第22話 分散の理と、遠い背中
嵐の翌日。
被害の片付けに追われる広場の隅で、私は包帯を巻いた痛む手を抱え、ぼんやりと座り込んでいた。
「少し休みなさい。よく頑張ってくれたわ」
隣に腰を下ろしたママが、冷たい水の入った水筒を差し出してくれた。
彼女は私を責めることもなく、ただ穏やかな声で話し始めた。
「昔から、この街は予測不能な嵐が多いの。だから先祖たちは、あえて街のインフラを細かく分けて、それぞれの区画で管理するようにしたのよ。どこか一つが壊れても、街全体が死んでしまわないようにね」
その言葉に、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
リスクを分散し、被害を局所にとどめる。
それはITの世界で『分散型ネットワーク』や『エッジコンピューティング』と呼ばれる、システム構築の基本中の基本だ。
自然の脅威を知り尽くしたこの街の人々は、何世代も前からその「分散化の理」をインフラの形として実践していたのだ。
それなのに私は、自分のちっぽけな技術を過信し、最も危険な「一極集中管理」へとシステムを退化させてしまった。
なんて愚かで、浅はかだったのだろう。
自分が一番よく知っていたはずの基本すら忘れて、私は「便利さ」という名の魔法使いを気取っていただけだったのだ。
ネジを閉めながら、不意に思い出した。
あの日、バグが「分散化を推奨します」と言った。私は「うるさいわね」と通知をミュートにした。
ギリッと唇を噛み締めた私の脳裏に、ふと、ある映像がフラッシュバックした。
かつてネビルの管理端末で見た、カイの姿。
彼は最新の農業技術を持っていながら、村人たちが何度失敗しても決して自分から手を出そうとしなかった。
彼らが自分たちの力で土を耕し、環境に適応できるようになるまで、ただ黙って見守っていた。
『あいつはいつだって、答えを押し付けなかった』
ネビルの言葉の意味が、今なら痛いほどよく分かる。
本当の援助とは、弱者から役割を奪って全自動のシステムに放り込むことではない。
彼ら自身が考え、手を取り合い、自律的に動ける「網の目」を作ることなのだ。カイはずっと前から、その答えにたどり着いていた。
「あいつ、本当にムカつく……」
私は両手で顔を覆った。
悔しさと、それ以上の強烈な郷愁が胸の奥から込み上げてきた。
カイに会いたい。
遠回りして、泥水に顔を突っ込んで、たくさん失敗して、ようやくあなたの見ていた景色が少しだけ分かったよと、直接文句を言ってやりたかった。
そしてあわよくば、不器用なあの手で頭を撫でて、「よく頑張ったね」と笑ってほしかった。
その日から、私は一切のシステム構築をやめた。
スマホを開くこともなく、代わりにツルハシとスコップを握った。
住民たちに混ざり、泥にまみれて水路を掘り返し、ひしゃげたシャッターをみんなで声を掛け合いながらクランクで巻き上げた。
手のひらのマメが潰れ、全身の筋肉が悲鳴を上げたが、不思議と心は晴れやかだった。
身体を動かして汗を流すたびに、自分の中にこびりついていた驕りや自己嫌悪が、少しずつ洗い流されていくような気がしたからだ。
作業が終わった夕暮れ時には、広場でアイシャやその友達と追いかけっこをして遊んだ。
無邪気な笑い声に包まれる時間は、やさぐれきっていた私の心を優しく解きほぐしてくれた。
先生とママは、そんな私たちの姿をいつも家の前で微笑ましく見守ってくれていた。この街での日々は、私にとって初めて得た「家族」のような、かけがえのない温かい時間だった。
そして、数ヶ月後。
街のインフラは、かつての泥臭くも強靭な「分散型」の姿を取り戻していた。
夕焼けに染まる街並みを給水塔の上から見下ろしながら、私は大きく深呼吸をした。
もう、ここに私の技術は必要ない。
私は北を向く前に、もう一度だけ、夕日に染まるメルフドの街を振り返った。
広場から聞こえてくるアイシャたちの笑い声が、まだ耳の奥に優しく残っている。
……よし。
「……行こう。カイのところへ」
私は背筋を伸ばし、北の荒野に向けて真っ直ぐに視線を向けた。




