怪しい小屋を調べたい
領主である伯爵お抱えの係留地を経由して、馬で二日程度。それは領地内の移動としてもさほど大規模なものではなく、出現するモンスターを考慮しても決して難しい視察ではなかった。
騎士を中心とした六人の分隊と、オマケで伯爵令嬢の私兵が一人。馬は予備を入れて十頭。眼前を彼らが走る姿を見れば、その迫力に圧倒されはするだろうが、貴族が動かせる戦力単位として見ればかなり小規模な部類に入る。
問題なのは、令嬢直属の騎士爵が率いている部隊だということと、オマケである令嬢の私兵が〝領都の死神〟の異名を持つ者だということ。
ただの視察には異例の編成である彼らは、目的地である巨大な廃墟を前にして最後の休憩を取っていた。
「なぁロイ、今回の遊興、どう踏んでる?」
「どうって言われてもなぁ、あのお嬢様の言うことだから、何かあるんだろうとは思ってるけどさ。十年見てきた騎士様はどう思うんだよ」
部隊を率いる騎士爵の男、カール・アイゼンハウト卿は、仮面をつけた私兵、ロイの肩をがっしり抱え込んで、冗談めかして言う。
「……あの思いつめた感じだと、今回は相当ヤバイ山だと思うぜ?」
「まじかよ……。胃がキリキリしてきた……」
「ハハッ、まぁ何かあってもお前さんだけはキッチリ帰してやるさ。でないとお嬢様が悲しんじまうからなっ!」
「うっせー。そんなんで帰ったら俺だけ叱られるだろうが……」
「はっはっは! そん時は派手に叱られてくれ! そしたら浮かばれてやる」
「化けて出てくれた方がマシだっつの……」
仮面の下からロイはカールを睨むが、カールはそれを見てまた大笑いする。関係性だけ見れば仲良し親子のようですらある。
彼らが仕えているレナーテ・フォン・ヴァイゼンフェルト嬢は、世間的に放蕩令嬢と認知されており、その騎士や私兵もまた、遊びに使われていると思われているのが実状である。
今回もいたずらに視察をする遊興癖が始まったと、領都内ではもっぱらの噂であった。それもこれも、その父である伯爵の辣腕っぷりが尋常ではないことの裏返しではあるのだが。
「ま、遊興だ遊興。世間がそう言ってるんだから、気楽に行こうぜ」
「あんたらは気楽かもな……。俺なんか荷物持ち兼、誰かいた時の交渉担当だろ? 謀はお嬢本人にやってほしいもんだぜ……」
「すまんな、俺も含めて全員そういうのダメだから」
カールの部下である男性重装騎士二名、女性騎乗弓兵二名、女性馬丁一名は、全員揃って肩をすくめて首を横に振った。
「これだから叩き上げどもは!」
「まぁそう言うなって。俺らの本業はそこじゃないからさ」
直訳すると、戦いなら任せておけ! それ以外期待するな! である。
「へん、その時が来たらせいぜい頼らせてもらいますよーだ」
「よっしゃ! んじゃ、そろそろ出発するぞ! 皆、荷物持ち殿に敬意を」
『ロイ様荷物持ちありがとう!』
「うっせぇしばくぞ!」
「いやはや、全く便利だよな、その〝インベントリ〟ってやつはさ」
♢
「何だこれ……」
目的地に到着したロイは、思わず声を漏らした。廃墟の堀の前に、得体の知れない木造の小屋が建っていたからである。
「前来た時には無かったよな……?」
「あぁ、間違いなく無かった。……罠だと思うか?」
「……いや、簡易索敵でも敵対するような反応は出ないな。ただ……」
「……どうしたよ?」
「建物の中が全くわからん。何もかも外壁でシャットアウトされてる感じだ……。すげぇ気味が悪ぃ……」
小屋の見た目は普通の木造であるが、あまりに普通に造られ過ぎている感じもある。板張りっぽいのに頑丈そうで、魔力も通さない構造、何をどう組み合わせればこんなものが造れるというのか。
「どんな格好のどちらさんがそれ言ってんのかねぇ」
「うっせ。……で、どうする? 斥候要るか?」
「いや、とりあえず安全そうなら全員で行こう。遠くから呼びかけてみて、反応がなかったらノックしてみるか」
「話が通じる相手だと思うか……?」
「さぁ、どうだかな。通じなかったら逃げるしかあるまい」
「ま、そうだよなぁ……」
「……そうならないことを祈ってるよ」
冗談めかしていたカール卿ですら冷や汗をかき始めている。やはりここには何かある。何があるのかは全く見当もつかないが。
「よし、じゃあとりあえず俺が先行する。距離を置いて一旦様子を見てから詰めて来てくれ」
腹を決めたロイは、仮面の位置を微調整すると、馬の手綱を握り締めた。
「一応お前さんの後ろに弓二人つけておく。良いか?」
「あぁ、助かるよ」
カール卿が目配せをすれば、騎乗弓兵二騎が瞬時に前に出る。叩き上げというだけあって練度はかなり高そうである。
馬を駆って小屋に近付くロイ。その比較的すぐ後ろに弓兵二騎、そこからやや置いてカール卿、重装騎士二騎、馬丁の順で続く。小屋まで十メートルほどの距離に近づいたところで、ロイが訪問の口上を述べる。
「突然の訪問によるご無礼、平にお許し願いたい。私はフェアファーレンブルク伯爵がご令嬢、レナーテ・フォン・ヴァイゼンフェルト様より遣わされて参りました、護衛侍従のロイと申します。先触れも無く押し参りましたこと、誠に失礼とは存じますが、何卒お目通りの機会を賜りたく存じます」
一行の間に緊張が走る。この声が届いていれば、あの得体の知れない小屋に住んでいる家主が顔を出すかもしれないのだ。
『……………………………………………………?』
小屋の周囲では緩やかな風の音すらよく聞こえる。つまり、全く反応が無い。
「留守かな……?」
「わからん……。もう少し近付いてみるか……」
全員で慎重に小屋まで近づいてみるが、罠らしいものは何もなかった。見た目だけなら、本当にただの小屋にしか見えないのだが。
「ロイ様、あの看板、何て書いてあるのでしょう……?」
「看板……?」
弓兵の一人が、小屋横の厩舎らしき施設を指さしてロイに尋ねた。
「お……おじさんぼくじょう……??? 日本語じゃねーか……」
妙にしっかり作ってある看板の割に、書いてあるのは幼稚園児が初めて筆を使ったような字だった。大きさのバランスを取りそこなったのか、〝ぼくじょう〟の字がやたら右に詰まっているし、墨が垂れてしまっていて不気味である。これは何の冗談だろうか。
「領都の死神……こんなところにまで俺達の首を取りに来たか」
〝おじさんぼくじょう〟の文字に混乱していたら、中にいた本物の〝おじさん〟に話し掛けられ、ロイは余計に困惑した。
――えぇ……いや、まじで牧場やってんのかよ……?
いきなり首取りに来たのかって、そんなこと聞かれたってわからないよ。だって状況が全くわからないんだもん。
「……貴様らは賊か? こんなところで何をしている?」
必死に外面を取り繕って、ロイはおじさんに訊ねる。
「我々は愚かにも二柱の女神に危害を加えようとしたのだ。実際は触れることすら叶わなかったがね。そして無様にも、そのご慈悲によってこうして生かされているのさ」
「二柱の女神……? 聞いたことはないが、新手の信仰か?」
「……そうだな、そうかもしれん。だが、架空の神を信仰するのとは話が違う。あの方々は実在しているのだ……」
「まぁ、領都の死神がここに来たのもあの方々の導きというのなら、心穏やかに受け入れられるというもの」
「そうだな。我々は、ただ感謝を……」
「……ふむ」
とりあえずここに入っているのは賊だということ。そして、彼らは二柱の女神と呼ばれる誰かに返り討ちにされ、心を入れ替えてしまったということ。そのあたりは、どうやら間違いないようだ。
「カール卿、どう思う?」
「俺も二柱の女神なんて聞いたことはないが、お嬢の言ってた何かの〝予感〟ってやつが当たってるなら十中八九これだろうな」
「だよなぁ……」
「賊を返り討ちにして、殺さずに更生させちまうなんて、なかなか普通じゃないと思うが、少なくとも話し合いの余地はあると思うぜ」
「期待するだけしてみるか……」
「まぁ、賊の死体転がってるよりは、状況はかなり上向きと思いたいね」
ロイはおじさん達の方に向き直ると、外向きの声色で訊ねた。
「その二柱の女神様に、我々も謁見したいのだが、可能だろうか」
おじさんたちは互いに目を合わせ、頷き合うと、ややあってから一人が話し始めた。
「あの方々は今、あちらの小屋でお休みになっておられる。時が来ればお目覚めになるはずだ。それまで静かに待たれるが良い……」
「我々の話は聞いてもらえるだろうか?」
「さぁな……、だが、あの方々は慈悲深い。我々のような愚か者ですら、こうして庇護下に置いて下さるのだ……」
「確かにな。助言感謝する。貴様らのことも後で聞こう」
「二柱の女神様のお導きのままに……」
とりあえず、その女神様には待ってればお会いできるということらしい。一行は極力失礼の無いよう、扉の前から少し距離を置いたところに馬を停め、待ち時間を利用してそのまま休憩することにした。
その後、得体の知れない小屋の扉が開いて、桃色の髪の少女が顔を出したのは、待ち始めて二時間ほど経ってからのことであった。




