングでお肉を並べてぇ……」
草のにおいしかしなかった周囲に、一気に香草で包んだステーキのにおいが充満していく。それは話の腰を折るのに充分な威力だった。
「おお、何て香ばしい……」
「一気にお腹空いて来ちゃった……」
重騎士や弓兵たちが思わず本音をこぼし始める。
「良い感じに表面がテカってきたら裏返すでしょ~。で、しっかり焼けたと思ったらフォークで取ってね。あ、トングじゃだめだよ。お腹壊しちゃうからね~」
手持無沙汰だったエルザが焼肉奉行を始めてしまったおかげで、『鉄兜』一行は全員生唾を飲み込む事態になってしまった。
「お塩は好きにつけて良いけど、あんまりつけ過ぎたら身体に悪いからね。でも沢山運動してたらちゃんと摂らないとね~」
コゲもなく、美しく焼けた肉に塩を軽く振ると、エルザは周囲を軽く見回した。
「この中で一番偉い人は誰?」
ロイも含めた全員が、カール卿を指差す。カール卿はなんか照れくさそうにしている。
「一応、肩書で言えば私が責任者ではありますが……」
「はい、じゃ口開けて~」
「は、はぁ」
「あげる」
カール卿は目を点にしたまま、口の中に肉を放り込まれた。それ単体で香草とバターを内包しているかのような豊かな味わいが口いっぱいに広がる。そして後から追いかけてくるように、肉のガツンとした力強い旨味が舌を刺激する。
「う、美味い!! こんな上物食べたことないぞおおおおっ!!」
カール卿は叫んだかと思ったら突然泣き出した。余程衝撃的な美味さだったらしい。それを見るや否や、『鉄兜』の面々は我先にとトングを手に持ち、「うおおおおおおお!」と叫びながら肉を焼き始めた。
「あ、ヘルガ、お水忘れてる」
「あぁ、そうね……忘れてたわ……」
それまで呆気に取られていたヘルガは、目頭を少し揉んでから我に返ると、木製の水差しと、同じく木製の七つのコップを取り出すと、食卓の上に置いた。
「こちらは、疲労回復のまじないをかけたお水です。よろしければどうぞ」
『ありがとうございます!』
面々は既にエルザに当てられて肉を焼くマシーンと化している。恐るべしエルザ。当の本人は皆が肉に群がっているのを見てニコニコしているぞ。
「いやはや、ヘルガ様もエルザ様には勝てないようですね」
「お察しの通りで。でも助けられることも多いんですよ」
「そうですね。私も助けられました。こう上手く、場の空気を壊したり、作り直したりする才能があればと思わずにはいられません」
「私も、あんな風に生きられたら良いなと思っています」
「同感ですね」
ヘルガとロイは、エルザに対して若干の呆れもあったが、それ以上の眩しさを感じていた。
「もう、お膳立ても良いでしょう。我々には情報交換が必要だと思うのですが、いかがでしょう、ヘルガ様。無論、こちらには必要な情報をお渡しする準備がございます」
「同意いたしますが、そこまでして下さる理由が、そちらにはあるということなのですね?」
「その通りです。その辺りも含めて、ご説明させていただきます」
ヘルガはその言葉で方針を固めたのか、改めてロイに向き直る。
「……まずはそちらのお話をお伺いします。それでよろしいですね?」
「はい。結構でございます」
「承知いたしました。こちらはエルザとふたりでお話をお伺いします。そちらは?」
「カール卿と私でお話しさせていただきます」
「では、あちらの室内に参りましょう。……エルザ、こっち来て」
「ん? 私も行くの?」
「そうよ。……ロイ様、例のカタログはありますか?」
「はい、こちらに」
ロイはインベントリから、そそくさと甘い物のカタログを手に取る。
「ん、それなぁに?」
『スイーツカタログ』です」
「……甘い物!」
「さぁ、まずは何を持って来てもらうかについて、話し合いましょう?」




