第35話 泥まみれの背中と、残留の決断
激闘の末、廃墟のロックを解除した私は、息を荒げながらモニターを睨みつけていた。
深層サーバーの裏口をこじ開けた瞬間、ノイズ混じりの「別の配信チャンネル」のリアルタイム映像が、私の画面に滑り込んできた。
そこに映っていたのは、私が数ヶ月前に通り過ぎた――そして、良かれと思って与えたインフラのせいで住民を依存させ、絶望とともに見捨てた、あの赤茶けた砂漠の村だった。
そして、その村で泥まみれになりながら、大真面目な顔で、一心不乱にスコップを振るう一人の男の姿。
「……あ」
私の声が、小さく震えた。
カイだ。あいつが名前の記憶を奪われてこの狂った番組の主人公にされていることは、最初の都市でハッキングした時から知っていた。ずっと、その後ろ姿を追いかけてきた。
だけど――なぜ、よりによって「そこ」にいるのよ。
「あいつ……私がシステムをバグらせたあの村で、泥まみれになって何やってんのよ、バカ」
口では毒づきながらも、私の目から熱いものがポロポロとキーボードにこぼれ落ちた。
後悔と共に『白い紙の切れ端』に書き残して逃げ出した、私の最悪な足跡。
あいつは今、その私が放り出したバグの上で、文句一つ言わずに土を耕し、私の尻拭いをしているのだ。
「……あんたたち、どうせ見てるんでしょ!」
私は突然、モニターの向こうの観測者たちに向かって叫んだ。
「話を盛り上げたいなら、私をあのオアシスに帰らせなさい! 最短ルートの座標を教えたら……クリアしたあとに、サービスでちょっとだけ脱いであげてもいいわよ?」
『マスター・カオル。青少年の育成に悪影響を及ぼす発言、及びアカウント凍結のリスクがあるため、その提案は推奨しません』
バグがすかさず無機質な声で突っ込みを入れるが、画面の向こうの成金たちはまんまと悪乗りに食いついた。
『Gift from User_7718:うおおお! 絶対生還しろ! 座標送るぞ!』
『Gift from User_0211:水着! 水着! はいルートマップ!』
ホログラムの紙吹雪と共に、オアシスへの正確なナビゲーションデータが大量に降り注ぐ。
「何が頑張れよ。安全なところから覗き見してる奴らに言われたくはないわ。……でも、情報は感謝するわ」
私は涙を乱暴に拭うと、煙を上げている左腕を右手で押さえながら廃墟を飛び出し、外で待たせていたラクダの背に飛び乗ろうとした。
だが――手綱を掴んだ私の手は、そこでピタリと止まった。
「……待って」
私は振り返り、火花を散らしながらも沈黙した管理室のサーバーを見つめた。
今、私はこの廃墟のサーバーを通じてGECOの深層への侵入ルートを掴んでいる。
だが、ここを離れれば奴らのシステムはすぐに穴を塞ぐ。二度と同じルートには入れなくなる。
カイに会いたい。今すぐ飛んでいきたい。
でも――奴らがこの世界を作った目的や、システムの中枢である『ジャンナ』の構造。
それをここで丸裸にして、奴らを内側から壊す「武器」を作らなければ、カイに会えたとしても、結局はまたモルモットに戻るだけだ。
私はラクダの首を撫でてなだめると、火傷でヒリヒリと痛む左腕を抱えながら、再び暗い管理室へと足を踏み入れた。
「もうちょっとだけ待ってなさいよ、私のバカ。……絶対に、ここであんたたちを終わらせる準備をしてから行くから」




