【reverse 70 モト子とVタックと、知らなかった歴史干渉】
翌朝。
明倫堂の門前に、四人が立っていた。
巨大な藩校だ。
敷地が広い。
門が重い。
「本来は藩士以外立入禁止ですよね……」
「杉浦さんの紹介状、効きすぎだろ」
門番が、紹介状を一目見て深々と頭を下げた。
「あの杉浦さんって何者なんですかね?」
「幕末って龍馬さんしか修羅の刻には出てなかったからね……」
*
待合室で待っていると、扉が開いた。
女性が、入ってきた。
本田が、固まった。
アプリが、固まった。
鈴菌が、固まった。
花だけが、首を傾げた。
その女性が、四人に丁寧に挨拶した。
「皆様、ようこそおいでくださいました。私がここの記録員のおモトというものです。皆様よろしくお願いします」
「も、モト子さん!? どうして!」
本田が、素で叫んだ。
「モト子? 私の名前はおモトですよ」
おモトが、困惑気味に答えた。
「まさか……モト子のご先祖さまか? おモトさん! 結婚は?」
「……独身です……」
おモトが、小さな声で呟いた。
「モト子さんと全く同じだ!」
花が、三人の顔を見回した。
「誰ですかモト子さんって」
「俺たちの旅仲間だ。キャノンボールを完走した凄い女だ」
「それより花ちゃんはモト子に会ったことなかったな」
花が、改めておモトを見た。
(確かに、なんか見たことあるような……)
*
おモトに案内されて、図書室に入った。
蘭書が、壁一面に並んでいた。
鈴菌とアプリが、棚の前で手分けをした。
ショメール日用百科事典。
遠西観象図説。
葛飾北斎の北斎漫画。
片っ端から、スマホで撮影した。
本田も花も、二人に合わせて棚を探した。
ページを開いては撮る。
開いては撮る。
三十分で出てきた。
おモトが、扉の前で目を丸くしていた。
「もうよろしいんですか?」
「杉浦さんから頼まれたショメール日用百科事典は完璧に覚えた。明日も来て、遠西観象図説でも読むことにするよ。今日は伊藤圭介という人物にも合わなければならないからな」
「それでは伊藤殿の所にご案内致します」
おモトが、何かを少し期待するような顔で言った。
*
伊藤圭介の自宅に着いた。
おモトが紹介してくれた。
年配の男性が、奥から出てきた。
本田が、また固まった。
「え! Vタックさん?」
アプリと鈴菌と花が、同時にその顔を見た。
全員が固まった。
花も、一度だけキャノンボールのHPで見知った顔だった。
「ど、どうしてこの時代にVタックさんが? いったいVタックさんは何歳なんですか!」
「ぶい? たく? なんだね、それ」
伊藤圭介が、首を傾げた。
どう見ても別人だった。
でも、どう見ても同じ顔だった。
鈴菌が、本田に耳打ちした。
「……おモトに続いてVタックのご先祖さままで出てきやがった」
「どういう確率ですか……」
*
伊藤圭介は多忙だという。
代わりに、息子たちが案内してくれることになった。
長男の延太郎か、次男の謙か。
その説明を聞いた瞬間、おモトの目が輝いた。
三十歳独身のおモトが、明らかに興奮していた。
本田が、鈴菌に耳打ちした。
「こんな所もモト子さんソックリですよね。おモトさんってモト子さんのご先祖さまなんじゃないですか?」
「まず間違いないな。これは龍馬よりも歴史干渉した場合の事が直接俺たちに絡んできそうだな」
二人は、しばらく黙って顔を見合わせた。
*
夕方。
河文。
名古屋城築城の頃から続くという料亭だ。
廊下が長い。
天井が高い。
座敷の窓から、庭が見えた。
六人が、卓を囲んだ。
四人と、おモトと、伊藤圭介だ。
「君たちはそんなに若いのに頭がいいんだね。杉浦助右衛門殿とは付き合いは長いのかい?」
「いいえ、つい最近知り合っただけですよ。杉浦さんって有名なんですか?」
「有名かですって? 杉浦助右衛門様を本当に知らないの?」
おモトが、絶句した。
「はい。最近まで坂本龍馬さんという超有名人とは一緒だったので、杉浦さんはどうしても地味でしょ?」
「ん? 坂本龍馬……? 伊藤様は坂本龍馬という人物をご存知ですか?」
「知らん……失礼だがどちらの坂本だね?」
「え? 土佐藩の坂本龍馬ですよ? 本当に知らないんですか?」
そこへ料理が運ばれてきた。
皿が並んで、箸が動いて、話題が流れた。
有耶無耶のまま、宴は終わった。
*
宿に戻って、四人が畳に向かい合った。
「どういう事ですか? なぜ、伊藤さんもおモトさんも龍馬さんのこと知らないんですか?」
「たぶん、つい最近までニートしてたからじゃないか?」
「あ、そうか。歴史に残る事をまだしてないんですよね? なんか逆に杉浦さんの方が有名ですよね?」
「あぁ。その杉浦助右衛門という人物は、現代人が漫画やドラマでしか幕末の知識を持たないから知らないだけで、実はちゃんとした人物なのかもしれないな」
「ここらで一度、この四人が知ってる幕末の情報共有でもしておくか?」
*
それぞれが、知っていることを話した。
本田は、江戸時代の次が明治時代だという事と、坂本龍馬と沖田総司と西郷隆盛の名前だけを知っていた。大政奉還という言葉は聞いたことすらなかった。
鈴菌は、龍馬が慶応三年の誕生日に京都の近江屋で中岡慎太郎と共に暗殺されることを知っていた。京都に新撰組がいる事。もうすぐ武市半平太が死ぬ事。長州と薩摩の同盟に龍馬が関わる事。勝海舟という人物が幕府にいる事。そして最終的にあっさりと明治時代になる事。
アプリは鈴菌よりもう少しだけ詳しかった。あと少しでこの辺りで生麦事件が起こること、それがきっかけで薩摩が戦争になることを知っていた。
花は、おーい龍馬を一度読んだことがあり、修羅の刻は何度も読んでいて、仁という幕末の医療漫画も読んでいた。漫画の中の龍馬については誰よりも詳しかった。ただし、どの漫画もこれからの龍馬を描いていた。四人と旅をしていた時期のことは、どの漫画にも描かれていない。花の知識が本当に役立つのは、もう少し先になる。
四人が、話し合えば合うほど、心配になってきた。
龍馬の事ではない。
杉浦助右衛門の事でもない。
おモトと、伊藤圭介の息子たちの事だ。
明日からも顔を合わせなければならない。
ただの会話だけで、自分たちの知る仲間たちの未来が変わってしまうかもしれない。
「モト子とVタックの先祖に、俺たちが何か言っちまったら……」
鈴菌が、天井を見た。
「最悪、モト子が生まれない世界線になるな」
全員が、黙った。
*
しばらく沈黙が続いた後、本田が口を開いた。
「……あの、一個だけ聞いていいですか」
「なんだ」
「北海道を一周した時、アプリさんと僕って五稜郭公園に行きましたよね」
「あぁ。中道食堂で昼食を食べて、堀でボートを漕いだな」
「あの堀、水が満々と張ってましたよね」
「……」
アプリが、少し間を置いた。
「水が満々と張った堀に、ボートが浮かんでいた」
「……その堀に水を引いたのって、もしかして」
二人の目が合った。
「杉浦さんが函館へ届けると言った、あの鈴菌式の蒸気機関のポンプだな」
本田が、口を半開きにしたまま固まった。
「……ということは、僕たちが五稜郭の堀でボートを漕げたのって」
「鈴菌のおかげ、ということになる」
鈴菌が、天井を見たまま言った。
「お前ら、礼を言え」
「……いや、まだ届けてないですけど」
「そういう話じゃないだろ!」
花が、小さく笑った。
*
笑いが収まると、また静かになった。
アプリが、天井を見たまま言った。
「杉浦助右衛門。俺たちが全く知らなかった名前だ。でも、その人物はもしかしたら五稜郭の建造に関わっているかもしれない。鈴菌の図面を持って函館へ手紙を届けた男だ」
「……それって、僕たちが五稜郭でボートを漕ぐ未来も、杉浦さんが絡んでるって事ですか?」
「そういうことになるな」
四人が、黙った。
龍馬。
弥太郎。
田中光顕。
沢村惣之丞。
平七。
倉場。
そして杉浦助右衛門と武田斐三郎。
知らないうちに、ずっと動かし続けていた。
歴史干渉をしていないつもりで、ずっと動かし続けていた。
そして今度は、モト子とVタックの先祖が目の前にいる。
「……歴史干渉って、意識した瞬間からじゃなかったんですね」
本田が、ぽつりと言った。
誰も、答えなかった。
答えられなかった。
行灯の炎が、揺れた。
名古屋の夜が、静かに、静かに更けていった。
伊藤 圭介★★★★
「日本初のドクター・サイエンス&植物鑑定士」
HP:1100
攻撃力:50
素早さ:300
知力:999
特殊スキル:【シーボルトの愛弟子】
西洋の科学者とのコネクションがあり、最新の海外論文(オランダ語)を読み解く。
装備品:【顕微鏡(初期型)】
当時としては超高級品。
伊藤 延太郎(長男)★★★
知力:850
特殊スキル:【父の代弁者】
圭介が興奮して専門用語(オランダ語混じり)でまくしたてるのを、鈴菌たちに分かりやすく通訳してくれる。
伊藤 謙(次男)★★★
知力:900
特殊スキル:【精密解剖】
鈴菌のエンジンの「内部構造」に異常な興味を示し、「一度バラして中を見てみたい」と執拗に迫ってくる。




