さっさとバーベキューをしたい
自分で出した移動式足場の上で、エルザはぐったりしながらヘルガを眺めていた。アストレアも横にいたが、こちらは物珍しそうに彼女を観察している。そしてなんかこう、その誰かさんのせいですごく埃っぽい。
「……ヘルガお姉さん、どうして土を掘っているの?」
「それはね、これを貰って帰るためだよ」
「……ヘルガお姉さん、どうして集める石が増えているの?」
「それはね、これがとっても良いものだからだよ」
「……ヘルガお姉さん、私お腹空いちゃったの……」
「すまないねぇ、もう少しで終わるからねぇ」
「……あぁヘルガ! どうしてあなたはヘルガなの?」
「ワタシ ヘルガ。 アナタノ トモダチ」
あれぇ? 私、さっきヘルガに結構優しくしたよね? 鉄も回収できたならそろそろ帰ってバーベキューの準備始めても良いんじゃないの? とエルザは思っていた。鉄を回収し始めてぼちぼち三十分ほど経っている。空腹という名の獣がエルザの胃で暴れ出していた。
「よし、こんなもんかな」
「終わった? 早く帰ろうお腹空いたの!」
「お待たせ。ちょっと面白いものが手に入ったから」
「面白いもの……? そんなものでお腹が膨れるのかぁ?」
「まぁ、後になればわかってもらえると思うわ」
「よし、帰ってバーベキューやるぞー!」
「おー」
足場に戻ったヘルガは、エルザへの返事もおざなりに、インベントリ内で何か始めてしまった。はたから見ても手を空中でサッササッサと動かしてるだけにしか見えないのでとても不思議だ。
「夢中になると周り関係なくなるタイプよね」
「ぴ」
エルザとアストレアは、ヘルガの傾向について概ね意見を固めた。
「ん~? なんか言った~?」
「気にしないで~、独り言~」
「は~い」
そうして、やっと一行は帰路に就いたのだった。
♢
徒歩よりも若干速いくらいのペースで動く移動式エレベーターであるが、それ自体の壁を高めにしてしまえば、単体で風の強い堀を渡ることも容易である。なんなら覗き穴だけ作っておけば万事オーケーなのだ。つまりもう角パイプとか作る必要もないってわけ。
「行きと帰りでこんなに差が出るとは……」
「これはこれで鉄壁の防御なのよね……」
「もう歩くのも面倒くさいからこのまま家帰るね」
「お、助かる~」
小屋の前まで戻ってきた一行は、風魔法でちゃちゃっと埃を払うと、一旦中で休むことにした。今日は寝落ちしないと良いね。
「ん゛あ゛あ゛! つかれた~……!」
「今日は本当にお疲れ様」
「ほんとだよぉぉ~……」
どうやら想像以上に体力を消費していたようで、エルザは昨日と同じようにベッドに突っ伏す。それから、ややあってヘルガの方を睨んだ。
「バーベキュー、超期待してる」
「わかっておりますとも」
「それと、今日はもう外出たくない!」
「……家の中でバーベキューやりたいの?」
「いえすだね!」
ヘルガはあごに手を当てて少々悩んだが、すぐにそれを解いて「わかったわ」と言ってそそくさと何かをごそごそ始めていた。それを見届けたあと、背中の辺りに何かの重さで爪が食い込む感触を確かめながらエルザはまた夢の中へと落ちていくのだった。
♢
白い夢の中では記憶は繋がっているらしく、昨日ここであった三人のことはぼんやりと覚えがあった。今日も会って話が聞けるかな、と思いながら空間の中を歩いていれば、見覚えのある女性がそこで待っていた。まぁ、容姿はよくわからないのではあるが。
「待ってたわ」
「私を、ですか?」
「えぇ、今日は大変だったでしょう」
はて……今日何かあったのだろうか、とエルザは考える。何か大変なことがあったような、そうでもないような……。悩み込んでいるエルザを見て、その女性は苦笑いしたような気がした。
「ま、何とかなったみたいで良かったわ。ご苦労様」
「あ、何とかなってたなら良かったです。よくわからないけど」
「あの場所自体に問題があるわけじゃないのだけど、元々呪いが蓄積しやすい場所柄っていうのと、どうやら何者かの干渉を受けたみたいなの」
「はぁ、干渉……ですか」
「今は静観してて大丈夫だと思うけど……次何かありそうな時はこちらからも何かアプローチできるように考えておくわね」
「あ、助けてもらえるならありがたい、です」
そんなやり取りをしているうちに、エルザはまた身体が重くなっていく感覚に引っ張られる。
「そろそろ時間みたいね」
「あ、あの……!」
何か喉から出かけたものがあったと思ったが、それが何だかよくわからないうちに霧散してしまった。それを全て見透かしたように、その女性は微笑んでいたような気がした。
「お風呂に入る時はちゃんとアクセサリーは外すのよ」
「……え?」
「じゃ、またね」
そうして、またエルザは白い空間から引きずり降ろされるように現実へと戻って来るのだった。
♢
エルザが目を開けると、何か小屋の中が昨日より明るく感じた。
「……んあ!」
「起き方毎回面白いわね……。エルザお姉さん、バーベキューの準備できたわよ」
「ばーべきゅー!」
脊髄で喋っているエルザはその言葉だけでベッドから飛び起きた。そして目の前の光景にそのまんまびっくりした。
「なんか広くなってるぅーーーー!!?」
「えへへ、広くしました♪」
本来ベッド側の窓があった場所がそのままダイニングスペースとなり、実用に特化したテーブルひとつと椅子が二脚用意されていた。ちゃっかりアストレアはそのテーブルに陣取っている。そして、その横には銀色に輝くバーベキューコンロが設置されており、天井はしっかりと煙が抜ける構造となっている。
「すごい! 家の中でバーベキューできるようになってる!」
「そういう要望でしたので」
「さすが過ぎる……! 家の中も何か明るくなったけど何で?」
見たところキャンドルランプを使っていることには変わりはない。強いていうのであれば、周囲のグラス部分を何か銀色のガードが覆っていることであろうか。
「これねぇ、コンロを作った時の副産物なんだけどね」
「あぁ、鉄で覆って反射させてるのかぁ」
エルザちゃんは寝起きなのに最高に冴えていた。今日ヘルガは鉄を拾っていたのだ。コンロで余った分をこういうところに使ったのだ。さすがヘルガちゃん、生活に関して妥協がないぜ。
「ふふふ、そう思うでしょ。これ鉄じゃないのよ」
「え? 違うの?」
「ステンレス」
「…………なんて?」
「ステンレス」
「………………………………作れんの?」
「作れたの」
エルザは最高に冴えていた。ただ、ちょっと、いろんなものが、目の前で発生している出来事を理解するために半分くらい足りなかった。
「……ステンレスも作れるのかぁ……」
「そう、インベントリ内ならね」
「……私は何から聞けば良いのかしら……ヘルガちゃんプレゼンして?」
「プレゼンかぁ……うーん」
ヘルガはまたあごに手を置いて唸ったあと、ぽんと手を鳴らしてからエルザの方に向き直った。
「バーベキューでお肉を焼くと脂とか塩分が下に落ちちゃうじゃない?」
「うん、落ちるね」
「そうすると、鉄って錆びちゃって、最悪穴が開いちゃうのね?」
「なるほど?」
「だから、ステンレスを作りました♪」
「なるほどなぁ…………ってそうはならんやろ!」
「……えぇ、あとはどこを説明すれば……」
「材料とか! 材料とかどうしたの!?」
エルザにしては的を射た質問をした。やはり冴えている。ただちょっといろいろ足りないだけなのだ。
「私、鉄の他に土とか石拾ってたじゃない?」
「うん」
「あれ。材料、あれ。」
「……うん……?」
「なんかね、どう使ってたのかわからないんだけど、あの鍛冶場でクロムの鉱石とかニッケルの含有率の高い土とか沢山あって、これあればステンレス作れるなぁ、と思って」
「……うん……?」
【 エルザ は こうちょく して しまった ! 】
「……よし、バーベキューにしましょう」
「ばーべきゅー!」
そう、小難しい言葉を並べるために石拾いをしたわけではない。全てはバーベキューのために。ワンフォーバーベキュー。オールフォーバーベキュー。
コンロの火受けには既に火がついた炭が並んでおり、上にはしっかりとしたステンレス製の網が乗っている。ヘルガはそれにちゃちゃっと牛脂のような脂をトングで塗りつけていく。まぁ、察するに羊の脂ですね。羊脂のことをマトンタローとかいうらしいですよ。
「もう良いにおい! ところでこの炭はどうしたの?」
「ん? 作った」
「そっかー……。焚火みたいに普通の木じゃだめなん?」
「あのままだと煙すごいのよ」
「そっかー……」
さすがヘルガさん、クラフトになると一切の隙がない。現状で構築可能な最大公約数を叩き出して来る感じがあるぜ! とエルザは思った。半分くらい意味はわかっていないけど。
「お肉どうする? 串で置く? 焼肉みたいにする?」
「焼肉!」
「自分でやる?」
「自分でやる!」
「じゃあ私の分もお願い」
「はーい」
エルザはトングと肉の入った皿を受け取ると、嬉々として肉を焼き始めた。さながら初めて焼肉に連れて来られた五歳児である。
「焼くときはトング使って、取る時はお箸使ってね」
「はーい」
羊肉の焼ける香ばしいにおいが室内に充満する。肉の持つ青みがかったハーブのような香りもあって、嗅覚だけに頼ればステーキでも調理しているかのように感じる。そこに強いクセを感じないあたり、やはり高級品なのだろう。この香りは空腹を刺激するには凶器過ぎる。
「あああああああッ! 美味しそう過ぎる!!」
「お塩はどうする? 焼いてる上に掛ける? それとも焼いてからつける?」
「うーん、焼いてからつけようかな」
「おっけー。じゃあ私もそうしよう」
そう厚く切ったわけではないので、肉が焼けるまでそう時間は掛からなかった。それぞれの皿に必要分の肉と、味付け用の塩を乗せる。この一皿を見るだけでも、今日の探索の甲斐があったというものだ。あ、アストレアは塩は無しね、塩分過多になっちゃうからね。
「食べて良い? 食べて良い!?」
「うん、食べましょう」
『いただきます!』
ふたりは器用に箸を使って肉を頬張る。遠火で作った串焼きもまぁまぁ悪いものではなかったが、あちらは水分や脂が落ちてちょっとパサパサしてしまっていた上、味付けも不可能だった。だが、今日は文字通り一味も二味も違うのだ。
薄切りにした肉は短時間で焼き上げるために水分も脂も飛びにくく、肉そのものが持つ本来の旨味を一切損なわない。そしてさらに、人類に必要不可欠な塩という調味料が加われば、そのレベルは十も二十も違うというものなのだ。
『うっ…………まぁーーーーーーいっ!!』
ふたりは叫んだ。今日一叫んだ。ワイバーン戦とか忘れるくらい。
「ぴ」
アストレアの鳴き声は普段通りだが、間違いなく薄切り肉に舌鼓を打っている。ちなみに前日比です。この鳥結構グルメだぞ。
「生きてて良かった……。これが肉……これが塩……!」
「これは間違いなく高級品だわ……お店開けちゃうかも……」
「おいしい……おいしいよぅ……」
エルザは涙した。今日の努力は無駄ではなかったんだ……!
「脂もクドくないからいくらでも食べられちゃう。塩良いな……」
ヘルガもヘルガでだいぶ強めに舌鼓を打っている。美味しそうで何よりです。
「……あ、そういえばワイバーンも仕留めたじゃんね? あの肉ってどうなんだろう」
「一応食用にはなるみたい。赤身が多いんだって。焼いてみる?」
「食べられるなら焼いてみようぜー」
ヘルガは既にある程度準備していたらしく、皿に乗ったワイバーン肉がささっと出てきた。それを受け取ったエルザがとりあえず様子見で数枚焼いてみる。っていうかちゃんと覚えてたんだね。えらいね。
「情報通り赤身肉だね。どれどれ」
「……んー、これも美味しいけど、ちょっと筋っぽいかな」
「これはあれだ、煮込み料理とかに合いそう」
「お、エルザお姉さん冴えてる! それっぽい材料揃ったら試してみようね」
そんなこんなで、わいわいきゃいきゃい食べ進むと、徐々に二人の箸の進みが遅くなってきた。お腹いっぱいになってきたかな?
「多分さぁ、同じこと考えてると思うんだけどさぁ……」
「そうね……多分同じこと考えてると思うわ……」
『……野菜欲しい』
「ぴ?」
「バーベキューとか焼肉でさぁ、誰が好き好んで野菜なんか食うかって思ってたわけなんだけどさ……」
「わかる。最初に山盛り野菜とか出されるのよね」
「ねー。でも、何か肉だけじゃちょっとしんどいわ……」
「あれは必要なものだったのね……。葉っぱでお肉巻くのとかも何が良いのかって思ってたけど……」
「今はそれが猛烈に恋しい……」
「目標が漠然と決まりましたね……」
『次は野菜』
ふたりは何とかして野菜の入手を試みる方向で一致団結した。だってここまで四食通して肉だけだからね。いくらチート持ちとはいえ肉ばっかり食べるのはきっとお腹にも優しくないだろうし。がんばれ! 全ては飽きない食事と胃腸のために!




