ちょっと観光していきたい
来た道を戻る中、エルザは先の怖がりっぷりが嘘のように落ち着いていた。対してヘルガはどことなくしおらしく、借りて来た猫のようになってしまっていた。
「お、帰ってきたー、まぶしー、あったけぇー」
「…………」
探索を始めてさほど時間は経っていないはずなのに、陽光の暖かさがひどく久し振りに感じられた。どれほど薄ら寒い場所にいたのか、今になって怖気がするほどだ。逆に湿気の多かった地下と比べ、屋外は少々埃っぽくも感じた。
「うわー……、髪も服もグショグショだぁ……。ヘルガ、これ乾燥できるかな?」
「…………」
「……おーい、ヘルガ~? ヘルガちゃ~ん?」
「……あ、ごめん、……何だった?」
ヘルガはあれから心ここにあらずといった様子だった。意識を引っ張られるという未知の体験の直後であるので、これは致し方あるまい。
「湿気で濡れちゃってるから、乾燥してほしいなーって」
「……あぁ、そういうことなら一回全部流しちゃった方が良いかもしれない」
「え? 何で? 乾燥だけじゃだめなの?」
「地下で……それも遺体を安置するような場所にいたから、何を含んだ水分なのかわからないからね……」
「う゛……それ言われると確かにそうだわ」
「とりあえず建物の外でやりましょう。……それ、戻し方わかる?」
ヘルガは横にずれたままの女神像に目線をやった。長らく閉まりっ放しになってた場所であるなら、このままでは地下の保存的に良くないかもしれないってことで。
「わかんない。とりあえず反対から触ってみよ」
開いたところのちょうど反対側にエルザが手を触れると、またわずかに魔力を吸い取られる感触があってから、地響きとともに女神像は元の場所に戻ったのだった。
「ね!」
「このお城、エルザのために造られてた可能性あるわね……」
「マジ? 私のためのお城? プリンセス的な感じ?」
「お姫様はいたかもしれないけど、ここ宮殿じゃないからね……」
「お城なのに宮殿じゃないの? なんで?」
「……帰ってからゆっくり説明してあげる」
ため息まじりでそう返せば、目の前には「にしし」と笑うエルザの顔があった。地上に出てからそう時間は経っていないはずなのに、いつものペースに戻されてしまった自分にも、ヘルガは少し苦笑いをした。
そんでもってヘルガはちょっと思った。これ、計算でやられてたらだいぶ怖いな? って。人心掌握術とかスキルで持ってるんじゃないかって。
「……ま、今更ね」
「ん? 何か言った?」
「いいえ、何も~」
♢
屋外に出てから早速水でいろいろ流すことにしたふたりと一羽。ちなみに最初から温水です。高度ヘルガ文明万歳。
まず小さくてすぐ済むだろうということでアストレアがやり玉に上がった。結果、一頭身のしおれた犬みたいな鳥もどきができた。鳥の羽毛って水弾いたりしないん?
「あはははははははははははははははははははッ!」
「ふふっ、エルザ笑い過ぎ。またつつかれるわよ」
「……ぴぴ」
ヘルガはちょっとだけ笑いをこらえながら魔法で温風を出していく。それはアストレアの身体をらせん状に流れながら滞留し、その羽毛? 綿毛? を乾かしていく。十数秒もすると普段通りもこもこの綿のかたまりが完成した。
「いやー、笑った笑った……あれ、全然つついて来ないね」
「次、エルザもいくよー」
「はぁい」
キャップを被ったまま、ヘルガの出す温水を頭から浴びていく。そのうち脱帽して、髪をわしゃわしゃーっとしたり、顔をばしゃばしゃーっとしたエルザは「ふぅー」とひとつ大きく息を吐きだした。
「おっけー、乾燥お願い」
「はーい」
先程と同じ要領だが、少々威力強めの温風がエルザの周りを滞留する。対象が大きかろうと二十秒程度で乾いてしまった。さすヘルゥ。
「いやぁ、さすがだねぇ。すっきりすっきりイテッ、痛いって!」
「……なるほど、綺麗になるまで待ってたのね。頭良い子だわぁ……」
「ぴ」
アストレアはひとりきりエルザをつつくと、いつも通りキャップの上に鎮座した。なお、いつもより食い込む爪が三割増しくらいの強さになっている。
「くぅー、わざとやってるでしょ! もう許してよ!」
「フスー」
「あはは……」
そうしてる間にヘルガも自分で温水を被ってからちゃちゃっと乾燥まで済ませてしまった。身内のことはしっかりやるけど、自分のことは割とささっと済ませてしまうタイプなのかもしれない。きっと良妻賢母タイプだ。
「さ、乾いたし帰ろー」
「……そうね、帰りましょう」
「なんだぁ? まだ元気ないのかぁ?」
「……まぁいろいろとありまして」
「ふーむ」
エルザは自分の右頬を人差し指で叩きながら三歩ほど前に出た。それから、片足を軸にくるんとヘルガの方へ向き直る。
「ちょっと観光して行かない?」
「……観光? もう充分周ったじゃない?」
「まーだ行ってないところあるっしょ、ほれ!」
エルザが指をさしたのは巨大な吹き抜けの筒になった塔だった。
♢
黒い霧は足場として使うことができる。そして伸ばしたり、高度の調整もできる。ヘルガいわく、どうやら座標を空間に固定することで外部からの干渉を無効化もするらしい。つーことはですよ。固定ができるなら移動することだってできちゃうんじゃないの? というのが天才エルザちゃんの導き出した答えなのです。
「絶景かなー!」
「わぁ……」
「ぴ」
見事足場を空中自由移動エレベーターにしてしまったエルザは、ヘルガとアストレアをともなって先ほど見た塔の頂上横まで上昇してしまった。地上四十メートルほどの高さまで上がってくれば、さすがに風がゴーゴー言っとりますが、なんのこたぁない。手すりとヘルガの風圧軽減があれば大丈夫さ。え? またいろいろ増えてるって? 気にしない気にしない。
「あはは、地平線の先まで何もないねぇ」
「ほんと、自然しかないね」
そこから見えるのは三百六十度、全て自然物。遠くには山、そこらには草原と森、たまに川、青い空にはやや多めな雲とちょっと傾きつつ雲に隠れた太陽。なんかそんな感じで、なーんもないけど、それゆえに疲れた人間の心には効きそうな雰囲気はあります。あ、はい、ものは言いようです。
「でぇ? なんかお悩みですか? お嬢さん?」
「……悩みと言うか……自分のことがわからなくて、ちょっと怖くなった、かな」
「さっきのアレ? そんな気にすることないって」
「……でも、迷惑かけたし、あのままだったらどうなってただろうって」
確かにあの時はヘルガ自身の意志までもが、あの場所に強く引っ張られてしまっていた。かろうじて持ち直したとはいえ、万が一があればどうなっていたかはわからない。
「ここまで戻って来たじゃん」
「でも……」
「自分のことがわからないのは私も一緒だしさー」
「……そう……だけど……」
「何であの像が動いたのかも、何で宝箱が開いたのかもわからないけど、でも、私はここにいるし、あなたもここにいる。それじゃだめ?」
「……だめじゃ……ないけど……」
ヘルガの煮え切らない態度を前にして、それでもエルザはどこか楽しそうに、空を見上げながら続ける。
「いいこと教えてあげよっか。私ねぇ、あなたの正体知ってるよ」
「え? ……本当?」
「本当。そんでもってねぇ、あなたも私の正体知ってるよ」
「……どういうこと?」
エルザがしたり顔で向き直ると、ちょうどその正面から雲に隠れていた太陽が顔を出した。どこかの国の神話に例えてみるなら、それはまるで天岩戸が開いたように。
「あなたの正体はねぇ……魔法が使えて、家とかいろんなものが作れちゃう、私の友達! ね、合ってたでしょ?」
「……っ!」
「私の正体はねぇ……ちょっと戦ったり、足場作れたりできる、あなたの相棒! ほら、知ってたでしょ?」
「……ふふっ、なにそれ」
「私はエルザ。あなたは?」
難しく考えることはやめたつもりなのに、どうしてまた自分は難しく考えてしまうんだろう。そんな自嘲をしつつ、ヘルガはエルザの問いに言葉を委ねる。
「……私はヘルガ。仰る通りあなたの友達です。」
「今後ともどうぞよろしく」
「こちらこそ」
どちらからとなく握手をする。別に硬い握手とかそんなんじゃない、普通の握手だけど、そういうので良いんだ。
「ぴ」
「あ、忘れてた。こいつはアストレア、やばい時の非常食イテッ! 蹴るな、やめろぉ!」
「ふふっ、あなたもよろしくね、アストレア」
「フスー」
アストレアは「しゃーねぇなぁ」みたいな顔をして応じているが、その間も一切エルザへの攻撃を緩めていない。こいつ絶対人の言葉理解してる感じがする。
「……ねぇエルザ、この足場自由に動くのよね?」
「ん? 動くよ? ゆっくりだけど」
「ちょっと寄って欲しいところがあるんだけど」
♢
足場が移動してきたのは先程寄った鍛冶場だった。移動自体は結構ゆっくりではあるが、壁を飛び越えてショートカットしているのでこちらの方が歩くより余程速いのだ。
「ほい到着、ここで何するのー?」
「この際、もう鉄を貰っちゃおうと思って」
「お、食べるの?」
「そ。今日はお腹が空いちゃったからね」
そんなことを言い合いながら「にしし」と笑うふたり。この手の冗談が出てくるのであればヘルガももう大丈夫だろう。……冗談だよね? 食べないよね?
「ま、資料的に貴重そうな大きさのやつだけ置いていけば問題ないでしょう」
「何かいろいろ板について来ましたなぁ、ヘルガの姉御」
「誰かさんのおかげでもう開き直りましたので」
ヘルガは器用に簡易分析を使いながら、赤茶けた鉄の塊を選別していく。サイズ的には大きめの石くらいだが、鉄の含有量が比較的高いと思われるものを中心に集めれば、調理器具と剣一本くらいなら余裕で作れそうな量だ。
「ヘルガちゃんの能力とぉ~? この鉄があればぁ~? バーベキューコンロがぁ~?」
「作れちゃう!」
「やったね!」
「ぴぴ」
バーベキューコンロに思いを馳せつつ、鉄を思いっきり収集しているヘルガの笑顔は今日一輝いていた。剣とか眼中にすらなかったですね、そうですね。
世はまさに、大バーベキュー時代! あーぁ、腹減った。




