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【reverse 65 I have a low exhaust――さらば、土佐の龍】

 昼過ぎまで、四人は眠っていた。


 起こしたのは、タツだった。


 全員の部屋を順番にノックして回った。

 返事がなくても、ノックし続けた。


   *


 目を覚ました本田が、倉場の部屋を訪ねた。


「僕らも掛塚港まで、からくり馬と一緒に運んでください」


 倉場が、即座に頷いた。


 それを聞いたタツが、廊下で飛び跳ねた。

 アプリも一緒に浜松まで来ると知って、大喜びだった。


   *


 アプリの部屋で、平七に浜松のことを聞いた。


 鈴菌が、地図を見ながら言った。


「そうか、それなら平七の家からウチの実家は近そうだな。掛塚港に着いたら俺たちは俺の実家を尋ねるよ」


「鈴菌さんの家が俺ん家の近所で、ありたけ良かったぞん! 鈴菌さんからは、まだまだSUZUKIの教えを学びたいと思っとったもんでねぇ。これからは、ご近所付き合いしてちょうだいよ!」


「もちろんだ! 平七さんにはこのSUZUKIイズム継承者の俺が、まだまだSUZUKIイズムを叩き込むぞ!」


 平七の目が、ランランと輝いた。


 こうして四人は、浜松では鈴菌のご先祖様の家に厄介になることを決めた。


   *


 出航の日を迎えた。


 全員で甲板に立った。


 四国が、遠ざかっていく。


 龍光寺の大鳥居。

 仁淀川の青。

 桂浜の波音。

 才谷屋の屋根。

 宍喰峠の焚き火。

 神領村の蒼い炎。


 全部が、少しずつ小さくなっていった。


「結局、お遍路は全部回れませんでしたね……」


「また来れば良いよ」


「そうだね、またいつか来よう」


 海風が、甲板を渡った。


   *


 四国の地を眺めていた四人の元へ、龍馬が来た。


「おまんらあも、このまま倉場どんと共に長崎まで来んかえ? おまんらあとやったら商いも上手ういきそうながやけんど、一緒に来てくれたら、まっこと助かるがやきねぇ」


 アプリが、代表して答えた。


「俺たちにはもう売るものも無くなった。それに、今の龍馬さんには俺たちは足手まといになる。こんな旅人よりも龍馬さんの周りには凄い仲間が必ず集まるよ」


 アプリが、胸に手を当てた。

 本田と鈴菌と花も、同じように胸に手を当てた。


「I have a low exhaust。これは俺らの合言葉みたいなものだ。意味は、我に小さなハートあり、だ」


 花が、龍馬の瞳を真っ直ぐに見て言った。


「こんなちっぽけな旅人でも前へ前へ進むだけで蝦夷地まで旅できたんだから、龍馬さんなら何処でも行けるよ! 絶対!」


 龍馬が、四人の顔を一人ずつ見た。


「ええ言葉じゃねぇ。わしも前へ前へと突き進むだけぜよ! わしにもそんな仲間ができるとええのぅ。……いや、必ず見つけちゃるき!」


   *


 花が、懐から二つのものを取り出した。


 一つは、手紙。

 もう一つは、地図柄の長財布だ。

 プリマクラッセ。

 花が就職した日に、菊おばあちゃんが買ってくれた、大切な財布だ。


「龍馬さん、この財布は私の就職祝いでおばあちゃんから買ってもらった大切なものなの。必ず大切にしてね。絶対にこの財布が役に立つ日が来るはずだから。それから、この手紙はまだ読まないでね。これを読む時は沢村惣之丞さんと、これから龍馬さんが必ず出会う中岡慎太郎さんと、三人が顔を合わせた時に必ず読んで欲しいの。近い将来龍馬さんは必ずこの三人になる日が来るはずだからね」


「中岡? 聞かあせん名前じゃけんど……土佐の人間ながかえ?」


「そう、土佐勤王党の人。大丈夫。沢村惣之丞はその中岡さんとは知り合いなはずだから。でも、今はまだ会わない方がいいのよ。たぶん……」


 龍馬が、手紙と財布を懐にしまった。


 丁寧に、しまった。


 客室へ戻ろうとした龍馬に、鈴菌が慌てて声をかけた。


「あ、龍馬さん! 一応、確認! 船を作るなら?」


 龍馬が振り返った。


 ニヤッと笑った。


「タイタニック号じゃろ?」


 手を振って、客室に消えた。


   *


「これで歴史に干渉しちゃいましたね!」


「うん! 皆ありがとう!」


「僕らも好きでした事だよ。礼なんていらないよ」


「そうだぜ? 花ちゃん。そもそも龍馬さんにタイタニック号の話をしたのは俺だしな!」


 四人が笑った。


 龍馬暗殺阻止作戦が、全て上手くいったことを信じて、笑った。


 遠ざかる四国を、笑顔で見つめていた。


   *


 四国が見えなくなった頃、本田がアプリに尋ねた。


「でも、手紙には暗殺の事をきちんと明記した方が良かったんじゃないですか?」


「暗殺されると書くと当日に龍馬さんが店に行かない可能性が出るだろ? そうすると暗殺部隊はどうする?」


「龍馬さんを探します」


「だな。だからこそ、当日は龍馬さんにはあの店にいてもらわなくちゃならない」


「でも、死体の偽装を豚二体にしたら、龍馬さんが偽装工作をして逃げた事が一発でバレませんか?」


「だからこその豚だろ? 本田は社会人経験が無いからわからんだろうが、例えばめちゃくちゃ怖い上司から絶対に上手くいく契約を任されたとする。ところがつまらんミスをして契約を破断させてしまった時にお前ならどうする?」


 本田が、しばらく考え込んだ。


「逃げ出す? いや! 上司への報告を誤魔化す……? あ!! そうか! 暗殺部隊も暗殺が失敗した事は報告出来ないんだ! しかも現場には豚二頭が転がってたなんて絶対に報告出来ません!」


「正解。そんな現場を強襲したら暗殺部隊は必ず、龍馬を殺したという偽装工作をする。暗殺を失敗して豚が転がってたって事は暗殺の情報が漏れてた事になるからな。暗殺部隊は必死で偽装工作を自分たちでやるだろうな」


 アプリと鈴菌が、同時に笑い出した。


 必死で龍馬暗殺の偽装工作をしている暗殺部隊の姿を想像しただけで、おかしくてたまらなかった。


 本田も釣られて笑いだした。


   *


 花だけは、笑っていなかった。


 水平線を、見つめていた。


 龍馬の懐に、手紙と財布が入っている。


 菊おばあちゃんが買ってくれた、あの地図柄の財布が。


 龍馬が無事に生きていてくれるように。

 手紙通りに動いてくれるように。

 あの財布が、いつか役に立つ日が来るように。


 花は、水平線に向かって、静かに願っていた。


 もう二度と、会えないかもしれない人のために。


 龍馬の背中の温かさを思い出しながら。


「お花、月がこじゃんと綺麗ぜよ」


 その声が、また聞こえた気がした。


 花は、目を細めた。


 前へ。


 前へ、進むだけだ。


 I have a low exhaust。


 小さなハートで、前へ。


   *


 海が、広がっていた。


「ガス欠のRiderでも出来ることはある!」


そう言って、

 三人の笑い声が、潮風に溶けていった。


 花の横顔が、夕日に照らされていた。


 四国は、もう見えなかった。


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