何とか家主と話したい
「……ぁ、突然の訪問をどうかお許しください。私、フェアファーレンブルク伯爵がご息女、レナーテ・フォン・ヴァイゼンフェルト様の遣いとして参った者なのですが……」
――あ、自分の名前言い忘れた! ヤバい……!
二時間ほど待って、丁度一行の空気がダレてきた頃に、突然扉が開いちゃったものだから、ロイは準備してた口上の大半をすっ飛ばしてしまった。すごく尻すぼみになっちゃったし、そもそも名乗ってない。素のコミュ障感が出てしまったので、仮面の下は滝のように冷や汗をかいている。
カール卿以下一行も全員瞬時に背筋を伸ばし、「あ、ロイ様やっちまったな」という拭えない気持ちを腹に仕舞って、緊張の面持ちを作っていた。
扉から顔を出した桃色髪の少女は、一瞬驚いた様子ではあったが、瞬時にドアに半身を隠し、目視による警戒を強めた。彼女の琥珀色の眼光は、その外見の幼さに似つかわしくない鋭さで、一行の戦力、害意、目的を瞬時に見極めようとしているようにも見えた。
「……それは、領主様から私たちに言伝がある、という認識でよろしいのでしょうか?」
それは疑念に満ちてはいたものの、外見相応の少女の声であった。
少女は、どうやら伯爵が令嬢を間接的に使って接触をしてきたのかどうかを疑っているようだ。少人数とはいえ、こちらの編成や武装を見れば、そう疑われるのも当然であろう。そもそも挨拶しているのが怪しい仮面の奴となれば、もう疑ってくれと言っているようなものだ。
「滅相もございません! レナーテ嬢は領主様のご令嬢ではありますが、個人的に各地の視察を繰り返しておりまして、今回もその一環なのでございます」
「ではこちらには、どのようなご用件で?」
ロイは、痛いところを突かれた、と思った。「異変があったら見てこいと命令された」なんて、この場で言えば物理的に首が飛ぶかもしれないのだ。目の前の少女に「あなたは異変の首謀者ですか?」なんて問い質すほど命知らずではない。それはこの場の全員に言えることだ。
「……いやはや全くお恥ずかしい話なのですが、馬で走る距離の配分を間違えてしまいまして、皆疲弊してしまったのです。厚かましいとは存じておりますが、屋外で少々お休みをいただく許可と、可能であれば、飲み水をお分けいただければ大変ありがたいと思いまして。……あ、もちろん、その折には相応の代金はお支払いいたしますので……」
この際、接触しても失礼が無ければ話が通じる、くらいの情報だけでも持ち帰ることができれば良い。まずは全員の命が最優先だ、と、ロイは方針を改めた。既に二時間も休んでいるのでかなり無理のある申し出ではあるが、最悪でも馬丁が馬の様子を口実に言いくるめてくれれば何とかなるだろう。
「……屋外で良いのですか?」
「ええ、屋外で結構でございます。馬も我々も、建物のある開けた場所でなら気が休まるというもの。最近は野営続きで皆疲弊しておるのです」
「そうですか。それは大変でしたね。屋外でしたらどうぞご自由にお使い下さい」
「それは大変ありがたい! 感謝申し上げます」
街道沿いに馬を走らせれば約一日の距離に係留地はある。最悪の事態が重なったとしても、この地域で何日も野営が続くことはまずあり得ない。地理的に詳しくないのか、それともこちらを測っているのか。まだ彼女の応対だけでは判断が難しい。もし後者だとすれば、これは悪手になりかねない。
何かカバーする話題はないか、とロイは必死に思考を巡らせた。
「お、お礼というわけではありませんが、領都でこれから流行るであろう甘味などもご紹介できますよ? まだ開発段階だそうですが、完成すれば領都中がその話題で持ちきりになること請け合いだとか」
「……それは興味深いですね」
疑念に塗れた瞳は、一瞬だけ年相応の少女のあどけなさを取り戻したように見えた。この様子だと、少なくとも甘味の存在は知っているが、口にする機会は多くなかった、という程度の反応には見て取れる。
――これは食い付いたか……?
こちらが〝領都の死神〟と知っている様子もなく、領都の内情も詳しくない。その上、こちらを探ることもしないで、興味があるのは甘いもの、となれば、他国の間者という可能性は薄いと見て良いか。ならば、多少手の内を晒してでも、こちらに引き込むことを選ぶべきだ。あの〝放蕩令嬢〟なら間違いなくそれを望む。これは歓談に持ち込む好機だ。
「……ここだけの話ですが、実は我々、甘味を腐らせることなく輸送できる術も心得てございます。もしご入用でしたら、後日にはなってしまいますが、こちらまで甘味をお届けすることも可能でございます」
「それは素敵ですね。でもどうしてそんなに親切にしてくださるのですか?」
「重ね重ね申し上げますが、我々は伯爵令嬢の命で、お遊びとは言え視察をしている身でございます。それが旅程を間違えるなど、伯爵家の威信に関わること。誠にお恥ずかしい限りなのでございますよ。なので、これは助けていただくお礼と、その口止め料も兼ねておるのでございます。全ては我々の肩身の狭さゆえ。ご納得いただけますでしょうか?」
「なるほど、そうなのですね」
「ええ、そうなのです。こちらに様々な甘味を絵に起こしたものもございまして、カタログ形式でご覧いただくこともできます。どのような食感や味がするのかなど、色々お話しすることも可能でございます」
ロイはインベントリから一瞬で、冊子になっているイラスト集を取り出す。仮面をつけていると、道化師の手品と思われがちだが、これも彼なりの撒き餌である。自分と同等かそれ以上の能力を持っているのなら、間違いなく彼女は、こちらの能力――〝インベントリ〟に気づく。そしてその詳細を知りたがるはずだ。表面上は甘味の押し売りのようではあるが、この際いたし方あるまい。
少女は、冊子を取り出す瞬間を見てから、あごに手を当てて少し考えた後、真剣な表情でロイに向き直った。
「…………申し訳ありませんが、連れに確認を取って参ります。十分ほどお時間をいただけますか?」
「突然押し掛けたのは我々ですので、いくらでもお待ちいたします」
「ありがとうございます。ではもうしばしお待ちください」
「こ、こちらこそ、寛大なお心に感謝いたします」
表面上は柔らかく応対してくれたものの、少女はドアを閉め切るその瞬間まで、その眼光を緩めることはなかった。これには無礼な訪問者という立場上、彼女からの「警戒の意志は解かない」という圧を感じざるを得ない。
「……し、心臓止まるかと思ったぜ……」
自分の胸を押さえつつ、深いため息をつきながらロイが振り向けば、後ろからカール卿が肩を抱え込んできた。その鎧の重さに、ロイは少しだけ安堵する。だが、カール卿は神妙な面持ちのまま、ロイに切り出した。
「お前さぁ、何であんなに喋ってて名乗らねーんだよ……」
「……あ、しまった」
「まぁ、相手も名乗らなかったし、それはまぁ良いとしてだ」
「まだあんのかよ。話に乗ってくれたから良いだろ……」
「さっきの娘、どうも人の形として出来過ぎてるぞ……」
「……どういうことだよ」
「漏れ出てる魔力も所作も、そこらの街娘と変わらん。それであの威圧感は何だ……? ありゃ本当に人間か?」
「やめてくれ、心臓どころかまた胃が痛くなる……」
「あっちには交渉術もあってないようなもんだろ。それでお前が気圧されてるんだぞ。あれを引き込むなら、相当上手くやらないとな……」
「勘弁してくれよぉ……」
己のやらかしと、カール卿の得体の知れないものを見た、という顔に、一層気が重くなるロイであった。




