客を上手くあしらいたい
――マズい……。
桃色髪の少女こと、ヘルガは思った。ここまで早いアプローチは想定していなかった。何せルンルンで領都に行く計画を練っていたら、領都側から遣いが来てしまったのだから。
「エルザ! エルザ起きて!」
「んぅ~……?」
「領都からお客さんが来たの! 早く着替えて!」
「ん~、りょうと……って何だっけ……?」
「大きな街があるって話したでしょう?」
「……あぁ、行くんだっけ……?」
「その街の持ち主から遣いの人が来ちゃったのよ!」
「まちの……もちぬし……? すごいお金持ち……?」
「そ・う・よ!!」
ヘルガはエルザから掛け布団を引っぺがし、それを収納してからエルザを叩き起こした。その間わずか二秒。会って数日とは思えぬ見事な手際である。
「あぁ~、あと五分……」
「今日はあきらめて。代わりに、数日中に甘い物食べられるかもしれないから」
「甘い物!?」
エルザは急にシャキッと背筋を伸ばすと、そそくさと着替え始めた。
「とりあえずベッドは片付けて……トイレとシャワーはこの際あきらめるか……。こっちには壁で仕切りをして……」
「ねぇ、どんな人たちが来たの?」
「領主の娘が、直属の部隊に遊びの視察をさせているらしくて、その一行ってことらしいわ」
「ふぅ~ん。遊びの視察、ねぇ」
「表向きはそういうことなんでしょう。交渉役が一人、リーダーの騎士が一人、重騎士二人、弓兵二人、馬の世話が一人、馬が全部で十頭くらい……」
ヘルガはあごに手を当てる。字面通りに受け取ればかわいそうな行軍ではあるが、まずその線は信じるべきではないだろう。雇い主のことを放蕩令嬢などと言っていたが、そんな令嬢があんな物々しい集団をこんな僻地に差し向けるはずがない。その評判を隠れ蓑にすれば、かなり大胆な動きができることだろう。
「魔法使いはいないんだね?」
「……そう言われてみればそうね。魔法を使える人間が少ないのかも」
「まぁ、誰でも簡単に使えたら私たちも困るか」
「今のところ何とも言えないわね……」
たまたま編成からあぶれただけなのか、そもそも魔法使いの数が少ないのか。それとも剣術や弓術と複合的に運用するものなのか。そのあたりも情報として聞き出したいところではある。
「で、その人たち何しに来たの?」
「十中八九、この家か、私たちの調査でしょうね」
「廃墟を見に来たってことはない?」
「あの荒れっぷりよ? 今更視察なんてことしないと思うわ」
「ふーん、そっか。じゃあ襲い掛かってくることはありそう?」
ヘルガはあごに当てた手を崩さず、考察を述べ続ける。
「……相手側が下手に出ている以上、武力での制圧は考えてなさそう。こちらをかなり警戒した上での観察と、必要なら交渉……。全員の武装の割にはずいぶん弱腰だったし、こっちが強く出たらすぐ帰りそう」
それを聞いたエルザは、少しだけ考える素振りをした後、明るい口調で言い放つ。
「じゃあ、歓迎してあげなくっちゃ、ね?」
「ぴ?」
いつの間にかキャップの上にいたアストレアが答える。内容はよくわかっていないようであるが。
「…………えぇ?」
「だって、遊びに来たのに私たちを怖がってるんでしょう? だったら怖がらなくて良いよって伝えてあげないと」
「ちょっとちが……言っちゃえば相手はこっちの敵情視察に来てるようなもんなのよ? こっちを絡め取る算段をしてるかもしれないのに……!」
「そうなったら……その時は一緒に逃げよう!」
「もう、どうすればそんなに楽観的になれるのか教えて欲しいわ……」
「ん、深く考えない!」
「……そうね、そうだったわ」
親指を立てて、にしし、と笑うエルザに、ヘルガは脱力してしまう。肩肘張っている自分の方がおかしいのかと、錯覚してしまう程度に。
「で、どうすれば彼らを歓迎できると思う?」
「んー、とりあえず焼肉?」
「ま、他にないものねぇ」
突然の訪問者をもてなすと言っても、現状では材料が乏し過ぎる。手元にあるのは羊肉、塩、そして何かしらの効果を付与した水、くらいであろうか。まぁ、何も出さずに高圧的に突き返すよりは今後のやり取りの見込みは作れそうだ。そういう点でも、エルザの意見には意義がある。
恒久平和とは考えなしに隣人と仲良くすることであり、その第一歩は焼肉からである――金髪碧眼美少女エルザ。と、後世に名が残るかもしれない。
「とりあえず、話を聞くために一人か二人は家の中に入ってもらうわ。で、残りの人たちには外で焼肉やってもらいましょう」
「そこ使わなくて良いの? コンロ追加で出す?」
エルザは増設部分のコンロを指差す。既にドア付きの壁の向こう側になってしまっているが。
「外に追加で出すわ。中でいきなり焼肉やれってのも緊張しちゃうでしょ。相手の事情を考えたら、すぐ逃げられるし、馬も近くにいる屋外でやってもらった方が良いと思うの」
「そっかぁ。頭良いねぇ」
「ここぞの時の誰かさんには負けるわ」
「あとは……こっちのインベントリも見せておくか……」
「おや、手の内見せちゃって良いの?」
珍しいところでエルザが食い付く。話し合いの場において手札を隠すという頭だけは、どうやら彼女にも備わっているようだ。
「……相手にもインベントリ持ちがいるのよ。向こうが手の内を晒したってことは、当然こちらを試す意図はあるでしょうけど、それ以上に腹が決まってると見ていいわ。そんな相手にこっちが出し渋っても停滞にしかならないでしょうし」
「ほう、ヘルガと同じ能力持ちが」
「もちろんそれ以上の能力を隠してるはずだから、こっちも全部は見せない。私はインベントリとクラフト能力が使える。あなたは武器や盾を召喚できる。廃墟に行ったことは秘密。ふたりとも記憶喪失で、よくわからないまま会って、ふたりで協力してここにいる。口裏的にはそんなとこでしょうね」
「防御魔法のことは言わないのね?」
「言わない。防御はエルザの霧で何とかしてたってことにして?」
「わかった。あとはそんな気をつかわなくて良い?」
「うーん、どうでしょうね……」
一応表向きには領主である伯爵家の遣いを名乗られてはいるが、完全に非公式の場であるだろうし、そもそも相手が緊張でガッチガチのままなのだ。もしかしたら想定外の邂逅だった可能性もある。なら、こちらからあえて砕けた態度で接するのも、もしかしたら悪くはないのかもしれない。
「あえて上に立って交渉する必要はないか……。そもそもこっちの使える手札が限られてるし、知らない振りして色々聞きだした方が賢いかもしれない」
「私たちは何も知りません! って感じでいれば良いってこと?」
「そういうこと。あとは、相手の情報でいちいち驚かずに、へーそうなんだー、くらいで応対できればそれで」
「……先に私が驚きそうなこと予想しておいてくんない?」
「えぇ……急に言われても……そうねぇ……」
エルザが驚きそうなこと、と考えても、今のところかなり限定される。ある程度の環境なら順応してしまうし、本人も何もわからない状態にも関わらず、ここまで自分を引っ張ってくれたのはエルザである。
思い当たるとすれば、自分たちに関わるであろうこと、訪ねてきた一行の編成や武装のこと、おじさんたちの戦い方のこと。そんなことを考えた時に、ヘルガはひとつの可能性に思い至る。
「この世界では既に魔法は滅んだ、とか」
「ええッ!? ……あ」
「今の内で良かったわね……。まぁ推測だけど、まだこちらは魔法使いを見たことがないから、結構妥当なところだと思う」
「じゃあヘルガのこれはどう説明する……?」
エルザは家の中のあちこち、特に水場を指差して慌てふためいている。今になっていろいろと事の重大さに気づき始めた模様である。え、遅くない?
「クラフトができて、理屈はよくわからないけど作れる、っていうことにしておくわ。実際よくわかってないし」
「えぇ……あんだけ理屈こねこねして作ってたのに?」
「その理屈をこねられる理屈がわからないからね……」
「なるほど、わからん」
「ぴ」
エルザは仁王立ちしながら深くうなずいた。そしてアストレアも同調してクチバシを上下させている。どうやらうなずいている、らしい。まぁ、ヘルガのわかってないことはわかりませんよね。
「ま、あとは相手側が友好的であることを祈るだけね」
「おっけー。フレンドリーな感じでいけば良いんだよね」
「そう。あとはさっき言ったことを守ること。余計なことは喋らない反応しない。そこだけ気をつけてもらえば大丈夫だと思うわ……多分」
正直今後を左右しかねない会談になることは間違いないのだが、こんなに行き当たりばったりで大丈夫か? と、自嘲気味に不安になるヘルガであった。
「……あ。モノマネとか受けると思う?」
「変顔のくだりを引っ張るつもりならやめてね」




