変な話を信じてもらいたい
ワイバーンが激突した門塔、そのやや右上の崩落部分を、エルザは無意識に眺めていた。別段、何かを確かめようと思ったわけではなかったはずだが、視線がどうもそちらに吸い込まれる。
「ちょうど……あの辺りか……」
特使殿と呼ばれた人物が、忌むべき翼蜥蜴の頸を斬り落とし、泣き別れた胴体が落着したであろう場所。そこには確かに巨大な何かが激突した証左とも呼べそうな傷跡が残っていた。
「あの辺りに何かあるの?」
「……いや、別に何かあるってわけじゃないんだけどさ……」
見たものを言って良いものかどうか、エルザは一瞬だけ判断に迷う。だが、まぁ、こんなことを黙っていて得をすることもないのは確かだと思った。
「……あの、何かがぶつかったような跡のところあるじゃん?」
「うん、結構大きく崩れちゃってるところね」
「あれ、ドラゴンがぶつかった跡だって言ったら……信じる?」
「信じるよ」
ヘルガのあまりの即答っぷりにエルザの方が面食らってしまった。別段試すようなつもりもなかったが、昨日会ったような奴の戯言を、彼女はどうしてすぐに信じられるというのだろうか。
「何か見たんでしょ。さっきの調子悪かった時?」
「え、そこまでわかっちゃう?」
「ま、色々と様子はおかしかったからねぇ」
首を傾げながらニヤリとこちらを覗き込んでくるヘルガに、エルザは両の手を顔のあたりまで持ってきた。
「こーさん。ヘルガには嘘つけないねぇ」
「今嘘つく必要なんてないでしょ?」
「それはそう。でも信じろって言っても難しいかなって思ったのもちょっとあったんだよねぇ」
それを聞いたヘルガは咄嗟にインベントリを開いたかと思ったら、素材となったワイバーンの頭を出したり入れたりし始めた。ちなみに何かもう剥製みたいな感じで生々しさは全然なくなっている。便利っていうかもうすごい。
「これを第三者に口で説明して信じてもらえると思う?」
「ぶははッ! た、たしかに無理だろうねぇ」
シュールさで笑っているエルザを見て、ヘルガは何か思うところがあったようだ。
「……………………」
「……え? 何?」
「ごめん、同級会には行けません。今、インベントリにいます。頭が出たり入ったりする笑いを、私は作っています」
【 ヘルガ の ギリギリアウト な こうげき ! 】
「だはははははッ! なんそれっ……なんかっ、なんか懐かしいやつ……ンフフフフフッ……」
【 エルザ は ばくしょう している ! 】
「なるほど、エルザはこういうのに弱いのね」
「参った……! 参ったって……ンフッ……ンフフフフッ……」
「本当は、あの羊肉が恋しいけれど、でも……今はもう少しだけ、忘れた振りを……」
「待って! もう良いから! もう、ンフフフフッ……」
エルザの笑いがひとしきり取れたので、ヘルガは満足そうに鼻を鳴らした。肩に乗っていたアストレアはちょっとだけ呆れていた。
「何を見たのか、歩きながらでも教えてくれる?」
「……お、仰せのままに、お姫様」
♢
「なるほどねぇ、その人がやっつけちゃったんだ」
「うん、タダモノじゃない感じっていうか、何でもできちゃう~って感じの人だったね」
「格好良かった?」
「うーん、どうなんだろう? それどころじゃない雰囲気だったから全然そういうところは見なかったんだよねぇ」
「ふーん、そっかぁ。で、真似してみたんだ?」
またヘルガのニヤニヤがエルザの顔を覗き込む。
「ぃやぁ……ほら、何事も形から入るのもアリって言うかさぁ……」
「真似したくなるほどすごかったの?」
「う、含みがあるなぁ……変な人だったけど、すごく強かった。いつかあんな風に戦えるようになりたいな……」
「コホン……貴君、よく聴きたまえ! なにがしがほんちゃらかんちゃらで~……」
「やめい! もう忘れてってば!」
あまりにあんまりなのでエルザはヘルガに抱き着いて止めに掛かる。
「きゃあ! もう忘れました! 忘れましたからぁ~!」
「ホントか~? ホントに忘れたかぁ~?」
何か女子ふたりがきゃいきゃいやってた。こーんな廃墟で。何かアレだよね、学校の休み時間とかでクラスのどっかにはこんな娘いたよね。
「……このお城さぁ」
「……ん?」
「人がたくさんいて賑やかそうだったよ!」
「そっかぁ。ロマンだねぇ……」
「そうだねぇ……」
未だ他の人間に会っていないふたりであるが、ここに間違いなく暮らしていた人たちがいた。それは希望であると同時に、ちょっとした寂しさも、心のどこかで感じざるを得なかった。昔はいたとしても、現在はもう誰もいない可能性だってあるのだ。
エルザがそんなことを考えてるのを知ってか知らずか、ヘルガが横で急に素っ頓狂な声を上げた。
「あ! 見て! 石が積んである! もしかしたら炉の跡かもしれない!」
「ろ? ろって暖炉の炉?」
あ、この感じだと残念なエルザさんは全然ぴんと来てないですね。
「そう、火を使ってたところ」
「……え~と? つまりぃ~?」
ヘルガはエルザにわざわざ向き直って言う。ヘルガ的にはそれだけ大事な場所っていうことである。
「鍛冶場があった場所ってこと!」
「あぁ~、なるほど」
そう言えばさっき鍛冶場云々言ってたなぁ、とエルザはここで思い出した。何がそんなに良いのかさっぱりわからないが。
駆け出すヘルガをゆっくり追いながら、石とか跡とかぼちぼちお腹いっぱいだからそろそろお宝に巡り合いたいなぁ、と考えるエルザであった。




