魔物を呼びたくないから血のにおいを何とかしたい
「はぇ~、便利だねぇ」
鳥もどきを指でつつきながらエルザは舌を巻いた。周囲に散らばった狼の亡骸を覆う以上の範囲まで防御魔法が拡がったからだ。
「何かこれくらいはできるみたいで……うん」
防御魔法を拡げると言われたら、外の物を押し出してしまいそうなものだが、そういった心配は無用とばかりにそれは実行された。すごい。
何でそんなことをするのかといえば、喫緊の問題が血のにおいだから、と返す他ない。だって死体を積み上げてたら無限に肉食系の魔物が増えそうなんだもの。狼どころか熊とか、いるかわからないけどドラゴンなんて出て来ようものなら冗談も冗談にならないわけで。
「そういえばさっき消音がどうとか言ってたけど、それってもしかして消臭効果とかも付けたりできちゃうわけ?」
「は……うん、できそうだから今ちょっと試してみようかなって」
「はぁ~、大したもんだねぇ」
「あはは……」
褒める一辺倒のエルザにヘルガは苦笑いをした。相互コミュニケーションはまだあまりうまく取れてない感じがである。まぁさっき会ったばっかりだし、そりゃいきなりマブダチにゃぁなれませんわな。
近くにあった岩に腰掛け、暇を持て余してぼや~っとしているエルザであるが、どうにも気になることがあった。
女子供がこんなに間近で生物の血のにおいなど早々嗅ぐこともない。だのにどうもこの身体は血のにおいを嗅ぎ慣れているようだ。
記憶をたどってみれば血というものには酸素を運ぶための鉄分が入っているわけで、それがぶちまけられれば鉄と脂質の作用で揮発性物質がうんたらかんたらアミノ酸が分解されてあんたらこんたらで強烈なにおいを発する……とかなんとかかんとかでうんちゃらかんちゃらなのである。
「おい、アンタは血のにおい大丈夫なのか~?」
「ぴぴっ」
「わからんけど具合悪そうにしてなきゃ大丈夫か……もしかして肉食系かぁ?」
「ぴ?」
大概の人間は己の血はおろか、動物の血すらも近くで嗅いでたら鉄臭さや生臭さで気持ち悪くなるものだろう。生物的に健康で普遍的な状態であるなら少なくとも良い気分になるようなものではない。もしや二人には身体的なストレス耐性でもついているのだろうか。
「一体何者なんだ、私も……あの娘も……」
「ぴ」
防御魔法に手をかざし、また文字通りに眼を光らせているヘルガを見つつ、エルザは考えることを放棄した。わかっていることはひとつ、彼女は何かすごくて可愛いってことだけだ。真実はいつもひとつで可愛いは正義なのだよ明智クン。
「あ、何かできましたっ……ぽい」
「フフッ、なんじゃそら」
「うぅ、魔法に手を加えるより敬語やめる方が難しい……」
和やかなそんなやり取りをしている間に見る間に濃い血のにおいは消え、ドーム型の防御魔法内は無臭になった。飛び散った血もカバーできるように拡げてあるので、これ以上においで魔物を引き寄せることもないだろう。
「わはー、すごいすごい! 私にはほんと何をどうしてるのかさっぱりわからないけど」
「それを言ったらエルザ……の武器も私から見たらわけわからないし、すごいんで……だからね?」
「あはは、感覚任せだから何とも説明できないのがねぇ」
「まぁ、そういうところもお互い様ってことで」
「そうだね。よし、じゃぁやるとしますか!」
「や、やりますかっ!」
モンスターを倒して何をするかなんて明白である。素材の剥ぎ取りだとか解体とかそんな感じのやつでござるよ。常識でござるな。
「で、どうすれば良いの……?」
「さ、魚だったら最初に頭を落としたり……とか?」
「頭かぁ……とりあえず小さいから狼の方からやってみるか……」
「が、頑張って……!」
手近にあった狼の亡骸を前に、エルザは一回息を飲んでから先程の黒い霧を出す。それは見る間に大き目の片刃ナイフを形作る。というよりも小さめの柳刃包丁と表現した方が正しそうだ。
「ちぇ、ちぇすとおおおおおおおっ!!」
不慣れな掛け声とともに振り上げられた刃が狼の首元に落ち、胴と頭はスッパリと泣き別れとなった。そこからは生温かい血がどばどば出て、何かとてもグロい感じになった。多分三倍くらいはグロくなったと思う。無論当社比である。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーッ!!」
エルザの顔は大物ホラー漫画家の描く顔面アップの大ゴマみたいになった。銃で頭をブチ抜いているとはいえ、直接刃物で切り裂いて血が噴き出すとやっぱりちょっと来るものがあったし、何より切れ味が鋭過ぎて思ったより勢い良くちょんぱしてしまったので手に冷たくなりつつある毛皮と肉と血がちょっと触れてしまっている。そして瞬間的に蒸し返す濃い血のにおいは、無臭に慣れてしまったエルザの気分を見事に削りきった。あれだ、さっきまではでっかい羊の血のにおいにちょっと慣れてただけだ、多分。
「あぁッ! ああああああああああッ!! ねぇ! ねぇねぇ! やっぱりちょっとちがくない!? 頭落とすとかちがくない!? だって狼の毛皮とか首繋がってるの私どっかで見たよ!! ねぇやっぱり違うってこれほんと!! 違うって!!!」
エルザ は こんらん している!
にしても狼の毛皮なんてどこで見たんだろうか。
「お、落ち着いて……! 大丈夫だから! もうしなくて大丈夫だから! 私がが何とかするからっ……!」
「本当にっ……!? 本当に何とかしてくれるのぉっ……!?」
「するから! 何とかするからっ……! だから落ち着いて……! ね!?」
混乱するエルザをたしなめるヘルガ。さっきと状況が逆転してしまった。子供のごとく駄々をこね始めるエルザを見て、ヘルガはまたちょっと苦笑いをすると同時に先程までの自分を深く反省した。それから、子供相手と思えば意外と敬語の取り外しって可能っぽい感じがした。これは大発見だ。
「そのナイフ、借りられる……かな?」
「ひゃ……ひゃい……どうじょ……」
「あ、ありがとう……!」
「い、いえ……どういたしゅましゅて……」
しおしおにしおれたエルザからナイフを受け取ると、ヘルガはものめずらしげに眺めた。というより様々な角度で持ち直して性質を確かめている様子だ。魔法を逐一改良する彼女のことであるので、何か掴めるかもしれない。
「ちょっと重いけど何か手に馴染む感じがし……する。黒いから不吉な感じがあるかなって思ったけどそこまでじゃない……。何だろう、魔力もあるとは思うんだけど、ちょっと本質が違うもののような、そうでもないような……?」
「ほぇー、持っただけで色々わかるんだねぇ。私にゃ武器になることくらいしかわからないよ」
「うーん、わからないってことがわかっただけかな……。これを武器にして使えるだけですごい……もしかして受け取った瞬間に霧に戻っちゃうんじゃないかと思ったけど大丈夫そう……だね?」
「あ! そっか、それは考えてなかった。戻れって思えば戻ったりするのかな?」
「あっ、あぁ……」
エルザがそう言った瞬間にナイフは霧散し、エルザにまとわりつくようにして立ち消えた。身体から発生しているというよりかは見えない状態で周囲を滞空していると考えた方が良いのかもしれない。
「なにこれおもしろー、ははっ」
「あの、また貸してもらえると助かるん……だけど?」
「あ、ごめん……出す出す」
操作に慣れて来たのかまた瞬時に同様のナイフを出すと、エルザはヘルガにそれを渡しなおす。
「はい、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ代わってもらっちゃって……で、どう捌く?」
先ほど頭を落とした狼をチラ見してから丁寧に顔を歪めてエルザは問うた。勢いはおとなしくなったが未だ血は流れ続けている。そもそも正しい解体方法というものが全くわかっていないので至極真っ当な質問である。
「……何かできそうな気がして」
「……何かできそうな気がして……? 何を……?」
「えっと、解体をこう……何かインスタントな感じで」
「お、おぉ……解体を……何かインスタントな感じで!?」
「そう、インスタントな感じで」
ちょっと何言ってるかわからないですね。
「ちょっと何言ってるかわからないですね」
「……えっと、とりあえずやってみ……るね」
ヘルガはそう言ってから、先程のエルザが首ちょんぱした個体の前に座り込むと、胴体部分目掛けて「えいっ」と一声で軽くナイフを振り下ろした。
「あぁっ、そんなことしたら……!」
と静止を掛けようとするエルザをよそに、突き立てられたナイフからは大量の血が噴き出……さずに、ポンッというちょっと間抜けな感じの音と同時に大量の白い煙が上がった。
「ちょ! えぇ……?」
煙が狼を包み込んだ直後、一瞬でそれは晴れ、その周囲には毛皮らしきもの、肉らしきもの、尻尾や爪などの素材らしきものが浮かんでいた。血なんてビンに入った感じのゴージャス仕様だ。それらはペラッペラのアイコンのような状態でクルクル回りながら浮かんでいた。
「あ、できた」
「その、くるくる浮かんでるそれは何!?」
「えーっと、素材?」
ヘルガ は にっこり ほほえんだ。とても かわいい。
しかし、エルザ は こんらん した!
「どういうこと!?!?!?」
そして、それらのアイコンたちはヘルガに吸い寄せられたかと思ったらそのまま消えてしまった。元〇玉的な摩訶不思議アドベ〇チャーである。
「……あ、インベントリあるんだ」
「だからどういうこと!?!?!?!?!?」
括目せよ! 二人の冒険は、まだ始まったばかりだ!
っていうか全然まだチュートリアル以下だ!
※ 8/28 1話同様、ヘルガの一人称を「私」に統一しました。




