第20話 熱狂と中央集権
嵐が過ぎ去った翌朝、メルフドの街はひどい有様だった。
強風で煽られた防砂シャッターはひしゃげ、地下水路は泥で詰まりかけていた。
住民たちは総出で泥にまみれ、壊れたクランクを回し、手作業で復旧にあたっていた。
その光景を見て、私の中の苛立ちが限界に達した。
「ねえ、そこの壊れて動かなくなった水門、私に直させてくれない?」
私は広場で作業をしていた住民たちに声をかけた。
彼らが訝しげに見守る中、私はママの作業場から借りた小型モーターとセンサーを水門に取り付け、手持ちの端末からコードを打ち込んだ。
「起動」
鈍い音を立てて、大人数人がかりでも動かなかった水門が自動で開き、適度な水量を流してピタリと止まる。
「おおっ……!」
「なんだ今の、魔法か?」
息を呑む住民たちに向かって、私はさらに畳み掛けた。
「魔法じゃないわ。ネットワークと電子制御よ。街の中心にメインサーバーを立てて、すべてのゲートやバルブを繋げば、気象センサーと連動して全部自動で動かせる。もう誰も、嵐の中で泥まみれになる必要はないの」
便利さを目の当たりにして、住民たちの間にどよめきが起こった。
だが、まだ不安の声も根強い。「よそ者の機械なんかに、街の命綱を全部預けていいのか?」と。
当然の反応だ。しかし、そこで思いがけない援護射撃が入った。
「……カオルの言う通りかもしれない」
口を開いたのは、街で最も発言力のある先生だった。
ママも静かに頷き、住民たちを見渡した。
「私たちのやり方は、少し古くなりすぎた。彼女の技術があれば、この街はもっと豊かで安全になるはずだ。みんな、カオルに任せてみないか?」
街のまとめ役である二人の言葉と、目の前で動く自動水門。それが決定打となった。
住民たちの戸惑いは、少しずつ期待の入り交じった熱気へと変わっていった。
私は胸が高鳴るのを感じた。
ネットワーク理論の基本が「分散化」であることは、もちろん分かっている。
あやとりの授業で先生が言っていたことも正しい。
けれど、今はそんな悠長なことを言っている場合じゃない。
次の嵐がいつ来るか分からない状況で、一つ一つ手作業で直していくなんて現実的ではないのだ。
センサーを繋いで一気に自動化する。それが一番速くて確実な「正解」のはずだ。
ふと、左腕のバグが小さく震動した。
『マスター・カオル、提案があります。単一の管理集中はSPOF……単一障害点を生成します。推奨は分散型……』
「バグ、今は黙ってて。ここのネットワークは他とは違う。私が一番よく分かってる」
(今にして思えば、あの時の二人の見事な誘導は、私をこの街に縛り付けるための「上からの命令」だったのだろう。だが当時の私は、自分の技術が正当に評価されたのだと信じて疑わなかった)
そこからの私は、時間を忘れて没頭した。
必要な部品をかき集め、各区画のバルブに制御ユニットを取り付け、システムを構築していく。
かつて日本でシステムエンジニアとして働いていた時の知識が、目の前の人々の役に立とうとしている。
自分がこの過酷な世界において「価値ある存在」として求められていることが、たまらなく嬉しかった。
数週間後。
私がメインコンソールのエンターキーを叩くと、街中の重厚な防砂シャッターが一斉に稼働し、水門のバルブが自動で開いて畑に水が行き渡った。
歓声が沸き起こる。
住民たちは私を取り囲み、次々と感謝の言葉を口にした。
アイシャも「カオルおねえちゃん、すごい!」と目を輝かせている。
それからの日々は、毎日が充実していた。
私はスマホ一つで街全体のインフラを監視し、ちょっとしたバグの修正やメンテナンスを行って回った。
住民たちは私を頼りにし、感謝してくれた。
『やっぱり、私のやったことは正しかったんだ』
手動から自動へ。分散から一元管理へ。
これこそが、この不条理な世界に対する明確な「正解」なのだ。
私は満ち足りた気持ちで、穏やかな日々を過ごしていた。
だが、そんな日々がいつまでも続くほど、この世界は甘くなかった。
数ヶ月が経ったある日。
スマホの画面に表示された気圧のグラフが、突如として不自然な急降下を描き始めた。
窓の外を見ると、さっきまで晴れ渡っていた空が、見たこともないほど濃い、赤黒い砂埃の壁に覆われようとしていた。
風が、泣き叫ぶような悲鳴を上げ始めた。




