第13話 仕様外の対価
ギギギギギ、ガコン!!!
翌朝、広場を揺るがしたその不気味な金属破壊音に、私は跳ね起きた。
直後、広場の天井に灯っていたまばゆい黄金色の明かりが、フッと息絶えるように完全消灯する。
それだけじゃない。
ドラム缶へと清水を注いでいた配水管の奥からも、ゴボゴボと空気を吸い込むような不穏な破裂音が響き渡った。
「電気が……! 水が止まったぞ!」
「おい、どうなってるんだ! カオル様!」
広場は一瞬にしてパニックに陥り、住民たちが悲鳴を上げて右往左往し始める。
私は生唾を飲み込み、左腕のバグの画面を叩いた。
画面には、激しいノイズと共に赤黒いエラーログが滝のように流れ落ちていた。
『――警告。第4配水管ラインにおいて、物理的なクラッシュを検知。自家発電パッチが強制停止しました。現在、蓄電池からのリーク電力が急増中。このままでは、あと一時間でバベル地区の全全機能が――』
「……だから言ったのに!」
私は部屋を飛び出し、片方ないサンダルで泥を蹴りながら、人工排水の滝へと続く通路を全力で走った。
現場にたどり着いた瞬間、私の目に飛び込んできたのは、無惨に引き裂かれた「残骸」だった。
昨日、若い住民たちが強引に増設した排気ファンは、水圧と自重に耐えかねて無残に引きちぎられ、濁流の底へと沈んでいた。それだけならまだいい。最悪なのは、そのファンが脱落する際、私が設計した木製の支持フレームを巻き添えにしてへし折っていったことだ。
メインの水車は斜めに傾いて水流に叩きつけられ、シャフトが歪んで完全にロックしていた。
パイプの継ぎ目からは、激しい泥水がスプレーのように噴き出している。
「ひ、ひええ……どうして、どうしてこんなことに……」
滝の淵で、タハールが腰を抜かし、真っ青な顔で震えていた。
その足元には、無惨にひしゃげたスピーカーの筐体が転がっている。
彼らは夜な夜な、私に隠れてスピーカーを繋ぎ、無理やり電力を引き込もうとして、システムを過負荷で自爆させたのだ。
「カ、カオル様! 助けてくれ!」
若い男たちが、泥をかぶりながら私のジーンズの裾にすがりついてきた。
「俺たちが悪かった! 言うことを聞けばよかったんだ! 頼むから、あんたのその凄い腕で、今すぐこれを直してくれ! 電気がなきゃ、水がなきゃ、俺たちは死んじまう!」
泣き叫び、懇願してくる住民たち。
彼らはまだ分かっていない。
自分たちが犯したエラーの重さも、インフラを維持することの本当の痛さも。
ただ「有能なシステムエンジニア」である私に泣きつけば、また元通りの快適な生活をタダでリセットしてもらえると、心の底から甘えきっているのだ。
私はすがりつく彼らの手を、冷たく振り払った。
「……嫌よ。直さないわ」
「え……?」
「私の警告を無視してシステムを書き換えたのは、あなたたちでしょ。
壊れたからって、なんで私が尻拭いをしなきゃいけないの? 私はあなたたちの奴隷じゃないわ」
冷徹に言い放つ私の声は、自分でも驚くほど、昨夜のネビルのトーンに酷く似通っていた。
「そんな、見捨てるのかよ!? お前には直す力があるだろ!」
「そうだ、ケチくさいこと言うな! 頼むから直してくれ!」
罵声と哀願が飛び交う中、私は一歩も引かずに彼らを睨み据えた。
今ここで、私がバグの力を借りて魔法のように直してあげたら、この人たちは本当に二度と自分の足で立てなくなる。
ネビルの言った『全自動の地獄』が、このバベルに完成してしまう。
「おい、お前ら。カオル様にみっともねえツラ見せるんじゃねえ」
その時、地面にへたり込んでいたタハールが、泥だらけの膝を震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。
彼は涙と鼻水で汚れた顔を乱暴に拭うと、歪んだ水車の前にトボトボと歩み寄った。
「……カオル様の言う通りだ。俺たちが悪かったんだ。ジャンナの奴らみたいに贅沢したいって目を血走らせて、カオル様を怒らせて、大事な水車を壊しちまった……。カオル様に頼るな。元々、俺たちの街だろ」
タハールは、落ちていた鉄格子の破片を拾い上げると、斜めに傾いた水車のボルトに、不器用な手つきでカン、カン、と当てがった。
「タハール、さん……?」
「俺が直す。やり方は分からんが、ネジを締め直しゃ、少しはマシになるかもしれん」
当然、素人の彼に直せるはずがなかった。
ボルトは錆びついてびくともせず、鉄片は虚しく金属音を立てて滑るだけだ。
それでも、タハールは、ハァハァと荒い息を吐きながら、何度も、何度も、泥まみれになって手を動かし続けた。
その、あまりにも無力で、だけど必死に「自分の足で立とうとする」老人の後ろ姿を、私はただ、胸を締め付けられるような想いで見つめることしかできなかった。
「――及第点、だな」
いつの間にか、通路の薄暗い天井の影から、ネビルが静かに歩み出ていた。
彼は暴動を警戒して腰の警棒に手をかけていたが、タハールの姿を見て、それを静かに外した。
ネビルの濁った目の奥に、初めて、カオルに対する深い信頼と、同志に向けるような静かな熱が灯っていた。
「ネビル、さん……」
「お前がここで突き放したからこそ、あの老人は家畜から、初めて『人間』に戻ろうとしている。……エンジニア。お前がこの街に残すべきパッチが、ようやく見えてきたようだな」
ネビルが私の隣に並び、その大きな手を、私の泥で汚れた肩にそっと置いた。
その手の温かさに、私の張り詰めていた心が、ほんの一瞬だけ救われたような気がした。




