第32話 白い土と夜露のスイカ
オアシスに留まることを決めた翌日。
私はサードに案内され、集落の端にある空き地へとやってきた。
「ここが、俺たちの村の畑だ。……いや、畑だった場所だな」
サードが自嘲気味に指差した地面は、一面が不気味なほど真っ白に染まっていた。
私はしゃがみ込み、その白い土を指ですくい上げた。ザラリとした感触。
「……バグ、この土の成分を解析して。どうしてこんなに真っ白なの?」
私は左腕の端末を土にかざした。
『スキャン完了。表層から高濃度の塩分結晶を検出しました。過去の過剰な灌漑、あるいは気候変動により、地下の塩分が毛細管現象で地表に吸い上げられ、蓄積したものと推測されます』
バグの無機質な音声に、私は顔をしかめた。
農業の素人である私でも、土に塩が混ざっていれば作物が育たないことくらいは分かる。
「昔はわずかだが野菜も採れたんだが、今は何を植えてもすぐに枯れちまう。ほら、もっと深く耕せば、まだマシな土が出るかもしれない」
サードがスコップを突き立て、力任せに土を掘り返そうとした瞬間、私は慌ててその腕を掴んだ。
「待って、無闇に耕さないで! バグの解析通りなら、深く掘り返したら下の層にある塩分まで地表に引っ張り上げることになるわ」
「耕さない? だが、土を柔らかくしないと根が張らないだろう?」
「今のこの土でそれをやったら、浸透圧で根の水分が全部塩に奪われて、植物が死んじゃうのよ。……土は使わない。塩の層はそのままにして、砂漠の砂と『夜露』を使うわ」
私はモビリティの荷台から、防砂用の断熱シートと細いパイプを引っ張り出した。
私が提案したのは、極めて原始的な結露システムだった。
塩害のひどい土の上に直接植えるのではなく、清潔な砂を盛って隔離されたナーサリー(苗床)を作る。
そして、昼間の殺人的な熱で蒸発するわずかな水分をシートの裏側で受け止め、夜間の急激な冷え込みを利用して水滴(夜露)に変え、パイプを通してピンポイントで根に落とす仕組みだ。
「これなら、少ない水でも絶対に枯れない。……手伝ってくれる?」
私がサードを見上げて尋ねると、彼は少し呆れたように笑い、スコップを放り投げた。
「ああ。砂を運べばいいんだな? 村の若い衆も呼んでこよう」
それからの日々は、泥と汗にまみれた過酷な肉体労働だった。
ハイテクな機材は何もない。
村人たちと一緒に、遠くの砂丘から何度も砂を運び、手作業で苗床の畝を作った。
日中はあまりの暑さに倒れそうになったが、サードたちが差し出してくれる濁った水と、彼らの陽気な歌声に何度も救われた。
私の乗ってきたモビリティは、この細かい砂と塩分が入り込む環境ではギアが悲鳴を上げ始めていた。
最新の機械よりも、悠々と砂漠を歩く彼らのラクダの方が、この過酷な環境ではよほど頼もしく見えた。
数週間後。
早朝の冷たい空気が残る中、私はいつものようにシートをめくった。
「……あ」
思わず、声が漏れた。
カラカラに乾いた砂の畝の真ん中に、小さな、本当に小さな緑色の双葉が顔を出していた。
サードがどこかの隊商と取引して手に入れていた、スイカの種だ。
「サード! 見て、芽が出たわ!」
私が大声で叫ぶと、サードをはじめ、村の連中がわらわらとテントから飛び出してきた。
「おお……! 本当だ、緑色だ!」
「すごいぞ、カオル! あんた、本当に魔法使いじゃないのか!」
村人たちが歓声を上げ、私を胴上げせんばかりの勢いで囲み、肩を叩いてくる。
サードも、浅黒い顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
「ありがとう、カオル。……もしかしたら、俺たちはもう、水と食料を求めてこの過酷な砂漠を移動し続けなくても、ここで生きていけるかもしれないな」
サードの言葉に、私は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(……ええ。ここで生きていける。あのバカが、私を見つけてくれる日まで)
太陽が昇り始める。
過酷な赤い砂漠のオアシスに、確かな「希望」が芽吹いた瞬間だった。




