地下墓地でお宝をいただきたい
ランプの中で揺れる炎は微細であったが、通路の全容を浮き立たせる程度には機能していた。髪を濡らす湿気と、水気のある土や岩のにおいだけ感じるのであれば、そこは洞窟の中と言ってさして問題はなかった。
だが長く暗い道筋は、左右に人工的な小部屋を並べながら延々と続いている。内部をよく見てみれば、中央に置かれた棺の他に、壁際の棚のようになっている部分にも複数の棺が置かれているようだ。
「うひぃぃぃぃ……これ全部棺桶ってことでしょ? 数どうなってんの……」
「百年単位で使ってたならこうもなるでしょ」
小部屋中央の一基を含めると、多いところで一部屋につき九基、少ないところでも五基は石棺が納められている。そんな小部屋が廊下の左右にびっしりと並んでいれば、こんな感想が出るのも至極当然というものだ。
「へ、ヘルガはこういうの怖くないの……?」
「怖かったけど、誰かさんが私の分まで怖がってくれてるから色々と吹っ飛んじゃったわよ……」
「……こっ、ここここわいわけじゃないし? ただ? ちょっと? 気分的なアレがちょっと優れないとかそういう? 感じだし?」
「そうね、そういうことにしておきましょう」
「ねぇーえー、本当に怖くないの! わかって!」
「はいはいわかったわかった……」
「わかってない! ずぇー…………ったいわかってないッ!!」
「私はどうすれば良いのよ……」
「……フスー」
アストレアも呆れるやり取りを延々続けていると、やがて彼女らは、ランプの光が届ききらない漆黒へと進み出た。頼りない炎で周囲を見渡してみれば、壁には緩やかなカーブが続いており、そのラインに沿って棺が置かれているようだ。どうやら円形の大広間のようになっているらしい。
「うわ広っ……暗っ……広っ……!」
「ドーム構造かしら。地下にこんなものを造れるなんて……」
「めっちゃ声響くじゃん。ヤッホー! あはは」
「……やっほー」
「い゛や゛あ゛あああああああああああああああああッ!」
珍しくヘルガがふざけると、エルザはアトラクションでもなかなか聞けないレベルの絶叫をあげた。っていうかこんなところで君たち楽しそうだね。ちなみに会話が弾むと地の文は暇なんだ。
「……ビックリしたビックリしたビックリしたッ……!」
「……ごめんなさい、そんなに驚くと思わなかったの……」
「んもう、耳元はやめてよ! ビックリして死ぬかと思ったでしょ!」
「ごめんて……」
「そんなんするんだったら今夜ヘルガがシャワー入ってるところ覗いてやるもんね!」
「それは別に良いんだけど……エルザ、そんなところにいて大丈夫なの?」
「え? 何が?」
「そこ、棺桶が集まってるわよ」
「……………………………………………………ッ!!?」
エルザが己の周囲を見回すと、そこには自分を囲むように棺が配置されていた。つまるところ彼女のいる位置こそがこのドーム構造の中心部というわけだ。あなたたちそんなところで何遊んでるのよ。
「あ゛う゛っ……え゛う゛っ……へ、ヘルガぁ~……」
「よしよし、怖かったねぇ」
「フスー」
アストレアは鳴き声よりため息の方が多くなってきてしまった。こんな調子でこの先も大丈夫だろうか。
「……真ん中には何も無さそうね。もしかしたら天井に神様の絵でもあって、ご加護が直に降り注ぐように~みたいな感じかもしれない」
さすがに手製のランプでは天井を照らすどころではない。この部屋の造りや装飾を調べるにはもっと強力な光源が必要である。
「……? 真ん中にあると神のご加護があるの?」
「多分ね。だから、この真ん中に集まっているのは歴代の城主とか領主とか、そんな感じの人たちなんじゃないかしら」
「……へ、へぇ~、そうなんだ……」
それらの棺は同心円状に並んでおり、中央は通路を兼ねた虚ろな空間になっていた。儀礼的に本来は横切るものではないのかもしれないが、なにぶん古い遺跡なのでその辺の無礼は寛大なお心でお許しいただきたい。
「……そう言えば」
「……えぇ、今度は何ぃ……?」
「ここ、外と比べたら全然崩れてないのよね」
「……無料で見れてラッキーってこと……?」
「不自然ってこと」
「やめてよぉ~……」
「何かの力が働いていると見るか、単に地下だから保存が利いただけか……」
「なんかの力ってなにぃ~……?」
中央を縦断して奥に通り抜けると、正面には通路があったようだ。だが、大広間の外に出たあたりで崩落のため進めなくなっている。そこに早々に見切りをつけると、ヘルガは壁沿いを辿り始め、エルザは黙ってその裾を掴んで歩いていく。
「あ、宝箱」
「マジでっ!?」
入り口から見て、正面よりやや右側、何もないはずの壁際に石で造られた花台が佇んでおり、その上には小さめではあるが〝いかにもな〟宝箱が鎮座していた。豪奢な見た目の割に手頃なサイズなので、それ自体もかなり収集向きである。
「やったー! お宝だ!」
「露骨に罠っぽいけど大丈夫なの……?」
「ヘルガ! 開けてみよ!」
「……話聞いてて言ってる?」
テンションが高いまま、エルザはその宝箱をおもむろに持ち上げてしまった。
「こんな小さな宝箱にそんな仕掛け無いって!」
「ちょっと! 宝箱自体に無くても台座にとか――」
――カシャッ。
と、何もない空間で錠の開いたような音がした。音の出所は、どうやらエルザが不用意に持ち上げた宝箱。それと同時に、ふたりは振り返って周囲を警戒する。
「……え? 何もない? 何もないよね!?」
「今のところ大丈夫そう……はー、びっくりした……。もう勘弁してよ……」
「ごめん! もうちょっと慎重になるべきでした!」
「わかっていただければよろしい。で、開くの? それ」
エルザは花台に宝箱を置き直すと、ゆっくりと蓋に手を掛ける。力も要らず、思いのほか簡単に開いたと思えば、中には金に青色の宝石をあしらったイヤリングが一組入っていた。
「わはー! イヤリングだぁ! 早速つけてみよぅ」
「待てぃ! 今慎重になるって話したばっかりでしょう」
「ぐぬぬ、そうでした……」
「よく考えて? これは誰かの遺品なのよ? そもそも何がついてるかわからないでしょう?」
「うぅ、そう言われると確かに怖いね……」
思い直したエルザが改めて宝箱の中を見ると、一枚の紙が添えられていることに気がついた。
「あれ、何か紙が入ってる」
「え、大丈夫なの……?」
暗がりでわかりにくかったが、おおよそ人差し指サイズの紙切れが入っていた。羊皮紙と呼ばれるものだろうか。見るからにしっかりした紙なので、きっと高品質なものだろう。だが不思議なことに、時間による劣化がほぼ見られなかった。
そして、そこには厳かにこう記されていた。
――洗浄・滅菌済み
「……なんでやねんっ!!?」
「えぇ……日本語で……?」
それはまるでレンタル業者の扱うアクセサリーのような雰囲気だった。この城は地下墓地でレンタル業をしていたのだろうか。日本語で?
「いやいやいやいやさすがにこれはおかしい!」
「エルザにもさすがにこの違和感はわかるか」
「わかるわい!」
「……簡易分析でも出るのね、洗浄・滅菌済みって……」
分析スキルの結果だとして、洗浄・滅菌済みって随分と近代的過ぎない? ともあれ簡易スキルにしても、しっかりと情報が載るならある程度の安心材料にはなるというものだ。
「これ本物の金なの……? メッキとかじゃないの?」
「あ、それは本物の純金っぽい。宝石はアクアマリンだね……って、もうつけてる!?」
「洗浄・滅菌済みなら大丈夫かなって。どう? 似合ってる?」
「……………………」
エルザがイヤリングを揺らしてみせると、ヘルガの視線は何故かその煌めきに吸い込まれた。炎の光を反射するそれは暗闇の中にあって一際幻想的に映る。
「あれ、どうした? 似合ってない?」
「あ、ごめんなさい。綺麗だし、それをつけてるのがすごく自然な気がして」
「自然……? よくそういう言葉使うよね。似合ってるってことで良いのかな」
「あ、えぇ、すごくよく似合ってる」
「へへ、良かったぁ。あ、でも片方ずつで半分こかな」
エルザは儲けを山分けする約束を思い出した。まぁ左右で一個ずつあるし、片方ずつでも良いんじゃないかな。おそろっぽいし。
「あ、それなら多分、反対側にも同じように何かがあると思うの」
「え? そうなの?」
「ここまで歩いて来て、建物の構造自体は大体左右対称だったでしょう? こっちにだけ宝箱が置いてある方が逆に不自然だわ」
「ふーん、そういうもんかぁ」
「色々調べてみたいし、この宝箱自体も回収していくね」
「お! おっけー」
そそくさと反対側に来てみると、やはり花台があり、上には宝箱が乗っていた。名探偵ヘルガ、真実はいつもひとつ! でも今回見つけた宝箱はふたつだったね。ラッキー。
「本当にあった……ひゅー、名推理~♪」
「なんとなくそんな気がしたけど、そういうものなのかしらね」
「え、適当言ってただけなんだ……それはそれですごいな」
「ふふん、良いから開けてみましょ?」
「え? また私が開けちゃって良いの?」
「どうぞどうぞ。この場所はエルザと相性が良いみたいだから」
「え、そうなの?」
ヘルガは無意識に選んだ〝相性〟という言葉に妙な違和感を覚える。確かにここまでのギミックや決断についてエルザという存在が非常に大きかった。だが、自らが宝箱を開けたくないような、自分の中に別の意識があるような、何故かそんな気がしていた。
一方のエルザは、ヘルガの促すままに宝箱の蓋部分に手を掛ける。そこに至るまでに別段、何にも、全く、一切合切、小難しい考えなどこれっぽっちもなかった。
蓋に力を込める。
……開かない。
ゆっくりと持ち上げてみる。
……さっきみたいな音もしない。
元の場所に戻す。
……うーん。
「……………………開かないんだわ」
「あれ、見立てが違った……?」
あれ~? とヘルガが宝箱に触れると、その瞬間に先程と同じような錠の開く音が響いた。
「あ、私か」
「ってことは、こっちがヘルガの取り分だね」
宝箱を開くと、中には分厚いカバーの本が一冊と、金に紫色の宝石をあしらったネックレスがひとつ。そして、やはり紙が一切れ入っていた。
――洗浄・滅菌済み
「……こっちもかいっ!」
「本は洗浄できないでしょうに……ん? 何か続きが……」
――幸多かれ
「ヘルガ、これ幸せ願われてる?」
「盗掘してる相手に対して……?」
「なんかさー、私たちがここに来るのって予言でもされてたんかね?」
ヘルガの脳裏には、先程のエルザの〝迎え入れる〟という言葉がどうにもちらついて離れなかった。もしかして、彼女の直感は本当に核心を突いているのではないのだろうか。自分たちは此処に導かれてきたのではないだろうか、と。
「……急に壁なんか触っちゃって、どうかしたの? そこにも何かあるの?」
「……え? あれ?」
気がつくとヘルガは、無意識のうちに花台の向こうの壁に手を押し当てていた。しかし、その壁には全く触れた感覚がなかったのだ。
「壁が……無い……?」
「何言ってるの、しっかり体重掛けて……あれ?」
その壁には質量も感じなければ、冷たい湿った壁の触感も無かった。あるのはこちらの力を押し返すだけの、いわば力場のようなものだった。
「……これ、魔法なのかしら……」
「この向こうに何かあるってこと?」
「わからないけど、この建物の壁、全部こうなの……?」
ヘルガは横の壁を触りなおしてみる。ひんやりと湿った、おそらく岩で造られている壁が間違いなくそこにあった。
「おかしいのはこっちだけ……この向こうに何かある……」
「魔法で何とかできそう?」
エルザがそう聞いた瞬間には、既にヘルガは魔力を解放させながら防壁の突破に取り掛かっていた。何かに取り憑かれたような、妙な焦りを感じる。
アストレアはそれまでヘルガの肩にいたはずだが、気がついたときにはエルザのキャップの上に陣取り直していた。エルザと同様に、何かを感じ取ったのかもしれない。
「……相殺……消滅……解除……解呪……治癒……状態快復…………だめだわ、何も受け付けてもらえない……」
「……なら、とりあえず出直そう、また来れば良い――」
「何で!? 向こうにあるのに!! ……どうして!!」
「ヘルガ、一回落ち着こ? 一回帰って今日はもう休もう?」
「帰る? どこに? どうして? 私は此処にいるのに!」
あきらかにヘルガは取り乱している。その様子を見た瞬間に、エルザは無意識に宝箱の中にあったネックレスに手を伸ばしていた。
「ねぇヘルガ、これ、あなたのネックレス」
「……え?」
エルザは慣れた手つきでネックレスをつけてやってから、ヘルガの肩に両手をやさしく置いた。
「わぁ素敵。とってもよく似合ってる!」
「…………?」
それから、エルザはそのままヘルガを抱きしめた。薄ら寒い暗闇の中で、血の通った体温を確かめるように。
「…………!」
「今日は帰ろ? 昨日建ててくれたおうちがあるでしょ?」
闇の帳の中、その一言、その一瞬で、ヘルガの全身の強張りが消え、その瞳に光が戻った。
「……ぁ……うん、帰る……帰ろう。……ごめん……ありがとう……」
落ち着いた様子を確認すると、エルザはまたヘルガの両肩に手を置いたまま、ゆっくりと身体を離した。それから、ヘルガの顔を窺ってみると、彼女はその頬を伝っていた涙を手で拭っていた。
「……平気そ?」
「……うん、もう平気。ありがと。」
「よっし、じゃあお宝も貰ったし帰るとしますかぁ」
「……うん、そうしますか」
本と宝箱もインベントリに回収し終えると、ふたりと一羽はこの場所を後にした。妙に後ろ髪を引かれる思いに一瞬足が止まるヘルガだったが、そのまま振り返らず、少し前を歩くエルザの手を取りに行くのだった。




