第26話 切り捨てる理想と、泥臭いハッタリ
「この街のインフラは、最先端の機材と旧式のスペックが最悪の形で混在しているわ」
警戒心を解けない私を尻目に、ジャミーラは執務室のホログラムマップを展開して説明を続けた。
「電圧も規格もバラバラ。毎日どこかでショートやパケロスが起きている。だから、美しくない古いものはすべて根こそぎ破棄して、完全に新しいシステムへ置き換えたいの。あなたと二人なら、それが出来るわ」
甘く迫るジャミーラに、私は首を横に振った。
「机上の空論ね。実際のインフラの惨状を見ないことには、何の手伝いもできないわ」
「当然ね。なら、案内するわ。ついてきて」
ジャミーラは護衛すら連れず、私と二人だけで塔を降りた。
一歩外に出ると、むせ返るようなホコリと、機械油、それに得体の知れない香辛料の匂いが混ざり合った熱気が私を包んだ。
めまいがしそうな喧騒の中を、彼女は迷うことなく、迷路のようなスラムの暗がりへと進んでいく。
見上げれば、旧い建物の壁面には、まるで浮き出た血管のように無数のケーブルが這い回っていた。
太く錆びた旧規格の銅線に、無理やり最新の光ファイバーが巻き付けられ、違法な分岐が無数に作られている。
エンジニアの視点で見れば、それは吐き気を催すほど難解で醜悪なパズルだった。
「ひどい有様でしょう?」
立ち止まり、配線の束を見上げて顔をしかめる私に、ジャミーラが冷たく言い放った。
「だから、全部捨ててしまえばいいのよ。マスター電源を落とし、古い線をすべて焼き切って、新しいものに入れ替える。そうすれば、すべてがうまくいくわ」
「……冗談でしょ」
私は思わず声を荒らげた。
「このスパゲッティみたいな配線は、ここの住民たちが生活のために無理やり継ぎ足して生きてきた『命綱』よ。環境を理解せず、その場に合わない最新技術を押し付けたらどうなるか……絶対に失敗するわ!」
メルフドで、嵐の日にシステムごと崩壊させた自分の過ちが脳裏をよぎる。
しかし、ジャミーラは嘲笑うように肩をすくめた。
「まだそんな綺麗事を言うのね。あなたもエンジニアなら分かるでしょう? 旧い技術は、システム全体の足を引っ張る『ガン』よ。切り捨てるしか最適化の道はないわ」
「全部新しくしたら、旧いインフラを使っている規格外の住民たちはどうなるの! 切り捨てることが正解だなんて、私は絶対に認めない!」
私たちの激しい口論に気づき、薄暗い路地裏から次々と旧市街の住民たちが集まってきた。
「おい……今、なんて言った?」
油にまみれた作業着の男が、血走った目でジャミーラを睨みつける。
「俺たちの線を焼き切るだと? 上層部のエリート気取りが、俺たちを切り捨てるってのかよ!」
「ええ、そうよ」
一触即発の空気の中でも、ジャミーラは涼しい顔で肯定した。
「あなたたちの違法な改造が街の寿命を縮めているの。全体を良くするためには、一部のバグを切り捨てるのが一番よ」
「ふざけるなッ!!」
怒声が弾け、周囲の人々がいきり立ってジャミーラに詰め寄ろうとした。
暴動になる。そう直感した私は、咄嗟にジャミーラの前に立ち塞がり、声を張り上げた。
「みんな、待って!!」
水を打ったように動きが止まる。私は必死に頭を回転させた。
「古い線を焼き切ったりはしない! 切り捨てずに、全体のシステムを安定させる方法を……必ず私が探し出すから!」
静寂の後、背後からジャミーラが冷笑交じりの声を落とした。
「へえ? 優秀なエンジニアさんなら、何か画期的なアイデアがあるんでしょうね。……私を納得させてみてよ」
「い、今はまだ秘密よ! もう少し、この街の仕様を調べさせて!」
私は完全なハッタリを叫び、住民たちをなだめてその場を切り抜けた。
彼らは私のその言葉をかろうじて信じ、不満げに散っていった。それからジャミーラと無言のまま、険悪な空気で街の調査を続け――数時間後。
「ジャミーラ! もう限界、お腹すいた!!」
「ふふ、一旦休戦ね。腹が減っては戦はできないもの」
旧市街の路地裏にある屋台。
私は怒りと疲労に任せて、謎の強い蒸留酒が入ったコップをあおり、香辛料がたっぷりとかかった羊肉の串焼きに荒々しくかぶりついた。
口の中に広がる暴力的な旨味と辛味を、蒸された野菜と固いパンで胃に流し込む。
(……悔しい。あいつの言っていることは、システム論としては間違っていないから、論理的に言い返せなかった)
私がヤケ食いをしている対面で、ジャミーラは極彩色をした砂糖の塊のようなスイーツを優雅に口に運んでいた。
「ここはね、とても旧い街なの」
彼女は甘いものを食べながら、ふと遠くを見るような目をした。
「かつては国の中心だった。でも、無秩序な開発で際限なく人が集まり、インフラが追いつかなくなった。誰も管理できなくなり、やがて中央からも見捨てられた。……私は、この街のシステムをクリーンにして、かつての栄光を取り戻したいのよ」
理路整然とした、美しい理想。
言っていることは何も間違っていない。
けれど、酔いが回り始めた私の頭の中では、何かが激しく警鐘を鳴らしていた。
(違う。綺麗すぎる。メルフドの泥まみれの手を、あの温かさを知った今の私には分かる)
彼女の言葉には、インフラという「システム」の話しか出てこない。
そこに暮らす「人間」の姿がすっぽりと抜け落ちているのだ。
彼女の『正解』は、決定的な何かを間違えている……!
私は羊肉の串を握りしめながら、その「答え」を見つけ出すため、薄暗い旧市街の空をじっと睨みつけた。




