第19話 効率という名の慢心と、黒い砂嵐
メルフドの街での生活は、私にとって驚きと苛立ちの連続だった。
体力が戻った私は、アイシャのママのインフラ点検によく同行するようになった。
彼女はこの街の数少ないエンジニアとして、給水システムや防砂壁、さらには近郊の農業区画や採掘場の設備までを管理していた。
だが、その現場はあまりにも「ローテク」だった。
例えば農業区画。乾燥した過酷な環境にもかかわらず、大規模な土壌改良や機械化を行うわけでもなく、土の性質や僅かな起伏に合わせて作物を植え分け、手作業で水路のゲートを開け閉めしている。
街の防砂壁にしてもそうだ。
風向きが変わるたびに、各区画の担当者がわざわざクランクを回して巨大な鉄板の角度を調整している。
「ねえ、ママ。どうして一元管理しないの?」
ある日の点検中、私はたまらず口に出した。
「街の中心にセンサーを置いて、給水も防砂壁も中央のシステムと連動させれば、全部自動化できるわ。各所で人が手作業するなんて、無駄が多くて非効率すぎる」
バベルのシステム構造を理解し、権限まで掌握した私から見れば、この街のインフラは「繋がっていないパーツの寄せ集め」だった。システムを統合し、効率化を図るのがエンジニアの基本だ。
しかし、配電盤の泥をブラシで落としていたママは、手を止めることなく穏やかに微笑んだ。
「昔から、このやり方なのよ」
「昔からって……それじゃ、ただの思考停止じゃない。あなたが持っている技術を使えば、もっとみんな楽になるのに」
「カオル。この街のやり方は、私たちの先祖が長い時間をかけて見つけた答えなの。これでいいのよ」
彼女はそれ以上語ろうとしなかった。
私は小さくため息をついた。優しい人だが、所詮は辺境のエンジニアだ。
彼女もまた、古い習慣という名のプログラムに縛られているだけなのだと、この時の私は本気で見下していた。
そんな風に、私が頭の中で自分の技術の優位性を確認していた時のことだ。
ふと、太陽が陰った。
見上げると、さっきまで澄み切っていた赤茶色の空の奥から、どす黒い雲の壁がうねりを上げながら迫ってきていた。
風の匂いが急激に変わる。土と、鉄錆のような匂いが鼻をついた。
「来るわね」
ママが表情を引き締め、手早く工具を鞄に放り込んだ。
街を見下ろすと、さっきまでのどかに歩いていた人々が血相を変えて走り回っている。
羊やラクダが急き立てられ、家々の分厚い木の扉や窓が次々と乱暴に閉ざされていく音が響いた。
「カオル、早く家に入りましょう!」
「え……?」
「嵐が来るわ。急いで!」
ママに腕を掴まれ、私は走り出した。
背後で、大地を削り取るような低い轟音が響き始める。
振り返ると、街を丸ごと飲み込むほどの巨大な砂の壁が、すぐそこまで迫っていた。




