第28話 泥臭い品質管理と、絡み酒の夜
それからの日々は、気が遠くなるほど過酷だった。
旧い規格が何層にも重なり合ったインフラを解き明かすだけで、ゆうに数カ月が消えた。
ひどく骨の折れる作業だったが、左腕で静かに稼働を続けるバグの解析サポートが、私の折れそうな心を何度も繋ぎ止めてくれた。
ジャミーラとの衝突も、日常茶飯事だった。
「ここのラインは旧規格のまま残すべきよ!」
「冗談じゃないわ、変換器の負荷が計算値を超えている。ここは新しいものに置き換えるべきよ!」
お互いに一歩も引かず、激しい意見を戦わせた。
どんなに言葉を尽くしても折れない彼女に対するストレスから、私は毎晩のように屋台へ通い詰めた。そのせいで、少し太ってしまったくらいだ。
だが、激しい議論を交わすうちに、私たちは同じエンジニアとしてお互いを信頼し、不思議な戦友のような絆が芽生え始めていた。
ある夜。
設計の言い合いでヒートアップした後、私たちは結局二人並んでいつもの屋台の椅子に座っていた。
「……意外ね。あなた、そんなジャンクな麺類も食べるんだ」
私が油の浮いた太い麺を啜りながら言うと、ジャミーラは無造作に香辛料を振りかけながら鼻を鳴らした。
「頭を使ったら、塩分と炭水化物が必要になるのよ。……おやじ、こっちにあの強い酒をちょうだい」
最初の頃の高慢な態度からは想像もつかないが、腹を割って話してみると、彼女はただの負けず嫌いな普通の女性だった。
甘いスイーツしか口にしないのかと思いきや、喉が焼けるような強烈な地元の蒸留酒も平気であおる。
「あーあ、私も恋したいわ」
何杯目かの酒を飲み干したジャミーラが、赤い顔をして私の肩に寄りかかってきた。
意外にも、彼女は絡み酒だった。
「あなたはいいわよね、カイがいて。ねえ、この仕事が終わったら私にもいい男を紹介しなさいよ」
「ちょっと、重いってば。それに、カイはただの幼馴染だって何度も言ってるでしょ」
笑い合い、愚痴をこぼし、酒の力で互いの誤解を解いていく。
屋台でのとりとめのない時間は、私たちが互いを深く理解するための、何よりも大切なプロセスだった。
そこからさらに数ヶ月をかけ、ようやく移行設計が完了した。
後は実際のインフラへの導入だけだ。
メルフドでの苦い失敗経験を胸に刻んでいる私は、決して無理をしなかった。
ジャミーラもそれに同意し、私たちは一極集中を避け、街の区画ごとに少しずつ新しいミドルウェアを導入してはリソースを解放し、エラーが出ないか慎重にテストを繰り返した。
致命的なロスを未然に防ぎ、一つ一つの品質を確実に担保していく地道な作業。
そして、この街に足を踏み入れてからちょうど一年が経とうとする頃。
私がメインコンソールの最終エンターキーを叩き、全区画のインフラが新しいプロトコルで静かに、そして安定して稼働を始めた。
警告の赤ランプは一つも点灯しない。街の灯りは、かつてないほど穏やかで力強い光を放っていた。
「……カオル、やったわね!」
振り返ると、ジャミーラが満面の笑みで私の両手を取っていた。
そこにはもう、私を上から見下ろす冷徹な監視者の姿はなかった。
泥にまみれ、共に過酷な現場を乗り越えた、最高の同僚の顔があった。
(これが、統治者が求めた『正常化』かどうかは分からない。でも、街が壊れずに動いている。住民が自分で手を入れられる。……これで十分よ)
私は、ジャミーラのその手を、今度は迷うことなく強く握り返した。




