【reverse 66 オレオレ詐欺集団襲来!】
掛塚港。
五人と一頭が、桟橋に並んでいた。
船が、ゆっくりと岸を離れていく。
甲板に、龍馬が立っていた。
「龍馬さん! あの日の月は綺麗でしたね!」
花が、精一杯の声で叫んだ。
龍馬が、甲板から身を乗り出した。
「お花! あの晩の月は、まっこと綺麗じゃったねぇ……。わしはあの月を、一生忘れやせんぜよ。……おまんも、達者でな!」
声が、潮風に乗って来た。
花の目が、潤んだ。
本田と鈴菌とアプリと平七とタツが、そっと花から離れて港の市場の方へ歩き出した。
花は、船が小さくなるまで、その場に立っていた。
やがて、歩き出した。
*
「さあ、浜松はこっちだに! どんどんついてきなよ!」
平七が先頭に立った。
タツが馬を引いた。
本田がプレスカブを押し歩いた。
鈴菌がハスラー50を押し歩いた。
花がモトラを押し歩いた。
アプリがRS50を押し歩いた。
掛塚の白砂と松林が続いた。
遠州のからっ風が、横から吹いてきた。
右手に遠州灘の波音。
北東に、富士山。
本田が、富士山を見ながら呟いた。
「幕末の富士山って、現代と同じ形なんですね……」
綿畑の前を通った。
農家の軒先で、女性たちが綿を紡いでいた。
平七が、その畑を眺めながら歩いた。
いつもより、目が真剣だった。
*
天竜川の堤防道。
茶屋で一休みした。
お餅を食べた。
本田と花が、足の痛みに顔をしかめていた。
浜松城下に入ると、町並みが賑やかになった。
十一時。
平七の自宅に着いた。
奥さんが出迎えた。
タツを見た瞬間に、目が輝いた。
タツが、恐る恐る挨拶した。
奥さんが、タツの手を取った。
そのまま、離さなかった。
アプリが、それを見て、静かに息を吐いた。
*
平七が四人を引き止めたが、鈴菌のご先祖様に挨拶しなければならなかった。
「また来るよ、平七さん」
「そうかえ。なら、いつでも来てくりょ。鈴菌さん、SUZUKIの続き、楽しみにしとるだに!」
平七と別れて、歩いた。
約三十分。
鈴菌が、足を止めた。
小さな鍛治工房が、街道沿いに立っていた。
鈴菌が、懐かしそうな顔をしながらも今の実家とは別の姿に驚いている。
「まさか、こんな小さい工房だったのかよ!」
本田が覗き込んだ。
「鈴菌さんの実家、ですか?」
「あぁ。……一度も引っ越してないって聞いてたが、まさかこれとは思わなかったな」
鈴菌が、臆することなく工房のトビラを開けた。
「爺さん! 婆さん!」
*
工房の中に、青年がいた。
二十二、三歳。
鈴菌よりも年下だ。
細かい金属部品を、丁寧に並べて作業していた。
その顔を見た瞬間。
本田と花とアプリが、同時に固まった。
鈴菌だった。
鈴菌そっくりの青年が、工房にいた。
突然の来訪に、青年が手を止めて立ち上がった。
「あ、あの……どちら様でしょうか?」
鈴菌が、ニヤッとした。
「爺さん! オレオレ! ちょっと今、困っててさ!」
本田と花とアプリが、同時に顔を見合わせた。
(コイツはダメだ)
青年が、困惑しながらも、住居の方に向かって声をかけた。
「佳那、お茶の支度をしてくれるか?」
奥から、若い女性が出てきた。
十九歳ほどだ。
花と同じくらいの年に見える。
「どちら様かわかりませんが、いったいどんなご要件で?」
青年が、丁寧に四人を見た。
鈴菌が、胸を張った。
「俺の名は鈴菌。SUZUKIイズム継承者だ。爺さんの名前はなんだ?」
「……私は亜留斗です。初めまして」
「それじゃ、亜留斗爺さん、本題から言わせてくれ。今夜からこの家に世話になる! よろしくな」
「は?」
「は?」
「は?」
「……」
亜留斗と本田と花が同時に声を上げた。
アプリだけが、黙っていた。
「まずは納屋を案内してくれ。バイクしまいたい」
亜留斗が、まだ何も納得していないのに、なぜか全員を納屋へ案内した。
四台のバイクが、納屋に収まった。
工房に戻ると、佳那がお茶を運んできた。
四人が、一度お茶を啜った。
亜留斗と佳那が、不安そうに四人を見つめていた。
「婆さんの名前は?」
花と変わらない年齢の佳那が、亜留斗の後ろに少し隠れながら答えた。
「妻の佳那です。初めまして……」
「一応、花ちゃんは女の子だから、俺たちとは部屋を分けてくれ。部屋は余ってるか?」
亜留斗が、ようやく口を開いた。
「あの……すいません、実はウチは宿屋じゃないんですよ。先に言えば良かったですね、ハハッ」
「ここは鍛治工房だろ? 宿屋ではない事はわかってる。だから、泊まりに来た」
亜留斗の顔が、ゆっくりと固まった。
(……こいつら、頭がおかしい)
「何をふざけてるんですか! 用事がないなら早く帰ってくれ!」
「用事はさっき言っただろ! 今夜から世話になる!」
「冷やかしですか? ウチが何をしたって言うんですか!」
「何もしてないぞ? 亜留斗の孫の孫が尋ねてきたんだぞ? 早く歓迎してくれ!」
「孫の孫? うちにはまだ子供もいないんだけど?」
「そうなのか? でも、直にできる。だから俺がここにいる。そんなことよりも佳那婆さん! 風呂沸かしてくれ。皆疲れてるからな」
佳那が、亜留斗の背中にしっかりと隠れた。
見かねたアプリが、立ち上がった。
「すまん。鈴菌は説明が下手すぎて意味がわからんだろ? 分かりやすく言うと、俺たちは未来から来た」
亜留斗が、アプリと鈴菌を交互に見た。
「み、未来? 私の子孫がこの青年なのか?」
「さっきから言ってるだろ!」
「お前たちは詐欺師なのか?」
「詐欺師ではない、ただの旅人だ。爺さんは隼式・鋼球円環を作っただろ?」
亜留斗の手が、止まった。
「な、何故それを……まだ未完成なのに」
「爺さんが残した図面が今でも実家に残ってるからな」
「ず、図面? まさか……」
亜留斗が、作業台の引き出しから、丁寧に折り畳まれた紙を取り出した。
両手で持って、四人に見せた。
「こ、これですか!?」
「そうそう! それ! 160年後ではもっとボロボロだけどな」
亜留斗と佳那が、キツネにつままれたような顔で四人を見つめた。
亜留斗が、佳那に小声で呟いた。
「……部屋を用意してやってくれ」
佳那が、静かに頷いて、住居の奥へ向かった。
*
「本当に貴方は私の子孫なのか……?」
亜留斗が、鈴菌の顔をじっと見た。
「当たり前だ! 見ればわかるだろ」
本田が、アプリに耳打ちした。
「どっちが鈴菌さんか見分けがつきませんよねw」
アプリが、小さく頷いた。
鈴菌と亜留斗が並んで立っている。
顔が、同じだ。
目が、同じだ。
首を傾げる角度まで、同じだった。
亜留斗が、もう一度、鈴菌を見た。
それから、図面を見た。
それから、また鈴菌を見た。
そして、深い溜息をついた。
「……お前は本当に、私の血を引いているんだな」
「だから言ってるだろ」
「なぜそれで最初の一言が『爺さん! オレオレ!』なんだ」
「一番わかりやすいと思ったんだが?」
「全然わかりやすくない!」
亜留斗が、眉間を押さえた。
実直な職人の顔で、天井を見上げた。
「……お茶のおかわりはどうですか」
佳那が、奥から顔を出した。
状況がよくわかっていないが、四人が困っているらしいことだけはわかった様子で、丁寧にお茶を注いだ。
花が、思わず「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
佳那が、ほっとしたように微笑んだ。
*
こうして、浜松での拠点が決まった。
鈴菌と本田とアプリは離れの棟に。
花は三階の屋根裏部屋に。
夜、布団に入った亜留斗が、佳那に小声で言った。
「……あいつ、本当に俺の子孫か?」
「似てましたね、とても」
「いや、顔じゃなくて……あの、オレオレとか言い出した時の」
「似てましたね、とても」
亜留斗が、また溜息をついた。
佳那が、静かに笑っていた。
工房の納屋では、四台のバイクが並んでいた。
ハスラー50。
プレスカブ。
モトラ。
RS50。
浜松の夜が、静かに更けていった。




