第15話 画面の向こうのバカ
「システム上の採点は赤点だがな」
ネビルはそう言いながら腰の管理端末を取り出すと、私の左腕の『バグ』に向けて、パチリと電子音を響かせた。
画面の中で、これまで私を縛り付けていた赤黒い警告メッセージがすべて消え去り、緑色の【正式な副管理者権限】がアクティベートされる。
「だが、俺の査定としては……まあ、合格だな、エンジニア。お前は奴らを家畜にせず、本物の『人間』として自立させた。俺がかつて犯した全自動の地獄を、お前は知恵で乗り越えてみせたんだ」
ネビルが、その濁った目の奥に柔らかな、確かな信頼の光を灯して私を見つめていた。
拉致された遭難者から、本当の『パートナー』として認められた瞬間だった。
「……光栄ね、ネビル管理人さん」
「それと、これは本部には極秘だがな。……お前がずっと探していた『オブジェクト』のデータだ」
ネビルが不器用な手つきで、私のバグに一つの動画ファイルを転送した。
私は弾かれたように、左腕のバグの画面を凝視した。
ノイズの向こう、再生されたログの中に浮かび上がったのは、バベルのような薄暗い地下ではなく、まばゆいばかりの太陽の光が降り注ぐ、広大な緑の大地だった。
そこに、アイツがいた。
泥まみれのTシャツを着て、無骨に、だけど相変わらず不屈な顔をして、鍬を振るっているカイの姿。
映像の中で、カイは近くにいる村人に、何かを身振り手振りで教えていた。
村人が不器用そうに鍬を握り、土を耕そうとする。
だが、うまく扱えずに転んでしまう。
私は咄嗟に「あいつ、すぐ手を出して手伝っちゃうのよね」と思った。
だけど、カイは手を出さなかった。
ただ腕を組んで、じっと待っている。
村人が立ち上がり、もう一度鍬を振るう。また失敗する。
カイはまだ、手を出さない。
三度目に、村人が泥だらけになりながら、なんとか綺麗に土を掘り起こすことに成功した。
その瞬間、カイは「あの日」と同じように、「ああ、それでいい」と短く一言だけ言って、満足そうに別の場所へ歩いていった。
それを見た瞬間、私の胸の奥が、激しく、痛いほどに鳴動した。
(……あいつ、最初からこれをやってたのね)
私がこのバベルで、のたうち回り、血の涙を流しながら1年かけてようやくたどり着いた「残す」という答え。
あの農業バカは、私がここへ落ちてくるずっと前から、あの広い世界で、当たり前のように、誰にも言わずに、泥だらけのまま実践していたのだ。
「なによ、アイツ……。どこまで行っても、憎たらしいくらい先を歩いてるんだから……っ」
胸の奥から溢れ出す悔しさと、技術者としての深い敗北感。
そして何より――生きて、自分の戦いを続けていてくれたという圧倒的な安心感が、ごちゃ混ぜになって、視界を激しく歪ませた。
私は泥だらけの腕で顔を覆い、バベルの冷たい通路の奥で、声を上げて大粒の涙を流した。
みっともないくらい泣きじゃくる私の肩を、ネビルは何も言わずに、ただ大きな手で静かに、力強く支え続けてくれていた。




