第25話 傀儡の玉座と、美しき同僚
武装した男たちに連行され、私は街の中心にある巨大な塔の低層階へと引きずり込まれた。
通されたのは、配線が剥き出しの壁に不釣り合いなほど豪華な調度品が並べられた、悪趣味な執務室だった。
部屋の奥、革張りの巨大な椅子に深く腰掛けていたのは、派手な装飾品を身につけた小太りの男だった。
「ようこそ、マ・カレシュへ。凄腕のエンジニアさんよ」
男はこの街の『統治者』を気取って両手を広げたが、その声はどこか上擦っていた。
「単刀直入に言おう。この街の腐りきったインフラシステムを正常化しろ。お前がそれを成し遂げた暁には、お前が探しているカイという男の情報をくれてやる」
尊大な態度だが、椅子の肘掛けを握る手にはじっとりと汗が滲み、視線は私の後ろの虚空を泳いでいる。
まるで、見えない誰かに怒られないよう、必死に台本を読んでいるかのようだ。
「どうして、私が来るのが分かっていたの?」
私が鋭く睨みつけると、男はビクッと肩を揺らし、それをごまかすように声を荒らげた。
「質問はなしだ! いいからお前は、言われた通りにインフラを直せばいいんだよ!」
なぜバレていたのか、彼はその理由すら分かっていない。
(この男はただのお飾りだ。誰かに言わされているだけの、怯えた傀儡にすぎない)
私が呆れと薄ら寒さを感じていたその時。
執務室の奥の暗がりから、足音ひとつ立てずに一人の女性が現れた。
「ご苦労様。もう下がっていいわよ」
「は、はい……っ!」
女性が静かに告げると、先ほどまで偉そうにしていた統治者の男は、弾かれたように椅子から立ち上がり、逃げるように部屋の奥へと消えていった。
残された女性に、私は思わず息を呑んだ。
年は私と同じくらいだろうか。砂漠の民を思わせるエキゾチックで洗練された民族衣装を纏い、細身でありながら、その場を支配するような絶対的な威厳を持っていた。
彼女こそが、この街の「本当の統治者」なのだ。
「初めまして、カオル。私はジャミーラ」
彼女は口元に柔らかい微笑を浮かべたが、理知的な暗い瞳の奥は一切笑っていなかった。
圧倒されそうになる空気を必死に跳ね除け、私は一歩前に出た。
「あんたがここの本当のボスね。……答えて。なんで私が来るのが分かっていたの?」
私の強い視線を正面から受け止め、ジャミーラはふふっと小さく笑った。
「そんなこと、分かっているでしょう? 私は『監視者』なのよ。あなたがバベルの暗闇を這いずり回っていた時から、ずっとあなたの行動を見ていたわ」
背筋に氷を当てられたような悪寒が走った。
「バベルから……ずっと?」
「ええ。メルフドでのご活躍もね。あなたがどんな決断を下し、どんな失敗をしたのか。そして……あのカイという男を、どれほど深く愛しているのかも、すべて知っているわ」
こいつは、全部見ていたのだ。
私の苦しみも、恥も、祈るような気持ちすらも。
得体の知れない巨大なシステムの目が、常に私を観察していたという事実に、私は恐怖で声が出なくなった。
震える私を見て、ジャミーラは優雅な足取りで近づき、スッと細い手を差し出してきた。
「これからよろしくね。……同僚さん」
「……同僚?」
「驚かないでよ。私だって、あなたと同じエンジニアなの」
彼女は、まるで初めて出来た友人に語りかけるような、甘く残酷な声で囁いた。
「この街のインフラを直すのは、二人でやるのよ。最高の仕事にしましょうね」
差し出された冷たい手を、私はじっと見つめた。
(……この手を、握り返すしかないなら。強く握り返すまでよ)
私は絶望と緊張を無理やり飲み込み、その手をしっかりと握った。
「ええ、よろしく。ジャミーラ」




