第37話 泥まみれの背中と、私の帰る場所
ラクダの足取りが、こんなにももどかしく感じたことはなかった。
「もっと早く歩きなさいよ……!」
荒い息を吐きながら手綱を握る。焦る気持ちだけが空回りし、乾いた風が容赦なく体力を奪っていく。
何度、凍えるような砂漠の夜を迎えただろう。
何度、目を灼くような朝日を見ただろう。
身体はとっくに限界を超え、手首の火傷はズキズキと痛みを訴え続けていた。
それでも、休むことなどできなかった。
私がいない間に、またあいつがどこかへ行ってしまうかもしれない。
その恐怖が、私を無理やり前へと進ませていた。
やがて、視界の先に揺れる陽炎を透かして、見覚えのある緑の木々が見えてきた。
オアシスだ。
「……っ」
胸が高鳴り、乾ききっていたはずの目から涙がこみ上げてきた。
いる。あの場所に、カイがいる。
集落の入り口まであと少しというところで、私はもう我慢できなかった。
ラクダが完全に止まるのを待たず、私は熱い砂の上へと転がるように飛び降りた。
足がもつれ、砂に膝をつきそうになりながらも、無我夢中で駆け出す。
「カオル!? どうしたんだ、急に」
驚いた声で振り返るサードたち村人の横をすり抜け、私は集落の奥――あのナーサリー(苗床)へと向かって一直線に走った。
その時だった。
破れた遮光ネットの下から、一人の男が弾かれたように飛び出してきたのだ。
太陽に焼かれた浅黒い顔。土に汚れた手。
あの泥まみれのひょろりとした姿は、間違いなく2年間探し続けてきた幼馴染だった。
彼も私に気づき、目を大きく見開いて、もつれるような足取りでこちらへ向かって走り出してくる。
「……カイッ!!」
張り裂けそうな声で、私は叫んでいた。
互いの距離が急速に縮まり、ついに私たちは集落の広場の真ん中で、ぶつかり合うように立ち止まった。
「……カオル……?」
かすれた、信じられないものを見るような声。
私を見た瞬間、彼の中で失われていた何かが「カチリ」と音を立てて繋がったのが分かった。
その一言を聞いた瞬間、私の視界は完全に涙で滲み、前が見えなくなった。
「バカ……ッ! この、大バカ……ッ!!」
私は泣きじゃくりながら、泥まみれの彼の胸に思い切り飛び込んだ。
受け止めたカイの腕に力が入る。土と、汗と、太陽の匂いがした。
元の世界でずっと隣にいた、私の幼馴染の匂いだった。
「遅い……! 遅いのよ……! 私が、どれだけ探したと……ッ!」
「……ごめん。悪かった、カオル。本当に」
私は子供のように声を上げて泣きながら、彼の泥まみれの背中に、強く、強く腕を回した。




