瓦礫の上は歩きたくない
鍛冶場のあった共同生活空間のような場所をしばらく進んでいくと、内門塔の向こう側に立派な建築物が見えるところまでやってきた。無論スムーズに進めたのはふたりまとめてアストレアが尻をつついてくれたからである。おかげで地の文は大助かりだ。今回に限りアストレア様って呼んでも良いよ。
「ぴ!」
「何? 着いたってこと?」
「ここが一番奥……最終防衛ラインってことだね」
ここまでにあった敵絶対殺す施設の目的は、全てこの奥を死守することに集約している。つまるところこの城の領主や重鎮が暮らすスペースでもあり、城内の領民が逃げ込める最終地点でもあるのだ。
「にしてもまーた跳ね橋か」
「これも立派な防衛構造だからねぇ」
そんなやり取りをしているうちに、エルザがぱぱっと橋を作ってふたりと一羽……アストレア様はそそくさと渡り切ってしまった。三度目ともなるともう手慣れたもんである。
「おおー! 大きい建物だぁ!」
「……すごい」
そこから見えるのは、左手にやや小さくて上部の尖った建物、右手に巨大な館のような建物、そして中央奥には四十メートルはあろうかという巨大な垂直塔がそびえ立っていた。ただし、どの建物も時相応の風化はしているため、探索とかできそうな雰囲気ではない。
「とりあえずあのでっかい建物入ってみよう!」
あれぇ、ちょっと待とうか。探索とかできそうな雰囲気ではないっつってるんですよこっちは。
「入り口はどこだろうね。二階にそれっぽいのは見えるけども」
館だったと思しき建物の一階正面部分には入り口だったようなところは見当たらず、なぜか二階部分にそれらしい入り口がある。外付けの階段でもあったのだろうか?
「まぁ、二階から入るしかないなら二階から入れば大丈夫」
エルザは霧を使ってするすると二階までの階段を作ってしまう。橋を造ったりするようになって完全に調子に乗っていますよこれは。
「ほんと便利ねぇ」
「いやぁ、ヘルガさんには負けますよ」
などと話しながら入り口まで上ってみれば、なんということでしょう。
「……あー、床も無い感じかぁ……」
「……そっかぁ、考えてみたらそりゃそうだよね……」
入り口に立ってみれば、入り口しか残っておらず、建物には天井も床も残っていなかった。ほらね! 言わんこっちゃないんだ。
「……あ、見てあそこ。壁に暖炉っぽいのが残ってる」
床の抜けた二階部分に造られていた暖炉が、どうやら床が抜けてもそっくりそのまま残っているようだった。石材の壁に併設されてたわけですね。
「じゃあやっぱりこの高さに床があったんだね」
「そうみたいだねぇ。時の流れってやつ?」
「そうだね。一言で言っちゃえるのは悲しいけど……」
おそらくここに住んでいた誰かがあの暖炉に火をくべて温まっていた。その痕跡が、ヘルガの心に火を灯すように少し温かくもし、また火が落ちるように寂しくもするのだった。
「とりあえず下降りてみる? 何かあるかもしれないし」
「でも土と石ばかりでドロドロになっちゃわない?」
「ふっふっふ、エルザお姉さんに任せなさーい!」
唐突に生えて来たエルザお姉さんは、まず入り口から廃墟内への階段を軽めに作ってしまうと、石や土が堆積している地面の少しだけ上に足場を若干伸ばした。くそぅ、足場作って伸ばせるタイプの能力者だ! ズリィ!
「じゃーん、どうよ。これで上から探索ができるってワケ」
「うわぁ、何かすごくチートっぽいことしてるってのはわかるよ」
「直接降りるならそれでも良いけど……?」
エルザは首をひねりながら片目を閉じる。
「いやいやいや、使わせていただきますともエルザお姉さま!」
「よろしい、では参りましょうかヘルガさん」
「はい、エルザお姉さま」
「ちなみに、どこか気になるところある?」
「そうだなぁ……」
ヘルガは周囲を見回すと、一点だけ気になる場所を見つけた。
「あ、あのアーチが残ってるところ! 瓦礫や土砂が少なくて何かありそうな感じがする!」
「了解! じゃそっち行ってみよう」
エルザがするすると足場をそっちに伸ばすと、あっという間に目的地までの空中通路が楽々完成してしまった。応用力半端ねぇ。
「いやぁ、楽ちんですわねお姉さま」
「それは何よりですわヘルガさん。にしても正直瓦礫と土しか見えないけど……」
「想像以上に瓦礫だねぇ……何かありそうな気がしたんだけど……」
二人は落ちないように足元を気を使いながら周囲を探索する。何かあってもこの瓦礫と土砂では掘り出すことも難しいんじゃないかなぁ。
「……あっ、ヘルガ、これなんだろ?」
「ん、何か見つけた?」
「何か丸い……皿? 石?」
エルザが見つけたのは土砂に乗っているように見える皿のような石だった。が、別段内側が凹んでいるわけでもなく、皿ではなさそうだ。
「これ、おっきな壺か甕の蓋なんじゃないの?」
「お? お宝の予感?」
「わからない……けど、とりあえず掘り出してみる?」
「え? できるの?」
え? できるの? それマジで言ってる? ねぇ?
「またシャベル借りて良い? あと、足場をそこまで伸ばしてもらえるとありがたいんだけど」
「任せてちょんまげ」
エルザはシャベルを生成してヘルガに渡しつつ、壺の近くまでぱぱっと足場を伸ばした。
「ちょっとだけこのままスレスレまで下げられる?」
「あいよ!」
スススっと足場の高度が下がり、下の土砂スレスレのところまできた。足場作ってからも変形できるんだねぇ。
そうしてヘルガがその足場に乗ったまま「えいっ!」とシャベルを振るうと、恐らく屈んだ人ならすっぽり収まりそうなサイズの壺をポンッと間抜けな音と同時に収穫した。そんでもっていつも通り吸収した。
「ナイスゥ!」
壺分の質量を失った瓦礫は、空いた部分に雪崩れ込んだ。足場の上で掘り起こして良かったね。でもふたりそろって結構ずるいと思うよマジで。
「他に何も無さそうだし、外で開けてみましょう」
「私も開ける気満々だったから良いんだけどさ、ヘルガ的には開けちゃって良いの!?」
「掘り出しといて開けないの? お宝探してたんでしょう?」
「そうだけど、良いのかなぁ?」
「こういうのはね、第一発見者が良い思いするって相場が決まってるのよ!」
ヘルガさん、発掘物を前に割とうずうずしちゃってたみたいで、何か元も子もないこと言い始めたよ。城とか遺跡のうんちく語ってた人と同一人物と思えない程今盗掘者だよ。
「そ、そこまで言うなら仕方ないなぁ!」
エルザさんも満更じゃなさそうなニヤニヤ溢れてるよ。多分このふたりもう他に何があっても持って帰っちゃうよ。
ということでそそくさと外まで戻って来たふたり、とアストレア様。
「それにしてもでっかい壺だねぇ」
「この壺自体が厚そうだし、上の蓋もずいぶん丈夫にできてる。あと密閉できるように何か黒い接着剤みたいなものでくっ付いてるね」
「おうおう、こいつは期待が膨らみますね」
「ということでエルザお姉さん、この接着剤部分に刃物を入れて開けちゃって欲しいのですが」
「あいよ! お姉さんに任せなさい!」
エルザはささっと黒いナイフを生成すると、サックサックと接着剤部分を切ってしまった。そしたら……。
プシューーーーーーーーーーーー…。
「……何か音する……?」
なんか気体が飛び出す音とともに、鼻をつんざくような猛烈で苦い感じの金属的刺激臭がふたりとアストレア様を襲った。へへへざまぁみろ。
「ああああああくっっっっっっっっせえええええええ!!」
「ゲッホッ、ゴッホッ、うぇッ、やばい……これはやばい………」
「ぴ……ぴ……」
瞬時にエルザはそんなに使うと思ってなかったマスクを再生成し、ヘルガとアストレア様にもつけてあげた。
「はぁ……はぁ……ヘルガ、これ防臭できる……?」
「はぁ……はぁ……やって……みる……」
ヘルガは壺に向かって手をかざすと、小さ目な防御魔法を展開した。その中から防壁等の不要な効果をかき消し、防臭に効果を絞って魔力を浸透させていく。
「……一時的に壺自体に防臭効果をつけたから、これでしばらくは大丈夫だと思うんだけど……」
「あ、ありがとう……にしても何だろうこれは……泥? にしては水っぽい感じがするけど……」
壺の中を見てみれば、醬油を煮詰めたような、あるいは黒蜜のようなどろりとした黒い液体が満ちていた。何だこれ。
「多分何かが時間をかけて変化したものだと思うけど……」
「……お宝って言うにはちょっとこれはやばい泥水過ぎる……」
「……元の場所にも戻せないし、どっか影になってるところに置いて帰ろうか……」
「そうしよ! 廃墟にお宝期待し過ぎたわ……」
「私もそうかもしれない……一体これ何だったんだろう?」
しょんぼりしたヘルガは何気なく簡易分析をかけてみる。
「……エルザ……エルザエルザ!」
「どうしたの」
「簡易分析! 見て!」
「んー? どれどれ……嘘でしょ? これが!?」
アナライズの成果は、一見しただけじゃどう言われたって判別できないものだった。なのでぶっちゃけふたりとも理解ができなくてとっても困惑した。
「このえぐい泥水みたいのが……?」
「この酷いにおいの液体が……?」
『……塩!?』




