第24話 赤い土と、眠れる相棒
北へ向かう資源運搬トラックの薄暗い荷台で、私は膝を抱え、左腕に巻きつけていた分厚い布をゆっくりと解いた。
泥と砂から守るため、メルフドにいる間ずっと厳重に封印していた相棒。
傷だらけの腕部端末『バグ』のインターフェースに指を這わせる。
数ヶ月間ミュートにしていた設定を解除し、物理スイッチを押し込んだ。
かすかな電子音。
続いて、無機質だがどこか懐かしい青い光が、薄暗い幌の中を照らし出した。
『……システム再起動。プロセス正常。マスター・カオル、通知のミュート設定が解除されました』
「久しぶりね、バグ」
合成音声を聞いた瞬間、強張っていた肩の力がふっと抜けるのが分かった。
メルフドで嵐が来たあの日。私は自分の驕りから、「分散化を推奨します」というバグの警告を『うるさい』とミュートにした。そしてシステムは崩壊し、彼は泥水の中で沈黙を強いられた。
その愚かさへの贖罪として、私はメルフドにいる間、自分の意志で彼を眠らせ続けていたのだ。
「あの時は、ごめんなさい。……あなたの警告を無視したこと」
『謝罪の必要はありません。本機はマスターの指示に最適化される仕様です』
淡々とした機械の返答が、今はひどく心地よかった。バベルの暗闇を這いずり回っていた時も、この声だけが私の正気を繋ぎ止めてくれていたのだ。
『現在位置情報の更新を完了。旧・情報集積都市マ・カレシュ周辺。……警告。強固な暗号化通信を多数検知。生体反応よりも、稼働中のボットやデバイスの数が異常に上回っています』
「人間の数より、機械の方が多い街。噂通りね」
トラックが急な峠を越え、大きく減速し始めた。
「嬢ちゃん、着いたぜ。俺はここで荷を下ろしたら即刻トンズラだ」
運転手の忌々しそうな声を聞きながら、私は幌の隙間から外を覗き込んだ。
そこには、メルフドの荒野とは全く違う、赤茶けた土の大地が広がっていた。
かつてネビルの管理端末で見た、カイがいる農村と同じ赤い土。
彼がこの近くにいるかもしれない。
その淡い期待で胸の奥が微かに熱くなるが、目の前に現れた「街」の異様な光景が、私の思考を瞬時にエンジニアのそれへと引き戻した。
「何よ、これ……」
赤茶けた大地の上に、それはまるで巨大な腫瘍のように増殖していた。
空を覆い隠すほどの巨大な鉄の塔を中心に、無数のバラックや旧時代のビルが、計画性など一切無視して重なり合うようにへばりついている。
新しい光ファイバーの青白いケーブルと、錆びついた旧規格の太い黒電線が、まるで内臓のように剥き出しのまま絡み合い、あちこちで危険な火花を散らしている。
見捨てられ、それでも住民たちが無理やり継ぎ接ぎをして延命を続けている、狂気のようなインフラの死骸。息が詰まるほどの混沌がそこにあった。
トラックが街の外縁で止まる。私は息を呑んだまま荷台から飛び降り、その境界ゲートに足を踏み入れた。
――まさに、その瞬間だった。
「お前がカオルだな。」
背後からの低い声。振り返る間もなく、武装した数人の男たちが私を取り囲んでいた。
逃げる隙など一切ない、完璧なタイミングでの待ち伏せ。
メルフドの先生が秘密裏に手配してくれたはずのトラックだ。
検問も誤魔化せるはずだった。それなのに、なぜ到着と同時に私がここに来ることを知っているのか。
『警告。マスター・カオル。複数の武装ユニットによる包囲を確認』
「……分かってるわよ」
男たちが銃口を向けてくる。
私はゆっくりと両手を上げながら、この赤い土の街の奥深くで口を開けて待っている得体の知れない悪意の気配に、背筋を凍らせていた。




