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【reverse 64 友達】

 倉場亭に戻った四人は、ぐったりしていた。


「バイクに乗れないっていうのは本当に疲れますね……」


 本田が、筋肉痛に顔をしかめながらぼやいた。


 花が、その声を聞いていなかった。


 龍馬の背中を思い出していた。

 温かくて、広くて、ゆっくり揺れていた背中を。


 気づけば、顔が熱くなっていた。


「俺も足がデラ痛い! 明日は一日オフだな」


「この辺に温泉って無いんですか?」


 本田が、縋るようにアプリを見た。


「残念ながら、一番近い温泉が神領村だな。でも、この街には塩湯という銭湯ならあると平七が言っていたぞ」


「塩湯?」


「海水を沸かした銭湯らしい」


「え? それってベタベタしませんかね?」


「するだろうな。ただ、海水自体が強塩泉だから熱海温泉に近いんじゃないか?」


「行きたいです!」


「良いなぁ〜。この時代は混浴だから私は遠慮するよ」


「水着着ちゃえば良いんじゃない?」


「銭湯の人に怒られないかな?」


「それなら、倉場さんに聞いてみようぜ」


   *


 倉場の部屋には、龍馬がいた。


 二人で地球儀を熱心に見ていた。


「すいません、倉場さん。この街の塩湯で女の子がスイムウェアを着て入ると怒られちゃいますかね?」


「swimwear? 私モ銭湯ハ行ッタコトガ無イデス。日本ハ混浴ダカラ私入レナイ。デモ、近所ノ銭湯デ良ケレバ貸切ニシマショウカ? 私モ入ッテミタイヨ! 私もswimwearヲ着ルカラ花もswimwearヲ着レバ良イ」


   *


 数時間後。


 近所の塩湯が、貸切になっていた。


 倉場がスミス&ウェッソンの交渉と同じ熱量で段取りをつけた結果だった。


 倉場は、膝丈まであるウールの縞模様のパンツで入っていた。

 花は、学生時代から使い続けているスクール水着だ。


 藍色だった。


 平七が、花のスク水に飛びついた。


「この生地……! たまげたもんだに! 縫い目がまったく見えんぞん! この張りと弾力は……!」


「変態!」


 花が平七をピシャリと突き放した。


 平七が、すごすごと湯船に戻った。


 全員が湯に浸かって、しばらく誰も何も言わなかった。


 祭りの疲れが、塩の熱に溶けていくようだった。


   *


 龍馬が、口を開いた。


「わしはここから先あ、倉場どんと一緒に旅を続けるぜよ」


 湯煙の中で、全員が龍馬を見た。


「この後、倉場どんは平七を掛塚まで送った後、江戸に寄ってから長崎へ船で行くそうじゃ。わしはそれに着いて行って、船の技術を学ぼうと思うちゅう。わしは世界と商いをするがが夢やきねぇ!」


 花の顔が、少し翳った。


 アプリと鈴菌は、黙っていた。


 歴史の歯車が、カチリと音を立てた気がした。

 嵌まるべき場所に、嵌まった音だ。


 才谷屋での日々。

 龍光寺への旅。

 宍喰峠の夜。

 弥太郎、田中光顕、沢村惣之丞との邂逅。

 そしてタイタニック号の保険の話。


 全部が、この一言に繋がっていた。


 歴史を変えていないつもりだった。

 でも、実は。


 歴史だけが知っていた。

 四人はまだ、知らない。


 日本史を全く知らない本田だけが、龍馬の決意を聞いて目を輝かせた。


「へぇ〜、船旅ですか〜。それもいいですね! 僕も船旅は好きなんですよ! 何故か心踊りますよね!」


 龍馬と本田が、湯の中で船旅について語り始めた。


 花は、湯面を見つめていた。


   *


 平七が、バタ足をしながら湯船の縁に捕まっているタツに声をかけた。


「おタツ、船の仕度が調ったら、一緒に浜松行って、俺ん家で暮らさんにけぇ? うちあぁ子がおらんもんで、おタツさえ良けりゃあ、養女に迎え入れてもええと思っとるぞん」


 タツが、アプリの顔を見た。


 それからすぐに、アプリに縋り寄った。


「仙人様、オイラは仙人様と一緒に行けないの?」


 涙が、浮かんでいた。


 アプリが、タツの頭を撫でた。


「俺たちの旅は終わりのない旅なんだ。タツには未来があるだろ? 平七ならお前を大切にしてくれる」


 タツが、わんわんと泣いた。


 アプリに縋り付いて、泣き続けた。


 塩湯の湯気の中で、タツの泣き声だけが聞こえていた。


 誰も、何も言わなかった。


   *


 ひとしきり泣いた後。


 倉場亭に戻ったタツが、皆に告げた。


「オイラ、平七と浜松に行くよ。綿農家だって行くから、アプリリアと一緒にそこで働くよ!」


 迷いのない顔だった。


 アプリが、タツに小声で言った。


「お前の馬の名前は俺のからくり馬と同じ名前だ。大切に扱えよ」


 タツが、頷いた。

 その言葉を、胸に刻んでいるようだった。


   *


 夜が更けた。


 アプリの部屋に、本田と鈴菌と花が集まっていた。


「最東端まで行ったのに効果無しは厳しいですね」


「まだわからんぞ? 明日目が覚めたら現代に戻ってるかもしれないぜ?」


 その言葉が、ほぼ聞こえていない花が、突然、三人に向かって言った。


「このままじゃ龍馬さんが死にます! 私たちでなんとかできませんか!」


 決意を固めた顔だった。


 アプリも本田も鈴菌も、止めても無駄だとわかった。


 本田が言った。


「そうだね。僕も花さんに賛成するよ!」


「俺は根っからのSUZUKIイズム継承者だ! SUZUKIは失敗を恐れない! 俺も賛成だ!」


「せっかくここまで歴史干渉せずに来たのが水の泡だな……」


 アプリが、少し間を置いた。


「このまま帰れないのなら、歴史を変えるのも悪くない。むしろ俺たちの都合の良い世の中を作るチャンスかもしれないな。俺が排ガス規制の無い世の中を作ってやるか!」


「良いね! 脱排ガス規制!」


「僕も排ガス規制前のバイクブームを見てみたいです! 僕らが歴史を作りましょう!」


 三人が笑っていた。


 花は、その顔を見ていた。


 未来に帰れなくなるかもしれない。

 それでも、笑っている。

 それでも、付き合ってくれる。


 その瞬間、花の胸に、菊おばあちゃんの声が戻ってきた。


 あの朝の、縁側の声だ。


『いい友達ってのはな、いい旦那見つけるより、よっぽど難しんだど?』


 おばあちゃん。


 正しかった。


 花のわがままに、誰も呆れなかった。

 誰も、損得を考えなかった。

 ただ笑って、付き合ってくれた。


 こんな仲間と旅に出られたことを、花は誇らしいと思った。

 どんな時代に放り込まれても、この四人なら生き残れると、花は確信した。


   *


 四人は、明け方まで語り合った。


 龍馬暗殺阻止作戦を、練りに練った。


 完璧なプランが、出来上がった。


 窓の外が、白んでいた。


 椿泊に、夜が明けていた。


   *


 そして、歴史だけが知っていた。


 四人はまだ、気づいていない。


 才谷屋でのボールペン。

 沢村惣之丞へ渡したZIPPO。

 タイタニック号の保険の話。

 田中光顕と龍馬を引き合わせた夜。

 弥太郎に渡した三菱のジェットストリーム。

 春猪に教えた「蝦夷地には必ず行ける」という言葉。

 平七の耳に叩き込んだSUZUKIイズム。


 全部、すでに起きていた。


 四人が「歴史干渉しない」と誓った、その日から。


 歴史は、とっくに動き始めていた。


 椿泊の朝日が、海を染めていた。

 四人の寝顔を照らしていた。

 何も知らない、四人の寝顔を。


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