【reverse 71 死に場所と、加速する夢と、SUZUKIの精神】
文久二年、五月。
長州・下関。
白石正一郎の邸宅の縁側で、坂本龍馬は大きな欠伸をしていた。
座敷の奥から、熱い声が響いている。
「今こそ異国船を焼き払い、この国を神の国に戻すべきです! 私たちは死を賭して戦う覚悟です!」
「……惣之丞、あいつら、また『殉国』だの『割腹』だの言いよるぜよ。暑苦しくてかなわんのう」
傍らで、沢村惣之丞が長州の軍制資料を捲っていた。
「龍馬さん、贅沢を言わんといてつかあさい」
土佐勤王党でも見てきた空気だ。
死に場所を探すような、あの空気。
せっかく土佐から逃げてきたのに、長州はもっと暑苦しかった。
「惣之丞、長州の奴らは熱心じゃが、話が固いのう。もっとこう、ドカンと世界がひっくり返るような、面白いことはないもんかえ?」
*
やがて、久坂玄瑞と真木和泉が縁側にやってきた。
いつものことだ。
「日本は神の国。真心があれば、異国の鉄船など恐るるに足らず!」
「坂本さん! 沢村さん! 今こそ異国船を焼き払い、この国を神の国に戻すべきです! 私たちは死を賭して戦う覚悟です!」
(焼き払うたって、あんな鉄の化け物に刀で勝てるわけなかろう。……鈴菌の言うように、タイタニック号を二隻作って保険金詐欺をした方が、よっぽど合理的ぜよ)
「久坂は相変わらず鼻息が荒いのう。死ぬことばかり考えておる」
「当たり前です! 散ってこその武士ではないですか!」
久坂が、澄んだ瞳で言った。
本気だった。
迷いが、一切なかった。
「坂本さん、武士が畳の上で死ぬなど、この時勢では恥辱でしかありません。私はいつでも、この関門海峡を血で染めて散る覚悟です」
龍馬は、久坂の顔を見た。
それから、空を見た。
「死んで花実が咲くものかえ。……のう、惣之丞。散るよりも、鈴菌の作ったあの『からくり馬』とやらに乗って、地の果てまで逃げ切る方が、よっぽど面白い武士道だと思わんか?」
「逃げてどうなるもんですか! 儂ぁ戦場で働きを見せて、のし上がりたくて堪らんがですよ!」
惣之丞が、資料から顔を上げて言った。
龍馬は、また空を見た。
(……お花たちは今頃、何をしちゅうろうか)
*
その時、障子が勢いよく開いた。
白石正一郎が、手紙を抱えて飛び込んできた。
「龍馬さん! 浜松の杉浦殿から文が!」
一同が、手紙を見た。
*
―――杉浦助右衛門より、白石正一郎殿への密書――
拝啓
関門の要衝、下関にて天下の志士らを差配される貴殿の御清栄、名古屋の地よりお慶び申し上げます。先だって送らせた内海船の荷、無事に届きましたでしょうか。
さて、本日は荷の報せではなく、一人の「怪物の卵」についてお伝えしたく筆を執りました。先日、斐三郎殿にも文を出しましたが、我が元に居る鈴菌なる若者が、ついに「風をも追い抜く力」の片鱗を見せ始めました。
貴殿の屋敷には、今も久坂殿や沢村殿、あるいは真木のおんちゃんといった、血気盛んな方々がたむろしていることと存じます。彼らが刀を研いでいる間に、奴は名古屋の鋳物師や細工師を総動員し、「物流の法」を根底から覆す術を練っております。
これより記すは、奴が「船外駆動」と称する、海の理を変える算段に御座る。
一、風に頼らぬ航跡
奴は「帆を張る暇があるなら、火を焚け」と申します。船の最後尾に、先述した高圧の蒸気機関と、水中で唸りを上げる「鋼の螺旋」を一体化させたものを吊り下げます。これにより、風が止もうが潮が逆巻こうが、船は矢の如く海面を滑ります。下関から大阪まで、三日もあれば着く計算に御座る。
二、情報の加速
鈴菌はこうも申しております。「物が早く着くより、先に『報せ』が着く方が商売になる」と。名古屋と下関の間を、内海船よりも速く駆ける「快速伝馬船」を、この機関にて走らせる算段に御座る。白石殿、これが成れば、貴殿の持つ情報網は天下を支配する力となりましょう。
三、成り上がりの翼
特に、貴殿の元にいる沢村殿や久坂殿の若造に伝えてくだされ。「戦場で名を上げたいなら、馬より速く、大砲より重い鉄の箱を扱えるようになれ」と。奴が今、名古屋で密かに組み立てているのは、戦を「人の勇気」ではなく「機械の出力」で決める、冷徹なる獣に御座る。
追伸
白石殿。久坂さんら長州の若者は「死に場所」を探しているようですが、鈴菌は「どこまで生き残って加速できるか」しか考えておりませぬ。いずれ、奴は自作の「黒船をぶっちぎる小舟」にて、関門海峡を土足で駆け抜けるつもりでおるようです。その時は、どうか貴殿の特権にて、港の門を大きく開いてやってくだされ。奴の持ってくる図面と野心が、下関の潮目を変えること、間違いなしに御座る。
文久二年五月 杉浦助右衛門
白石正一郎殿 机下
―――
*
読み終えた久坂が、首を傾げた。
真木和泉が、目を細めた。
白石正一郎が、困惑した顔で手紙を見直した。
惣之丞が、資料を持ったまま固まっていた。
全員が、狐につままれたような顔をしていた。
その中で一人、龍馬だけが声を上げて笑い出した。
「……がははは! まっこと、さすがは鈴菌殿ぜよ!」
龍馬が、立ち上がった。
「あんた、SUZUKIちゅう異国の神様の教えを、その身一つで引き継いじゅう伝承者じゃのう! 驚いたぜよ。あんなに自慢しちょった『からくり馬』が手元にのうても、あんたらときたら、知恵と度胸だけでとんでもないもんをこしらえてしまう。これが……これが噂に聞くSUZUKI精神っちゅうやつかえ! いやはや、まっこと愉快な奴らぜよ! あんたを見てると、この先の日本がどう転んでも、笑って進める気がしてくるのう!」
久坂が、呆れた顔で言った。
「坂本さん、何がそんなに可笑しいんですか?」
「久坂よ、『死に場所』を探しておる暇に、鈴菌は『どこまで加速できるか』を考えちゅうぞ?」
久坂が、黙った。
白石正一郎が、手紙をもう一度見た。
「坂本さん、この鈴菌という方は……いったい何者ですか?」
「面白い奴ぜよ」
龍馬が、縁側に腰を下ろした。
関門海峡の潮が、夕日に光っていた。
*
灯りが入った頃から、龍馬は語り出した。
鈴菌と、本田と、アプリと、花の話だ。
宍喰峠の盗賊の話をした。
久坂が「花という娘は本当に薙刀で三人を倒したのか」と前のめりになった。
弥太郎に三菱UFJと言った話をした。
白石が「それはいったいどこの商会ですか」と首を傾げた。
神領村でYOSAKOIを踊った話をした。
惣之丞が「そういえばあの爆竹の残りがまだあります」と言い出した。
月の綺麗な夜の話になった時、龍馬は少しだけ黙った。
「……お花、達者にしちゅうかのう」
誰も、聞こえないような声だった。
久坂が、龍馬の横顔を見た。
惣之丞が、黙って資料に目を落とした。
関門海峡の向こうに、月が上がっていた。
白く、静かな月だった。
*
夜が更けた頃、久坂がぽつりと言った。
「……鈴菌という方は、死を怖れないのですか?」
「怖れとるかどうかは知らんが、死を急いでもおらんみたいじゃったぞ?」
「それで……闘えるのですか」
龍馬が、海を見た。
「闘い方が違うだけじゃないかえ」
久坂が、黙って、月を見た。
白石正一郎が、手紙を丁寧に折り直した。
(……来月には、ここを出なければならぬな)
龍馬は、関門の潮風を胸に吸い込んだ。
死に場所を探す連中の中で、鈴菌だけがどこまでも加速し続けている。
いくら長州が暑苦しくても、この手紙一通で、空気が変わった。
このままここにいてはいかん。
前へ進まなければならない。
「I have a low exhaust、か」
龍馬が、小さく笑った。
月が、関門海峡を照らしていた。
白く、静かに、どこまでも照らしていた。
久坂 玄瑞★★★★
「長州の絶望的カリスマ・火炎放射器」
HP:800
攻撃力:550
素早さ:650
知力:920
特殊スキル:【インフェルノ・アジテーション(煽動の炎)】 彼の演説を聞いた者は、IQが一時的に低下し、「死ぬのがカッコいい」と思い込むデバフ状態に陥る。鈴菌の「オーバーレブ・シャウト」と真っ向から衝突するスキル。
装備品:【松陰先生の形見(遺書)】 これを開くと攻撃力が2倍になるが、本人の正気度が削られる呪いのアイテム。
弱点:【現実逃避(テクノロジー不信)】 「魂(大和魂)があれば鉄砲も黒船も怖くない」と本気で信じているため、鈴菌の「物理法則」を理解しようとすると脳がフリーズする。
白石 正一郎★★★★
「下関のメガ・パトロン&物流のハブ」
HP:2000
攻撃力:80
素早さ:400
知力:930
特殊スキル:【無限の兵糧】 「志」がある者なら、見ず知らずの浪士でも一晩泊めて飯を食わせる。鈴菌に対しても「面白い、この領収書は私が持とう」と、開発費を肩代わりしてくれる。
装備品:【白石家の日記(膨大なツケの記録)】 維新の志士たちの「飲み食い代」がすべて記された魔導書。これが失われると、明治政府の半分が倒産する。
弱点:【お人好しすぎる(倒産フラグ)】 「日本のためなら」と金を出しすぎて、自分の店(白石商店)のキャッシュフローが常にギリギリ。
真木 和泉★★★★★
「水戸学の狂犬&久留米のラスト・プロフェット」
HP:700
攻撃力:600
素早さ:450
知力:980
特殊スキル:【神風・レクイエム(殉死の強制)】 周囲の味方全員に「死んで神になれ」というバフ(?)をかける。攻撃力が大幅に上がるが、生存率が極端に下がる諸刃の剣。
装備品:【自作の血判状】 これに名前を書かされると、一瞬迷いが生じる呪物。
弱点:【妥協という文字がない】 「100点か、さもなくば死か」の二択。鈴菌の「とりあえずタイラップとビニテで直せば動くでしょ」という現場のリアリズムを「神への不敬」と怒り出す可能性がある。




