第33話 善意のスパチャと、怒りのノート
緑の芽が出てから数日後。
悲劇は、目を眩ませるような光と共に空から降ってきた。
その日、オアシスの中央広場に、巨大なコンテナがいくつも着陸した。
何事かと集まった村人たちの前で、コンテナの扉が開き、山のような新鮮な食料と、触れるだけで無尽蔵に水が溢れ出る「魔法の水瓶」が転がり出た。
「おお……! 神が、俺たちの苦労を見て哀れんでくださったんだ!」
「奇跡だ! 宝の山だぞ!」
村人たちが狂喜乱舞して群がる中、私だけが血の気が引く思いで立ち尽くしていた。
コンテナの側面に、村人たちの目には見えないであろう、半透明のホログラムタグが浮かび上がっていたからだ。
『Gift from User_8892:カオルちゃん頑張れ! 支援物資(水&食料セット)投下!』
『Gift from User_1044:感動した! スパチャ代わりの恵みの雨だ!』
(……ふざけるな。何が、神の奇跡よ)
それは、安全圏から私たちを見下ろす観測者たちからの、気まぐれで無責任な「投げ銭」だった。
そこからの村の変わりようは、一瞬だった。
人々は、毎日汗を流して遠くから砂を運ぶのをやめた。
シートの裏に溜まったわずかな夜露を、祈るように集めるのをやめた。
だって、何もしなくても神の器から水が溢れ出てくるのだから。
「やめなさい! そんなものに頼ったら、あんたたち本当にここで生きられなくなるよ!」
私は宴に溺れる村人たちの輪に飛び込み、サードの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「バベルのネビルが言っていたわ。システムに依存すれば、人は生きる力を奪われるって! これがなくなったらどうするの!」
だが、私の声は誰にも届かなかった。
それどころか、魔法の水瓶の水を浴びるように使って遊ぶ子供たちが、私たちが血と汗を流して作ったナーサリー(苗床)に踏み込み、あの小さなスイカの芽を無惨に踏み躙ったのだ。
「あ……」
潰れた緑の双葉を見た瞬間、私の中で何かが決定的に壊れた。
バベルで学んだ「自立」の尊さも、彼らと共に汗を流した日々も、画面の向こうの連中の「良かれと思った善意」という暴力によって、たった一瞬でゴミ屑に変えられたのだ。
そして、私の予感は最悪の形で的中した。
一ヶ月後。突然、魔法の水瓶から水がピタリと止まり、ただの鉄くずへと変わった。空からのコンテナの投下も完全に途絶えた。視聴者たちが、この村の「農業エンタメ」に飽きたのだ。
残されたのは、完全に干からびて全滅した苗床と、怠惰に慣れきって動く気力すら失った、難民の群れだけだった。
サードもまた、虚ろな目で乾いた地面に座り込んでいた。
「……バカみたい」
私は荷物をまとめ、自分のノートのページを力任せに引きちぎった。
砂と塩が入り込み、すでに駆動系から異音を立てていた最新のモビリティを、隣のテントの商人が連れていた一頭のラクダと交換する。
こんな過酷な環境では、ブラックボックス化されたハイテク機材より、血の通ったローテクの方がよっぽど信頼できる。
私はラクダの手綱を引き、サードの前に立った。
「カオル……すまない。俺たちは……」
「あんたたち、もう知らない!!」
私は大泣きしながら、引きちぎったノートのページをサードの顔に思い切り投げつけた。
はらりと落ちた真っ白な紙には、万年筆で殴り書きした私の怒りが刻まれている。
『砂漠の塩対策:土を使うな! 浸透圧で根が死ぬ。やるなら砂にアレを混ぜるか、水耕。サウナに入りたい。ととのいたい。カイのバカ、早く助けに来い』
私は涙を乱暴に拭い、ラクダの背にまたがった。
努力を嘲笑い、すべてを奪っていくこの狂った箱庭への怒りと、どうしようもない絶望を抱えながら。
私はただ一人、再び果てしない南の砂漠へと進み始めた。




