第21話 単一障害点と泥まみれの手
窓の外で空が赤黒く染まり、大気が悲鳴を上げていた。
かつてない規模の砂嵐。
だが、私の手元のスマホにはすべてのセンサーデータがリアルタイムで送られてきている。
「問題ないわ。システム、防砂フェーズへ移行」
私がエンターキーを叩くと、街中のシャッターがモーター音を響かせて一斉に稼働し始めた。
住民たちも家の中から、安心しきった顔でその様子を見守っている。
しかし、その時だった。
ガアァン!! という凄まじい破壊音が外から響いた。
強風で吹き飛ばされた巨大なトタン屋根が、私が給水塔に設置した「中央気象センサー」に直撃したのだ。
ビーッ、ビーッ、ビーッ!
手元のスマホがけたたましい警告音を鳴らし始めた。
画面が真っ赤に染まり、『Master Node Error』の文字が点滅する。
「嘘、でしょ……」
血の気が引いた。
中央からの指示を失ったシステムは安全装置を誤作動させ、閉まりかけていた街中の防砂シャッターを『全開の状態』で電子ロックしてしまったのだ。
「おい、シャッターが開いちまったぞ!」
「砂が入ってくる! 作物が全滅する!」
外から悲鳴が上がった。
容赦ない砂嵐が街に吹き込み、なす術もなく畑を削り取っていく。
私は震える指でキーボードを叩いた。
再起動、オーバーライド、強制解除……どれも弾かれる。物理的な断線だ。
「どうなってるんだ! カオル、自動で閉まるんじゃなかったのか!」
「あんたが余計な機械なんか繋ぐから、手動のクランクまでロックされて動かせないじゃないか!」
パニックに陥った住民たちが、怒りの矛先を私に向けて押し寄せてきた。
「よそ者を信じるんじゃなかった」
「先生が任せろって言うから!」
罵声の中、私は顔を蒼白にして立ち尽くすことしかできなかった。
『SPOF(単一障害点)』
そこが壊れればシステム全体が停止してしまう、設計上の致命的な弱点。
私は自分の技術に酔いしれるあまり、この街のインフラをたった一つのセンサーに依存させてしまったのだ。
「違う、私が……私の設計ミスで……」
崩れ落ちそうになった私を、力強い腕が引き留めた。
先生だった。
彼は私を背中に庇い、怒り狂う群衆の前に立ち塞がった。
「落ち着きなさい!」
嵐の音を切り裂くような、毅然とした声だった。
「便利さに飛びついたのは私たち全員だ! トラブルが起きた途端に掌を返して誰かを犯人にする、そんな大人の浅ましい姿を子供たちに見せるつもりですか! 今やるべきことは犯人探しじゃない。全員で、あのシャッターをこじ開けることです!」
大人たちが押し黙った。
だが、電子ロックされた巨大な鉄の塊をどうやって動かせばいいのか、誰もが立ちすくんでいた。
その時、小さな影が私の横をすり抜けた。アイシャだった。
彼女は大人たちの言い争いなど気にも留めず、砂塵が吹き込む巨大なシャッターの前にちょこんと立つと、その小さな両手を冷たい鉄の板に押し当てた。
「……うーっ!」
ミリ単位すら動くはずもない重厚な鉄板を、5歳の子供が必死に押している。
振り返ったアイシャの顔はすでに泥と涙で汚れ、それでも私を真っ直ぐに見つめていた。
「カオル、おねえちゃん。いっしょに、おして」
システムでも、コードでも、責任の所在でもない。
ただ、泥まみれの手で鉄を押す。
それだけが、今のこの世界で「正解」とされる、たった一つのプロトコルだった。
バグは、何も言わなかった。
「……ええ。一緒に押すわ、アイシャ」
擦り切れたジーンズの膝を泥につき、小さな手の隣に、自分の両手を強く押し当てる。
「うおおおおっ!」
「俺たちもやるぞ!」
「テコになる鉄パイプを持ってこい!」
先生が駆け寄り、住民たちも我に返ったように次々とシャッターに群がった。
泥水にまみれ、全員で怒声のような声を上げながら、少しずつ、少しずつ鉄の扉を押し込んでいく。
数時間後。
嵐は完全に去っていた。
手動でなんとか閉め切ったシャッターの下で、私は泥まみれになってへたり込んでいた。
手のひらは擦り切れ、血と泥が混じっている。水たまりに沈んだ私のスマホは、完全に沈黙していた。
自分の浅はかさと、自然の前でのデジタルの無力さ。
完全に打ち砕かれたプライドを抱え、私はただ、泥だらけの自分の手を呆然と見つめ続けていた。




