【reverse 61 平家の村と、リンカーンとオロチと、青い炎】
昼前。
神領村に着いた。
アプリとタツが馬で先頭。
本田と倉場がプレスカブ。
鈴菌と平七がハスラー50。
龍馬がRS50。
殿を花のモトラ。
「なんか怪しい村ですね……」
「ここあ平家の落人の村だもんで、最初はちっと驚げるかもしれんが、今じゃあごく普通の村人だに。みんな大人しい衆だもんで、安心してくりょ」
「Mr.平七、御神輿ドコデスカ?」
「お宮さまだに。俺が案内してやるもんで、行かざあ!」
*
神社の境内に入ると、すぐにわかった。
小さな社の前に、それはあった。
木の台座の上に、古びた箱が乗っている。
金箔が、わずかに残っていた。
翼を広げた天使のような意匠が、左右に一体ずつ。
向かい合っている。
倉場が、固まった。
「Oh my God……」
声が出なかった。
「倉場どの、これっぱあ地味な御神輿で、まっこと構わんがですか? 土佐にゃあ、これよりもずっと立派な神輿が仰山ありますぜよ!」
「コレコレ! コレ! コレ!」
倉場は、それ以上の言葉を持っていなかった。
「これがアークみたいだね! 良かった、簡単に見つかって」
*
その声が、聞こえていたらしかった。
境内の奥から、大男が現れた。
黒鮫、と名乗った。
背が高い。
肩が広い。
目が、据わっている。
村の長だとわかった。
「その神輿に触るんじゃねえ! それは村の宝だ!」
龍馬以外の全員が、一歩下がった。
龍馬だけが、前に出た。
「こちらの倉場どのが、この御神輿をどうしても買うたいと言うちゅうがですが、何とか譲って貰えんがですかねぇ? 倉場どのはこじゃんと金持ちやき、望むっぱあ払うてくれると思うぜよ!」
黒鮫の顔が、赤くなった。
「ふざけるな!」
太刀を抜いて、龍馬に斬りかかった。
龍馬が刀を抜いて、受け流した。
金属音が、境内に響いた。
二人が、間合いを取って睨み合った。
その時。
「やめてください!」
花の声が、境内に通った。
龍馬と黒鮫が、同時に動きを止めた。
二人とも、花を見た。
花が、黒鮫の前に立った。
「こんな地味な御神輿で喧嘩してどうするんですか! 村長さん! 私がもっと派手な御神輿の作り方を皆さんに教えるので、それとこの地味な御神輿と交換してくれませんか?」
黒鮫が、刀を納めながら言った。
「これよりも派手な神輿だと?」
しばらく黙った。
「少し待ってろ。村人に聞いてくる」
黒鮫が、村の方へ歩いていった。
*
「花さん、これよりも派手な御神輿って?」
「私、中学の時も高校の時も、ねぷたを作ったことがあるの。だから、皆でねぷたを作りましょうよ!」
「なるほど」
アプリと鈴菌が、同時に頷いた。
龍馬と倉場と平七とタツが、首を傾げた。
鈴菌が手帳を取り出して、イラストを描きながら説明を始めた。
*
黒鮫が戻ってきた。
「まずはその神輿を見てから決めてやる。これよりも派手な神輿なら考えてやる。人手と材料と道具が必要なら村のものを使え」
花が、頷いた。
目が、光った。
青森明の星中学、青森明の星高校。
文化祭のたびに、ねぷたを作り続けてきた。
その記憶が、全部戻ってきた。
「わかりました。やります!」
*
花の号令が始まった。
「アプリさんは村の人の管理! 鈴菌さんは設計! 倉場さんは資材の手配! 平七さんは骨組み! 本田くんはカブで資材の輸送! 龍馬さんは私が直接指示します!」
全員が、動いた。
花の文化祭実行委員としてのスキルは、本物だった。
村人とも即座に打ち解けて、作業が始まった。
*
鈴菌が、地面に枝で図面を描いた。
幾何学的な線が、サラサラと引かれていく。
「いいか平七。ただ竹を組むんじゃねえ。トラス構造だ。三角形を組み合わせろ。そうすれば、細い竹でも、巨大なアークを載せたってびくともしない高剛性フレームになるんだよ!」
鈴菌の目が、ハスラー50のフレームを見つめる時と同じ光を放った。
「……三角形……! なるほど、これなら横からの力にも、えらい強いだに!」
平七が、竹を手に取った。
割って、蔓で縛る。
割って、縛る。
花が教えるねぷたの伝統的な組み方に、鈴菌の強度計算が加わった。
骨組みが、驚くほど軽く、信じられないほど頑丈な構造へと育っていった。
「……本田、鈴菌どのと平七どのの、あの手の早さは何ながですか? まるで神が乗り移ったように、迷いなく竹を組んでいきちゅうぜよ!」
「Oh! Beautiful……!! この幾何学的な美しさ……これはもはや、移動式の大聖堂ですね!」
*
「ロウソク、足りるかな……」
花が呟くと、平七が村の蔵からずっしりと重い束を持ってきた。
「お花さん、心配ねぇだに! このあたりあ櫨の産地だもんで、ロウソクなら仰山あるぞん!」
「わあ、太い! これなら青森のねぷたにも負けないくらい明るくなるよ!」
その時、倉場が真鍮製のアルコールランプを差し出した。
「No, No……伝統モ良イデスガ、コノアルコールノ青イ炎ヲ混ゼテクダサイ。アークヲ照ラスニハ、科学ノ光ガ必要デス!」
フレームの内側で、和ろうそくの朱い揺らぎと、アルコールランプの蒼い鋭さが混ざり合った。
鈴菌の計算に基づいた位置に、アルコールランプの台座が整然と並べられた。
花が、腕を組んで頷いた。
「うん、完璧! 私の学校で作った時より、ずっと丈夫でかっこいいよ。……これなら、少々の悪路でも壊れないね!」
アプリが、その構造を広角で撮った。
(……鈴菌の設計と、平七の腕。そこに花の文化祭のノリ。……これはいいものができる)
*
六日が経った。
リンカーン大統領がオロチを成敗するねぷたが、ほぼ完成に近づいていた。
リンカーンの顔は、龍馬のマスクを忠実に再現した。
朱と金と黒で彩られた、堂々たる面構えだ。
足元にのたうつオロチは、七つの頭が月夜に吼えている。
アルコールランプに火を入れると、蒼い光がフレームの隙間から漏れ出す。
和ろうそくの朱が、その蒼を縁取る。
全体が、内側から燃えているように輝いた。
黒鮫が、遠くからそれを見ていた。
何も言わなかった。
でも、目が変わっていた。
*
ねぷたが仕上がった頃から、花は別の作業も始めていた。
龍馬と村人たちを集めて、何かを稽古している。
声が揃っている。
体が動いている。
何度も繰り返している。
本田が覗こうとすると、花が手で追い払った。
「まだ見ないで! 当日まで秘密!」
鈴菌が遠くから眺めた。
「……何してるんだあれ?」
「さあ」
アプリが答えた。
連日の稽古で、龍馬を含めた村人たちが、だいぶ様になってきていた。
「皆さん、だいぶ上達しましたね! でも、まだ甘い! もっと呼吸を合わせて、ピタッと動きを合わせてくださいね! 龍馬さんはだいぶ上手くなりましたね!」
「お花! こりゃあ何か知らんが、まっこと楽しうなるねぇ! これっぱあのもんなら、黒鮫どのも満足してくれるに違いないぜよ!」
龍馬と花が、笑顔で見つめ合った。
花が、頷いた。
(きっと大丈夫)
*
夕暮れ。
完成したねぷたの前に、一行が並んだ。
蒼い炎が、静かに揺れていた。
リンカーンが、オロチを踏みつけて空を見ていた。
その表情は、どことなく龍馬に似ていた。
倉場が、目を細めた。
「……コレハ、コノ村ノ新シイアークニ相応シイデス」
誰も、答えなかった。
神領村の夜が、蒼く、静かに始まった。




