幕間 箱庭の運営者と、残酷なすれ違い
カオルが街を抜け出した直後。ジャミーラがモニターの前で膝から崩れ落ちそうになった時、コンソールが低い電子音を立て、ジャンナの最上層にいるはずの女――イザベルの顔が画面に浮かび上がった。
「……答えてちょうだい、イザベル。これは一体、何なの!」
ジャミーラは血を吐くような声でモニターに怒りをぶつけた。しかし、画面の向こうのイザベルはどこ吹く風で、ワイングラスを片手に艶やかに微笑んでいる。
「素晴らしい仕事だったわ、ジャミーラ。最高に面白かった。視聴者も大喜びよ」
「面白かった……?」
「ええ。あんなに高慢で隙のなかったあなたが、カオルと屋台で恋バナをする展開なんて、本当に最高だったわ。数字も跳ね上がったもの」
ジャミーラは眩暈を覚え、コンソールに手をついた。自分たちの真剣な悩みも、酒を飲み交わした夜も、すべてが完璧なカメラワークで切り取られ、エンタメとして消費されていたのだ。
「狂ってる……。これは一体、何なんですか!」
「仕事よ」
イザベルは事も無げに一言で答えた。
「あなたたちがやったことは、あの街にとって素晴らしいことよ。でもね、ジャミーラ。巨大なインフラを整えて維持するには、莫大なお金がかかるの。分かるでしょう? だから、私たちはその『コンテンツ』を売って資金にしているというわけ」
自分の知らないところで、そんなおぞましい世界が展開されていたなんて。
美しい理想を掲げていたはずの自分が、結局は悪趣味なリアリティショーの舞台装置でしかなかったという事実に、ジャミーラは絶望で視界が歪むのを感じた。
「……カオルの命は、保証してくれるんでしょうね」
絞り出すように問うと、イザベルは心底不思議そうな顔をした。
「当たり前じゃない。主役が死んでどうするの? 死なないように、ちゃんと監視しているわ。だから安心してちょうだい」
(……ダメだ。この人には、何を言っても無駄だ)
人間の心をミリグラム単位でしか理解していない、あるいは完全に切り捨てている。ジャミーラは反論を諦め、ただ砂漠へと向かったカオルの無事を祈ることしかできなかった。
「さて。あなたには次のミッションがあるわ」
イザベルがグラスを置き、甘い声で告げる。
「また、あのマークの件よ。彼を助けなさい」
「……マーク? あの、使えない自動農園を作った男のこと? なぜ今さら」
「まもなく、カイがマ・カレシュにやってくるから」
「……え?」
ジャミーラは息を呑んだ。
「物語には、マークという配役が必要なの。だからあなたがサポートして、もっと面白い話にしてね。また報告、待ってるわ」
一方的にそう告げると、モニターの通信はふつりと途絶えた。
暗くなった画面に、青ざめた自分の顔が映っている。
カイに会うため、過酷な南の砂漠へ向かったカオル。
彼女が命懸けで追った情報は、運営によって意図的に捏造されたものだった。そして、彼女がすれ違いで去った直後のこの街に、本物のカイがやってくる。
(なんて……なんて残酷なの……!)
完璧に仕組まれた悲劇のシナリオ。
窓の外、赤い土の荒野の彼方にもう見えないモビリティの軌跡を思いながら、ジャミーラはただ一人、声を出して泣くことしかできなかった。




