第27話 退化のプロトコルと、屋台の哲学
あれから現地調査と称し、私はジャミーラを振り切っては旧市街の屋台に入り浸っていた。
お目当ては、あの香辛料まみれの羊肉串と、強い蒸留酒だ。
「おやじ、今日も串を三本。あと、その酒も」
「おう、姉ちゃん。毎度ありがとな」
屋台の店主は、油まみれのエプロンで手を拭きながら、ひび割れた旧式の自動ロースターに串を並べた。
時折モーターが異音を立て、その度に店主がバンッと機械の側面を叩いて動かしている。
「……ねえ。そんなガタのきた機械、新しいのに変えたら? センサー付きの最新型なら、叩かなくても温度管理してくれるわよ」
私が何気なく口を挟むと、店主は呆れたように笑った。
「馬鹿言っちゃいけねえ。俺はこのポンコツしか使ったことがないんだ。新しいのはボタンが多すぎて使いこなせねえし、そんなのに金かけるくらいなら肉の仕入れに回すさ。それに、こいつも叩けばまだちゃんと焼ける。十分だろ?」
店主の言葉に、私はハッとした。
(……そうか。現場の人間にとって、使いこなせない最新機能はノイズでしかない。今の業務が回っているなら、無理に変えれば激しいハレーションが起きるだけだ)
バラバラのインフラ。
旧式にすがりつく住民。
最新の機材で一気に置き換えようとするジャミーラ。
すべてのパズルのピースが、私のエンジニアとしての経験則の中でカチリと音を立てて繋がった。
翌日。私は執務室のホログラムマップの前にジャミーラを呼び出した。
「スペックダウンよ」
唐突に言い放った私に、ジャミーラは眉をひそめた。
「……何の話? 」
「だからスペックダウンするの」
「私はインフラを正常化しろと言ったのよ。性能を下げてどうするの」
「全部のシステムを一度に最新へ移行するビッグバンリリースは、今のこの街では絶対に失敗する。街のインフラ全部に、一度に最新の内臓移植手術をするようなものよ。一つ間違えれば街全体が即死するわ」
私はホログラムの配線図を操作し、新旧のシステムが交差するポイントを赤く光らせた。
「だから、間を繋ぐの。最新機材の不要な機能を削ぎ落として処理速度をわざと落とし、旧規格のインフラに合わせる。物理的な仕様変更が難しい部分は、ミドルウェアを噛ませて吸収するのよ。言葉の通じない旧い機械と最新の機械の間に、優秀な通訳を立たせるの」
「間に通訳を……? そんな冗長なことをしたら、最新機材の処理能力の無駄遣いよ!」
「無駄じゃないわ。機能の単一化よ!」
私はジャミーラの反論を強い言葉で遮った。
「私はメルフドで学んだの。すべての機能を中央に集約させれば、一つ崩れただけで街は死ぬ。だから、末端の最新機材が持っている余計な機能を全部削ぎ落とすの。各デバイスを『ただ肉を焼く』『ただ電圧を変換する』という本来の役割だけに専念させて、独立したまま頑丈に動かすのよ」
「各デバイスの役割を、極限までシンプルにする……?」
「そうよ。処理遅延やバグのテスト工程は、私の相棒のバグに任せればいいわ」。私は左腕の端末を叩いた。「そうやって必要な機能だけにリソースを集中させる。それがこの街の正解よ」
ジャミーラは黙り込んだ。
その理知的な目が、私の提案した泥臭いアーキテクチャのメリットとデメリットを高速で演算しているのが分かった。
やがて、彼女は冷たい声で反論した。
「……理論は認めるわ。でも、この街の住民が自分たちでその複雑なシステムをメンテナンスできるようになるとでも? あなた、ここの人たちを過大評価しすぎよ」
私は真っ直ぐに彼女を見据え、言い返した。
「できるわ。バベルのタハールさんなら、できた。人間は、自分たちの大切なものを守るためなら、いくらだって学べるのよ」
不格好なロースターを叩くおやじの顔を思い出す。
「みんな、この混沌とした街を愛してる。自分の手で直して、継ぎ足して生きてきたからよ。全部を捨てて、冷たい最新機能に入れ替えることだけが『進化』じゃない。人間の泥臭さをインフラに組み込むのよ」
ジャミーラは、大きく、本当に大きくため息をついた。
「……悔しいけれど」
彼女はホログラムのコンソールを操作し、私の提案したミドルウェア層の設計図面を空中に展開した。
「理にかなっているわ。無駄な機能を削ぎ落とし、必要なリソースだけに集中させる……ある意味で、非常に美しく、洗練されたアプローチだわ」
「でしょ?」
私が得意げに笑うと、ジャミーラは呆れたように小さく微笑んだ。
「仕方ないわね。あなたのその『泥臭いプロトコル』、採用してあげる。……さあ、忙しくなるわよ、同僚さん」
「ええ、望むところよ」
私たちは顔を見合わせ、この狂気のような街のシステムを「退化」させるための、途方もない作業へと歩み出した。




