廃墟は探索したいけどそんな作品名には変えたくない
角パイプを抜けた場所は暗がりになっており、おそらく正門にあたるところだったのだと思われた。構造物内部の左右にはそれぞれ赤褐色の岩のような格子が落ちており、その先は崩れて進めなさそうだ。となれば向かう先は必然的に正面となる。石造りの建造物が落とす影の先、光に包まれる光景はまるでテーマパークの入り口のようにも見えた。そこを抜けるまでは。
「おおおおぉぉぉ……壁だ……そして通路だ……」
「わぁぁ、すごい」
エルザは愕然とした。テーマパークかと思ったら割と普通に石畳の通路だったからである。そりゃそうだろ、通路なんだから。
廃墟で城といったらロマンチックな宝箱なんじゃないのか。複雑な造りをした迷宮チックな城で、でもどこか豪華で上品で、来場者にはもれなく特典がある感じのやつじゃないのか。本人に自覚はないだろうが、多分どこぞの遊園地とか有名な王宮とかダンジョン攻略系のバーチャルなゲームなんかが知識として入り乱れているご様子だった。
「どうしてぇ、どうしてこんなに地味なのぉ……」
「数百年単位で時間が経ってるものが派手でも困るかな……」
目の前にあるのは朽ちて苔や草が繁茂してこそすれ、どう見ても普段使いの通路だった。横幅は四から五メートルくらいあるだろうか。それより異様に映るのは、その道幅より高くそびえ立つ壁であった。
それはゆうに十メートルを超える高さがあって、歩くだけでとても閉塞感というかもはや息苦しさがある。それが緩やかなカーブと上り坂の連続になっていようものなら誰でも見ただけで嫌気がさすだろう。地味でも歩きにくくてもしょうがないんだ、そもそもの城ってのが防衛用の要塞のことなんだから。
「入ってすぐ左に曲がるのね。侵入側の勢いを削ぐために直進できないような造りになってるみたい」
意気消沈するエルザに対してヘルガは妙にうきうきしている。目的や実用性が強く前に出た建造物が好きなのだろうか。しきりに周囲を見回してどこに何があるのか確かめている様子だった。
「はぁ……なんかこう、いきなり建物があって迷宮探索! って感じじゃないのね……」
「もともと人が実際に出入りしてた場所だもの。そんないきなり探索アトラクションみたいな造りにはしてないと思うよ?」
「そりゃそうか……何か思ったより普通だなぁ」
そもそもそんな造りしてたらモンスターとのエンカウントが高頻度で発生する感じのやつになってしまうのではないか。と、ヘルガはちょっとだけ不安になった。素材が貯まるのは嬉しいけど敵をやっつけるのはエルザなんだゾ。
「普通ってのは先人の積み重ねた色んな概念の上にあるの。その、私たちが普通って思う造りがこんな古い廃墟にあること自体がすごいことだと思わない?」
「うんうん……多分すごい……」
エルザはもう生返事すらも雑になっているのに対してヘルガは饒舌極まっている。きっとあれだ、普段は誰とも喋りたがらないのに好きなことになるとあんまり周囲の反応とか気にしなくなってベラベラ喋りまくるタイプだ。この手の廃墟、遺跡、古城好きの皆様、ひとり仲間に入れてやって下さい。
「きっとこの壁の上から攻撃して敵の数を削いでたのね。あ! あのアーチも迎撃用の構造じゃない!? この中距離攻撃だったらどんな手段を使ってたのかしら? 弓とか、魔法も使ってたのかなぁ」
「うんうん、きっとそうだね~魔法だね~」
図らずもエルザは、この城に侵攻してきたであろう敵兵士の心情を百二十パーセントほど汲み取っていた。この行軍は実にだるい。本当は百五十パーセントくらいあったけど、己の命に対する危機感が結構な割合で失われているのでその分を差し引いての結果である。
「あ、見て、アーチの下に穴が開いてる! きっと熱した油とか石を落とせるようになってたんだわ!」
「うんうん、そうだね~油と石だね~」
結構気持ち的に萎えてる行軍中に、横に居合わせた人物がバリバリの建築物オタクだったらどうだろう。戦に来てるはずなのに建物のうんちくをバリバリ話し始めてしまうのだ。お前さん明らかに作戦参謀とかそっち向きだろう。前線に来ちゃだめだろう。
「実際こんなところに剣と盾で突撃しても、生きて突破できる気がしないなぁ。相手は上から攻撃し放題だもんなぁ」
ヘルガはニコニコしながら物騒なことを言い始めた。いや、君には生きていて欲しいんだ。そんなことを言わないでおくれ。と、エルザは切に願った。
「……い、今だったら突破できちゃいそうだけどね~」
「うーん、そういう話じゃないんだよ。ロマンの話……的な?」
「そんな敵絶対殺す道! みたいな話しといてこれがロマンなの……?」
「うーん、内容っていうより、昔ここに人がいたんだ、ってことかな」
「……? どゆこと?」
「ここは今は廃墟だけど、昔の人が土地や人、財産とかを護るために、いろんなことをたくさん考えて造ったんだよ。大きなところだから、たくさんの人や物が行き交ってきっと賑やかだったんだろうなぁって!」
それを聴いた瞬間に、エルザの視界がザラつく。影のようなものが、横を通り抜けていく。子供のような影が走っていったかと思えば、ゆっくりと荷馬車が通り過ぎていく。荷物を抱えた人が足取り重く歩いていったり、連れだった婦人が軽やかに歩いていたり。そんなものが、視えた気がした。
「……エルザ? 大丈夫?」
「ぴぴ?」
ほんの数秒だと思うが、意識がどこかへ飛んだような。思わず右手で顔を覆っていると、左側の隙間からヘルガとアストレアがこちらを覗き込んだ。
「……ぇ? あ、うん。大丈夫。ちょっとめまいがしたかも」
「そんなに疲れちゃった? 調子悪い?」
「いや、そういうんじゃないの。大丈夫だから」
「本当に? もう少し行けばひらけたところに出ると思うから、そこで一旦休憩しましょう」
「うん、とりあえずそこまで行こう……」
ヘルガは繋いでいた手を離すと、エルザの左腕を抱きかかえるように組み付いた。彼女なりに少しでも支えてくれようとしているのだろう。その姿勢に、何か返すものがあれば良いのだが。
「……ねぇ、ヘルガ」
「ん? 何?」
「ここが賑やかだったってのは、そうかもしれないね」
ヘルガは少々呆気に取られていたが、すぐに持ち直すと、
「うん、きっとそうだよ」
と、笑顔で返してくれた。気を遣わせてしまったことに対して気を遣い直してしまったことは勘付かれているだろうが、それをそのまま受け入れてもらえるのは正直ありがたかった。
♢
「ここも跳ね橋かぁ……」
幾重にも緩やかに湾曲した通路の先には、その通路の広さの扉……が備わっていたであろう建築物が、道を隔てて立ち塞がっていた。手前側にせり出している部分にはしっかり狙撃できるような窓が備わっており、侵入者の撃滅を徹底している設計には感動すら覚える。そして跳ね橋が朽ちて消え失せた今、しっかりと掘られた深い堀が侵入者を拒んでいた。
「ちょっと待ってね、今橋を……」
とヘルガが言う間に、エルザは霧で板のような橋を作ってしまった。
「ここならこれくらいで良いでしょ」
「ちょっと、あんまり無理しないで……」
「や、これくらい全然へーきだって」
軽くウィンクをしてみせるエルザに、ヘルガも少々困り顔だ。
「早く渡って座れるところを探しましょう」
「苦労を掛けますねぇ」
「お互い様ですよ」
鉄板の橋を渡り終え、正門と同じような建物を通り抜ける。先程と同じように赤褐色の格子が降りていたり、同じ色をした大小様々な欠片が砕けた石片とともに無造作に転がっていた。
「ねぇ、ヘルガ、もしかしてあれって鉄なんじゃないの」
「そうだと思うけど、ここのは拾わないよ」
「何でー? 拾っちゃえば鉄の何か作れるでしょ、えーと、何か!」
残念な頭では良い例えが思い浮かばなかったらしい。まぁあれだ、何か変なの見たし調子が悪いんだよ! そういうことにしといてあげるよ。
「使えるものは色々あるけどね……ここの屋外で朽ちてるなら、少なくとも今はそれが自然っていうか、何か一番綺麗な気がするんだ」
「……そっかぁ。まぁヘルガがそう言うならきっとそうなんだね」
「そんな気がするだけだけどねぇ。でもここの資材置き場みたいなところに鉱石が沢山あったら全部貰ってっちゃう!」
さっきまでの天使みたいな顔から、ヘルガは一気に悪い顔になった。財宝を目の前にした盗掘者みたいな感じだ。さっきまで権利者云々を気にしていたのはどこの誰だったのやら。
「そ、そうなんだ? ヘルガがそう言うならそうすれば良いけど、何がどう違うのか私にはよくわからないや……」
「ほら、遺跡って遺跡として残しておくじゃない? でも発掘された埋葬品とかは博物館で展示とかするじゃない?」
「そうだねぇ」
「それと同じ!」
「同じかなぁ?」
「同じ!」
「違うと思うんだけど……」
意外と折れないエルザを前に、ヘルガはまたちょっとあごに手を置いて考えてから、こねにこねまくった屁理屈を並べ始めた。
「これは昔の人が作った建物です! どう? 価値があると思うでしょ?」
「うん、まぁ、そりゃねぇ」
「これは昔の人が作った芸術品です! ってなっても、価値があるよね?」
「まぁ、そうだねぇ」
「これは昔の人が集めていた鉱物資源です! どう? 価値ある?」
「そう言われると何か、他ふたつに比べると弱い気がしてくるなぁ……」
「でしょ! そういうことなの!」
「な、なるほどね?」
ヘルガの鼻は多分今のやり取りで数ミリ単位で伸びたことだろう。彼女の中で決まった芯が出来上がってしまうと、バリバリのガチガチに頑固になるんだなってエルザはヘルガを見る目をほんの少しだけ改めた。
「転がってる鉄屑は何が違うんだろう……?」
「……? 何か言った?」
「や! 何も言ってないよ!?」
「そう……?」
エルザはこの城を行軍する敵の気持ちと一緒に、彼女の買い物に強制的に付き合わされて推しグッズを延々語られる彼氏の気持ちを徐々に理解し始めていた。
♢
「……はぁ、この辺座っちゃって良いかな」
「お疲れ様、お水飲む?」
「ありがと、助かるよ」
建造物を通り抜けて少し歩いた先、やや通路部分が広くなったあたりに建物の基礎部分らしき部分がむき出しになっていた。高さがちょうど腰付近であったため、座って休むなら丁度良いだろう。何もない通路が続いていたので、建物の痕跡があるだけでも気分は違う。
「ちょっと広くなったけど、壁のせいでまだちょっと息は詰まるねぇ」
「うん、でも見通しは良くなったから、ちょっとは気分違うかな」
先程の通路では壁の上部にアーチが多数架けられており、終ぞ洞窟の中でも通っている気分であったが、この場所にはそういった類のものは少ないようである。明らかに居住、作業スペースといった空間なのだろう。それでも周囲は高い壁で覆われてはいるのだが。
「さて、お宝はどこにあるんだろうねぇ」
「多分ここの区画を抜けた先に背が高くて立派な建物とか見えるから、探索しがいがあるとしたらその辺かもね。あ、でもこの辺で鍛冶場とかあったら見ておきたいな!」
水を片手に茶化すような冗談を言ったつもりのエルザだったが、なまじ的を射た答えが返って来たので思わず笑ってしまう。っていうか建物の構造に随分詳しいな?
「ヘルガってお城とか建物好き?」
「……多分好きなんだと思う。ここまで歩いてきた感じだと廃墟だ遺跡だーって感じで見てたんだけど、何となく構造がわかってきてて……」
徐々にトーンダウンするヘルガ。トークを飛ばし過ぎたのかとここに来て若干の反省が見える。でも良いんです。彼氏は楽しそうな顔で話してる彼女が見たいんです。実際そういう関係じゃないし、例え若干引いていたとしても。
「いや、何か記憶が戻るヒントもあるんじゃないかと思ってさ」
「……! そうだね、何か関係があるかも」
「どこかのお城のお姫さまだったのかもしれないね」
「お城を造ってた大工のおじさんかもしれないよ」
「えー、何かリアルで嫌だぁ」
「ふっふっふ、お城を造りたかったらおじさんに任せなさい!」
ふざけたことを言いながらふたり揃ってひとしきりぎゃははと笑ってから、ふと、ふたりとも一瞬真顔になる。
――そういや昨日ゴリゴリ建築してたな……?
……まさかそんな!
『お城を造ってた大工のおじさんですが、チート能力持ちのピンク髪ツインテ美少女に転生しちゃいました!? ちなみに相方も超つよつよの金髪美少女です!?』
みたいなことがあってたまるか! いや、それはそれでアリなのかもしれないし見てみたいかもしれない。……あ、この作品は多分違うと思いますよ。……多分。ご期待に沿えず申し訳ございませんがね。
……いや、頭の部分以外合ってたんだわ。
「あは、あははは……もう、ヘルガってば冗談上手いんだから!」
「えへ、えへへへ……ちょ、ちょっと言ってみただけだよ!」
エルザはヘルガの見る目をほんの少しだけ改めた。ほんのちょっとね。
ほんのちょっと改めたら、また視界がザラついた。
影が目の前を走っていく。非戦闘員は手前に逃げる形で、兵士や騎士は奥に……いや、すぐ傍に結集して何かを見上げている。剣より盾を前に突き出す形で密集陣形を取っている。
――これは一体……。
そして空から降りて来るのは一際巨大な影。地面を揺らし大気も揺らして着地したそれは、頭部に禍々しい角が生えており、強靭な四肢の他に巨大な翼が生えている。それは多数の兵士たちを前に悠然と口を開け……。
「エルザ! 危ないッ!」
「……え?」
気が付けば、ヘルガの防御魔法の外で火炎弾が爆ぜていた。ヘルガの視線は宙を追っていき、そしてそれは目先の広場に降着する。
強烈な風圧と同時に重量物が地面に接触する音、一対の翼とその大きな体躯。目先で起きていることが先程の影と重なる。一体どういうことなのだろうか。自分は何を見せられているのだろうか。
「……ドラゴン!?」
「腕が翼になってるからワイバーンだと思う。ごめん……今朝見たヤツだと思うけどここにいるなんて思ってなかった」
そう言えば影のやつとは若干シルエットも違うし、サイズも一回り小さいような気がする。それでも、おそらくこちらを餌として認識しているという脅威的存在には間違いないだろう。
「ワイバーン……? まぁ、なんにせよあれやっつけないとだね!」
「そうね……無理言って悪いんだけど、お願いできる?」
「任せて! あんなの、焼き鳥にしてやるんだからっ!」
「ぴ?」
「大丈夫よ、あなたじゃないわ……」
「ぴー」
ワイバーンの火炎弾は連射が可能な様子で、既にこちらに口角を拡げて二射目の準備に入っている。応戦するためにエルザは霧を纏うと、敵を強く睨みつけた。
※09/07 若干本文の修正をしました。
※09/09 作品名変更に合わせてエピソードタイトルを変更しました。




