窓から原始人は覗きたくない
バーベキューコンロ実装で盛大に焼肉を食らった後、またしても睡魔に襲われたエルザは気もそぞろにシャワーを済ませてから眠りについた。そのため残念ながらシャワー中のヘルガを覗くというミッションは未完遂となってしまった。実に無念である。なお、シャワー室にはしっかりイヤリングを外してから行った模様。えらいね。
「……んあっ!」
特徴的な鳴き声をあげたエルザは、己の腹のあたりに妙な重さを感じたため、無造作にそれをまさぐる。何か綿の塊みたいな感触があったのでそいつをひっ捕まえた。
「……おはよう」
「ぴ」
「……なんでアンタこんなとこ乗ってんの……」
「ぴぴ」
「…………トイレ」
綿の塊をそこらに置き直すと、彼女は用を済ませてから洗面所で手と顔を洗った。ヘルガの方を見ると、まだぐっすりという感じで寝ていた。まぁ昨日の今日であるのでゆっくり寝かせてあげるのも良いだろう。
意図せず作られた高級羊毛カーテンからは、朝だか昼だかわからないけど光が漏れているので、少なくとも夜は明けたようだ。目も覚めてきたエルザは、少しばかり外の様子を見てみようと、顔の幅程度にカーテンを開けてみた。
「………………………………………………んっ!?」
エルザは固まった。原始人みたいな人たちが思いっきりこの家を攻撃していたからである。なんならその内の一人と目が合ったし。
「………………………………んんっ!?」
ちょっとあんまりにもあんまりなので、目をこすってもう一回見てみたが、やっぱり原始人みたいな人たちが斧とか槍とかでこの家を攻撃していた。ヘルガのシャワーは覗きたかったが、攻めてくる原始人は覗きたくなかった。
「……夢か…………夢だな、うん」
エルザはカーテンを閉め直すと、もう一回だけちょこっと覗いてみた。どうあがいても原始人みたいな人たちがこの家を攻撃していた。なんならさっきより元気に攻撃し始めてる気すらする。もしかしたら顔出したのマズかったのかもしれない。
「……ヘルガぁ! ヘルガぁ~!」
「……んぅ~? ……なに……?」
「原始人が攻めてきてる!」
「……?」
「外で原始人がこの家を攻撃してるの!」
「……? ……怖い夢見たのね……おいで」
「あ、ちょっと!?」
エルザはヘルガのベッドに引き込まれると、そのまま強く抱きしめられてしまった。掛け布団が熱っぽい。美少女の顔が近い。そしてなんか良い匂いがする。エルザの心音は爆速のビートを刻み始める。
「ヘルガ……? ヘルガさぁ~ん……?」
「…………………………………………すぅー……」
そのままヘルガは再び夢の中へ沈んだ。
「寝……寝た……?」
等身大抱き枕と化したエルザは、その場限りの幸せを享受しながら、状況を整理してみることにした。
外には原始人が攻めてきている。さっき見たからこれは多分揺るぎないと思う。で、今可愛いヘルガに抱きつかれていてなんか幸せを感じている。これも揺るぎない。幸せ。あれ、なんもわかんない。これどういう状況?
「……いやこれどういう状況!?」
ヘルガに抱きつかれる幸せは享受していたいが、そのうちにこの家が壊されるのも困る。エルザは苦渋の決断の末、ヘルガに起きてもらうことにした。
「ヘルガ起きて~! 家が攻撃されてるの!」
「…………よしよし」
エルザは頭を撫でられた。これはこれで……ってそうじゃなくて。
「夢じゃないのよ! ちょっと外覗いてみて?」
「……んー……」
ヘルガはエルザから離れると、ゆっくりと上体を起こしてからのそのそと水場側の窓の方へ歩いていった。そして、バッとカーテンを開けて固まり、目をこすって凝視したと思ったら、またバッとカーテンを閉め直した。
「なにあれ!?」
「わかんない!!」
「……とりあえず防音がまだ効いてるから壊されてはいないんだと思う。……着替えてから考えましょう」
「了解……あ、朝ご飯どうする?」
「この状況で……? 食べたかったら出すけど、炭に火がつくまで十五分か二十分くらいかかるわよ?」
「あ、そしたら火だけつけてもらっておくのは?」
「良いけど、結構悠長なのね……」
「こういう時だからこそ幸せの享受が必要かなって」
「……よくわからないけど、朝食の準備は必要ね」
ふたりは寝間着からさっさと着替えると、炭の準備をしながら作戦会議を始めた。アストレアもテーブルに陣取ってはいるが、多分これ単に朝食待ちなんだと思う。
「簡易索敵してみたけど、原始人は六人いるみたい。そのうち四人が家を囲んでる感じで、二人が屋根の上」
「屋根の上かぁ……。壊せる場所を探してるのかしら……。全員まとめられるならその方が相手しやすいんでしょうけど、どうしましょうね」
エルザは右のこめかみに人差し指をぐりぐりしてから、珍しくちょっと悩んだ様子でヘルガに切り出した。
「ぶっちゃけさぁ、あれ人っぽいけど、どうする?」
「……って言うと?」
「私がやったら良くて重症、最悪殺しちゃう感じになるかな、と……」
「……あー、そうね。人か……確かにあれ人だものね……」
ヘルガの脳内ではシンプルにモンスターとして処理しようとしていたので、別段力加減の必要性は感じておらず、どう駆逐するか、程度の考えしかなかった。エルザはその点、人を相手にした時の倫理観を保っていられる。ヘルガは彼女のことを改めて、すごいなぁ、と思った。
「武器だけ狙って戦意喪失させるのも良いけど、逃がしたらまた戻ってきそうなのもちょっと、考えておいた方が良いかなぁって……」
「家の方の耐久性はまだ大丈夫だから、放っておけば諦めるかもしれないけど……」
「そしたら、こっちが家を出るのを待って、どっかで奇襲みたいなことされるかもしれない」
「……そうねぇ、それこそ面倒なことになるわね。対処するなら今の内かぁ……」
「なんか、無力化みたいなことができれば良いんだけど……」
〝無力化〟という言葉で、突然ヘルガの視界がザラつく。
「……あれ……?」
「ヘルガ!? ちょっと、大丈夫!?」
急な頭のフラつきを抱えたまま、エルザに支えられてベッドに腰掛けたヘルガは、そのまま暗転した世界へと意識を吸い込まれていくのだった。




