第36話 廃墟の監視者と、嫉妬のサーバーログ
廃墟の地下管理室にこもり、GECOの深層サーバーと睨み合う日々が始まった。
幸い、この処刑ステージには最低限のサバイバルキットが残されていた。
「主役がすぐに死んでしまってはエンタメにならない」という、観測者たちの悪趣味な論理の恩恵だ。
私はそれをかじりながら、来る日も来る日もコードを解読し続けた。
分かってきた真実は、吐き気がするほどシステマチックだった。
『GECO_CORE_LOG_0047:
【実験目標】極限環境下におけるテラフォーミング・プロセスの最適解抽出。
【対象A】環境コンサルタント(農業適応)
【対象B】SE(インフラ構築)
両名の中枢到達プロセス、及び課題解決データを継続収集――』
「……私たち、最初から狙われてたのね」
この異世界(箱庭)は、狂った富裕層向けの娯楽施設であると同時に、GECOがテラフォーミングのデータを抽出するための巨大な実験場だったのだ。
私とカイは、そのためのモルモットとして選ばれた。
「……ふざけんじゃないわよ。誰の人生を勝手にオモチャにしてるのよ」
私はイザベルという名の管理権限者のログを睨みつけ、ジャンナの防壁を内側から食い破るためのペイロード(攻撃コード)を少しずつ書き溜めていった。
一方で、私のこの数ヶ月の廃墟生活における最大の「ストレス源」は、ハッキングの難易度などではなかった。
『……ねえバグ。ちょっとこれ、どういう状況か説明して』
『映像ログの解析結果。対象「カイ」は現在、イサウィラの街を出発し、砂漠地帯を南下中です。隣接する生体反応は、現地住人の女性と推測されます』
盗み見ているカイの配信映像。
ある日、泥まみれで歩くカイの隣に、見慣れない金髪の女が親しげに歩いているのが映ったのだ。
「距離近すぎない!? 何その笑顔! 私が毎日こんなカビ臭い地下で腕を火傷しながらコード書いてるのに、あいつ、なんで女の子とキャッキャウフフしてんのよ!」
モニターに向かってキーボードを叩きつけるように怒鳴る。だが、私の受難はそれだけでは終わらなかった。
さらに数週間後。
「……嘘でしょ。増えてる! 今度は銀髪!? なんで手なんか握られてんのよ!!」
『マスター・カオル。心拍数が危険水域に達しています。深呼吸を推奨します』
「うるさいバグ! これが落ち着いていられるかっての!!」
私が砂漠で死にかけたり、塩害と格闘して絶望の底にいた間に、あの農業バカはちゃっかりハーレムを形成していたのだ。
「許さない……再会したら絶対に一発、いや三発は殴る」
ギリギリと奥歯を鳴らしながら、私は嫉妬のエネルギーのすべてを、ジャンナ破壊用コードのタイピングにぶつけた。
そして、廃墟にこもってから数ヶ月が経った頃。
ついにカイのパーティーが、あの「オアシス」に到着する映像が流れた。
画面の中で、カイはサードたちに案内され、私がかつて作り、そして視聴者のスパチャによって崩壊して逃げ出したナーサリー(苗床)の跡地に立っていた。
(……見ないでよ。そんな、私の失敗の跡なんて)
だが、映像の中のカイは、私が残した「土を使わない」という落書きの意図を正確に読み取り、文句一つ言わずにその荒れた砂の畝を素手で整え始めたのだ。
隣にいる金髪や銀髪の女の子たちも、嫌な顔一つせず泥まみれになって彼を手伝っている。
「……っ」
それを見た瞬間、胸の奥で固まっていた意地とプライドが、音を立てて溶けていくのが分かった。
私の尻拭いをして、私が残した希望の種を、もう一度育てようとしてくれている。
あんなに可愛い子たちまで巻き込んで。
「……完成したわ」
私はエンターキーを静かに叩いた。
数ヶ月の執念と嫉妬を注ぎ込んで完成させた、ジャンナ破壊用の最終ペイロード。
これを私の『バグ』にダウンロードし、手首のケーブルを引っこ抜く。
「行くわよ、バグ」
私は荷物をまとめ、数ヶ月ぶりに強烈な太陽が降り注ぐ地上へと出た。
待たせていたラクダの背に飛び乗り、手綱を北へと向ける。
「待ってなさいよ。今度こそ、私が全部終わらせてやるんだから」
私はラクダの腹を蹴り、愛しい幼馴染が待つあのオアシスの苗床へと、真っ直ぐに駆け出した。




