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箱庭のテラフォーミング【カオル編】流浪のエンジニアと、世界のバグ  作者: 大神みや
第2章 泥まみれの正解と、あやとりの街

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第23話 優しい監視者と北への轍(わだち)

旅立ちを決意した夜。


私は先生の家を訪ね、街を出ることを伝えた。


先生は驚く様子もなく、静かに頷くと、「少し、見せたいものがある」と私を自宅の地下室へと案内した。


土壁の質素な地下室の奥。


そこには、不自然なほど滑らかな金属製の隠し扉があった。


先生が手をかざすと、短い電子音と共に扉が開く。


私は思わず息を呑んだ。


薄暗い空間の中心に鎮座していたのは、このローテクな街には絶対に存在するはずのない、最新鋭のコンソールだったのだ。


「先生……これは、一体?」


「私は、この街を『変わらず維持する』という役割を与えられているんだ」


振り返った先生の顔は、いつもの穏やかな教師のものではなく、冷徹なシステム管理者の顔をしていた。


「君の持つ高度な技術は、この街の形を劇的に変えてしまう。だから本来なら、あの嵐の後に君からスマホを取り上げ、二度と外へ出られないようにこの街へ留まらせるのが、私の役目だった」


背筋が凍りついた。


なぜ、こんな辺境の街に最新鋭のシステムがあるのか。


誰が彼にそんな『役割』を与えているのか。


得体の知れない薄ら寒さを感じて後ずさる私を見て、しかし先生は、ふっといつもの「父親」の顔に戻り、寂しそうに笑った。


「だが……君はアイシャと一緒に泥を被ってくれた。この街を本当の意味で救ってくれた」


先生はコンソールを操作し、私の左手のバグに一つの座標データを転送した。


「私に与えられた設定はどうあれ、私たち家族の君への感謝は『本物』だ。娘の恩人を閉じ込めるような真似は、私にはできないよ」


転送されたのは、北の果てにある都市の座標だった。


カイの正確な位置は、ここからではもう追えない。


だが、北にある『旧・情報集積都市 マ・カレシュ』の深層サーバーに潜り込めば、世界中のログから彼を見つけ出せるはずだ」


先生は私の肩に手を置いた。


「明日の朝、北へ向かう資源運搬のトラックが出る。顔馴染みの運転手に話はつけておいた。荷台に紛れ込めば、検問のスキャンも誤魔化せるはずだ。……行きなさい、カオル」


翌朝。


朝靄の中で、無骨な大型トラックが低いアイドリング音を響かせていた。


荷台に乗り込もうとする私の足に、小さな腕がしがみついた。


「おねえちゃん、いかないで……!」


泥まみれになって一緒にシャッターを押したアイシャが、大粒の涙をこぼして泣きじゃくっている。胸が締め付けられた。このままここに残れば、どんなに幸せだろう。


だが、先生が優しくアイシャを抱き上げた。


「アイシャ。カオルにはね、ずっと待っている大切な人がいるんだよ。だから、笑顔で見送ってあげよう」


「……う、うぅ……っ。おねえちゃん、ばいばい……っ」


私は溢れそうになる涙を必死に堪え、先生とママ、そしてアイシャに向けて深く頭を下げた。


「ありがとう。絶対に忘れない」


私はトラックの荷台に乗り込んだ。


低いエンジン音が響き、車体がゆっくりと動き出す。


遠ざかっていくメルフドの街。荷台の隙間から見つめる先で、いつまでも手を振ってくれている三人の小さなシルエットが、やがて朝の砂埃に紛れて見えなくなった。


私はそっと目を閉じ、この街で得た土の匂いと温もりを深く肺に刻み込んだ。


そして次に目を開けた時、私の瞳には、得体の知れない世界の謎を暴き、北の荒野を越えるための、ハッカーとしての鋭い光が再び宿っていた。

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