余った肉を処分したい
食材を腐らせた経験をお持ちの方は多いだろう。飽食の時代において、必要最低限の食糧確保と堅実な消費こそが、健全な社会の原動力になり得るのではないだろうか。筆者は声を大にしてお伝えしたい。別にそんなこと普段から一ミリも考えていないということを。でも食材余らせておくのはもったいないよね。
「で、狼肉をおじさんたちの餌にするってことね」
「そういうことです。不味くはないらしいんだけど、ちゃんと加熱しないと色々危ないそうなんで」
「なんで危ないの?」
「病原菌とか寄生虫持ってる生き物を食べてるかもしれないからよ」
「なるほど、肉食のやつって食べるイメージあんまりなかったけど、そういうことだったのね」
ヴィーゼンヴォルフと呼ばれる彼らは、体内に魔素を流通させている以外はほぼ普通の中型狼である。肉食である以上、彼らが何を食べているかわからないため、しっかりと熱を通すことが推奨されている。ちなみに簡易分析調べです。
「ということで、さっさと焼いちゃいましょう」
「……ふーむ」
肉を焼いておじさんの餌にするだけなのだが、何かが引っかかったように小難しい顔をしているエルザ。
「どうかした?」
「……いやさ、肉を山盛りで渡すと取り合いとかしそうだなぁって」
「あー……言われてみると確かに」
おじさんなどと言えば親近感すらあるが、元が賊なのである。たとえ別々の皿で餌を供給したとしても、暴力による奪い合いが始まってしまえば一大事である。その場合はまた別の飼育方法を考えねばなるまい。
「そこで考えたんだけどさ、肉入りのスープみたいなやつにしちゃえば良いんじゃない?」
「……と言いますと?」
「あつあつのスープに肉を入れちゃえば、すぐに食べられなくって取り合うまでにはいかないんじゃないかなって。何かあったら熱いスープが飛び散って大変なことになるだろうし」
「なるほど、一理ある……」
要は奪った瞬間に食べられないようになっていさえすれば、奪い合い自体を防ぐことができるというわけだ。エルザちゃん冴えてるぅ。しかし肝心なことを忘れているぞ。
「じゃ、スープにしてみるってことで決まり?」
「それは良いんだけどさぁ、スープってどう作れば良いの?」
「……え? そんなこと私が知ってると思ってるの……?」
「言い出しっぺ、オイ」
エルザの無防備なほっぺたは、ヘルガにぎゅいっとつままれた。
「いひゃいよぅ……あふぁひはへいあんひははへはっへぇー……」
(※痛いよぅ……私は提案しただけだってぇー……)
「……ご意見ありがとう。でも実際、どうしましょうね……」
「とりあえずさぁ、鍋でお湯沸かしてそこに肉入れれば良いんじゃね?」
「加熱ってどれくらいすれば良いのかしら。煮込めばそれで大丈夫なの……?」
「不安だったら焼いた肉を沸騰したお湯にぶち込めば良いんじゃない? 焼いてから煮るとかすごく料理人っぽい気がする!」
「……ふぅむ、そういうもんか。まぁ、やってみましょう」
当然、調味料は塩しかないので塩味のスープである。気持ち的に羊の脂を隠し味で入れてみたが果たして吉と出るか凶と出るか。ついでに言うと彼女たちの辞書には灰汁を取るという根本的な調理法も存在していなかった。
♢
調理に四苦八苦してたら、何だかんだで陽が傾いてしまった。つまるところ、これから出す食事はもう夕飯という扱いで良いだろう。なぜかって? それで済ませてしまった方が楽だからだよ。
「女神だ! 女神が降臨されたぞ!」
「おぉ! 我らが二柱の女神よ!」
「なんと神々しいお姿だ……!」
「我らも遂に天に召される時が来たか……」
「この世界にも女神はいらっしゃったのだ!」
「うっ……生きてこんな光景に巡り合えるなんて……ううぅ……」
六匹のおじさんたちは、思い思いの言葉を口にしたり、勝手に拝み始めたりした。明らかに放り込む前と様子が違う。違い過ぎる。多分分度器で計ったら五百四十度くらい違う。さすがに違い過ぎるので、エルザは思わずヘルガを見た。
「……効き過ぎた」
ぼそっとつぶやくヘルガの反応を見るに、精神干渉で想定以上の効果が出てしまったことは間違いなさそうである。エルザの目がスンッてなった。
「……ねぇ、女神とか言ってるんだけど、もしかして私たちのこと……?」
「……多分……そう」
「え、こわ。今後ずっとこのままってこと……?」
ヘルガは黙ってうなずいたあと、深いため息をついた。
「まぁ、普通に戻そうと思えば戻せるけど、今は楽だからこのままにしましょう。心配してた奪い合いもしなさそうだし」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
ヘルガは一旦おじさんぼくじょうの全体を見渡すと、おじさんたち全員の視線が集まったタイミングを見計らって切り出した。
「はい、食事の時間です。ひとりずつ順番に受け取ってください」
ヘルガとしては極力事務的に伝えたつもりではあったのだが、おじさんたちには違って聴こえていたらしい。
「おぉ……愚かしい我らに食事を恵んでくださるとは……」
「これが福音……本当に聴こえることがあったなんて……!」
「どうか我らをお導き下され……」
「これが最期の食事か……全く素晴らしい……」
「神が直にお恵みを!? なんと慈悲深いことだ……」
「うぅっ……この世にこんな素晴らしい場所があるなんて……」
「……いちいちうっせー……ヘルガ、これこのままで良いの……?」
「……今日は疲れたから、あとで考えるわ……」
「……りょ」
柵の内側に造られた簡単な受け渡しスペースで、おじさんたちはそれぞれ、木の器に入ったスープとスプーンを受け取った。
スープの中身は、灰汁と溶けた羊脂がふんだんに浮いた塩味のスープ。もちろんその下には狼肉がこんもり入っている。慈悲ではない。在庫処分だ。
「おぉ……なんと神々しいスープか……!」
(※以下×5略)
おじさんたちは全員、泣きながらスープをすすり始めた。雑かもしれないけど真面目に作ったスープなのだが、そんなに不味いのだろうか。
「……泣いてる。あんま美味しくなかったのかなぁ?」
「そうだったとしても、とりあえず今は生かしておければ良いから……」
そんなやり取りをしていたら、おじさんのひとりがポロっと何かを言った。
「……こんな美味いスープ、マルクヴァルテでも飲んだことがない……!」
「そうだ! 領都にもこんな素晴らしいものはなかったぞ!」
「これは神の食べ物なのか……?」
誰かの言葉をきっかけに、おじさんたちは余計に泣き始めてしまった。うおんうおん言いながらスープを飲んでる光景はなかなか滑稽ではあるのだが。
「ヘルガ、りょうとってなんだろ?」
「領都……多分、大きな街があるってことなんだと思う」
「ふむ、街がある……街があるの!?」
エルザに聞き返されたヘルガは、いつも通りあごに手を当てて悩む。そして一瞬やや不服そうな顔を浮かべたかと思ったら、あきらめたようにため息をひとつついた。
「誰か教えて。この近くに都があるの?」
おじさんたちは全員が顔を見合わせて、ちょっとうずうずしている。その中の一人、ヘルガに唾を吐きかけたおじさんが、おずおずと答え始めた。
「……恐れながら申し上げます。ここから馬を走らせて二日ほどの距離に、マルクヴァルテという領都が御座います……」
それを聞くと、今度はエルザとヘルガが互いの顔を見合わせる。
「あるんだ! 街あるんだ!」
「調味料とか魔法の本とか売ってるかなぁ!」
「もしかして甘い物あるかなぁ!」
『……っ野菜もあるかなぁ!?』
ひとしきり飛び跳ねたあと、ふたりは先ほど受け答えをしたおじさんを期待の眼差しで見た。おじさんはひどくぎょっとしたあとに、滝汗をかきながら答えた。
「……野菜も調味料も、甘い物も、普通に売っていますよ」
『っしゃああああああああああッ!!』
ふたりの女神(仮)は歓喜した。食材入手どころか生活の見込みが立ったからである。塩があるだけマシではあったが、ふたりにとって肉だけの生活はやはりなかなか酷だったようだ。
「おぉ……女神がお喜びだ……」
「素晴らしい……ああ、素晴らしい……」
「高位神官ですらこんな御業ができるのだろうか……?」
おじさんたちの中で勝手に色々なものが発生し始めた。高位神官って何さ。とにもかくにも近くに人が住んでいる都がある。その情報だけでも僥倖である。今夜はゆっくり眠れそうだ。
「とりあえず、算段をつけてその都に行く計画を立てましょう」
「そうしよう! 甘い物食べられると良いなぁ!」
女神たちはきゃいきゃいとはしゃいでいた。はしゃぎ過ぎて見ているおじさんたちは「この女神たちの情緒大丈夫かな」ってちょっと不安になった。
「あ、食器は重ねてそこ置いといてくれれば良いから!」
あれだけ事務的だったヘルガがめっちゃ上機嫌だった。これはこれで、崇拝している側としてはやっぱりちょっと怖いと思うのだが、まぁ崇拝先の機嫌が良いのなら良いか。
そうして、女神ふたりはスキップしながら自分たちの家へと帰っていった。神とは気まぐれなものとは聞くが、こんなに俗なものなのだろうか。そんな些末な疑問は露と消え、六匹のおじさんたちはその姿が見えなくなるまで彼女らを拝み続けていた。
♢
どんな店へ行こう、何を買おうと夜通し作戦会議を行った翌朝、といっても陽も高く昇っているので既にブランチ時だが。
いつも通り着替えを終えたヘルガが、おじさんたちの様子を見に行こうと家のドアを開けると、そこには見知らぬ人影があった。咄嗟にドアを半開きにして身を隠す。
「……ぁ、突然の訪問をどうかお許しください。私、フェアファーレンブルク伯爵がご息女、レナーテ・フォン・ヴァイゼンフェルト様の遣いとして参った者なのですが……」
その者の声だけ聞けば若い男だが、その軽薄な声に似つかわしくない深いフードと不気味な仮面をつけ、さらには大鎌を背負っているという、心底不気味な姿をしていた。




