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【reverse 59 藍・戦士と】

 藍住の夕暮れ。


 立派な着物を着た男が、ハスラー50のそばにしゃがんでいた。

 車輪を、指先でつついている。


 鈴菌が、声をかけた。


「その言葉はデラ遠州弁だな」


 男が顔を上げた。


「そう言うあんたあも、同郷の人だに? ……私は平七だ。いきなり声をかけてしもうて、わりいねぇ」


「あぁ、遠江の浜松出身だ。あんたはこのハスラーの良さがわかるのか?」


「良さ……? こんな二輪のハリボテが、かい? わりいねぇ、俺にはこれの良さが、ちっとも分からんぞん!」


「まあ、そうだろうな。幕末ステルスなら仕方ない……」


「どっちかっつうと、俺あこっちの方が、ゴツゴツしてて好きだに。……こいつあ、えらい頑丈そうだもんで、ええぞん!」


 平七が指差したのは、モトラだった。


「ハスラーがモトラに負けるだと!?」


 鈴菌が、膝から崩れた。


 花が、満面の笑みで言った。


「平七さんの見立ては素晴らしいです!」


「モトラもカブのエンジンなのである意味カブだけどね!」


 本田が横から言った。

 花が、舌を出した。


 龍馬が、RS50を押し歩きながら口を挟んだ。


「平七殿! この『あぷりりやー』も、こじゃんと格好がええぜよ! こいつが一番図体が太うて、強そうながやき!」


「そいつぁ、ただのハリボテだもんで、俺ぁ嫌いだに」


 龍馬が、がっくりした。


 平七が、四人を見回した。


「あんたらあ、自分のハリボテに誇を持っとるだなぁ。そりゃあ愉快だのん! ……今夜はこの街に泊まるだら? 良ければ、俺の泊まっとる宿を紹介してやろうかえ?」


「それはありがたい! 俺もあんたにはSUZUKIイズムを叩き込みたいからな! 明日の朝にはあんたのイチオシはこのハスラーになってるはずさ!」


 平七が、少し笑った。


   *


 宿に入ると、平七の話がわかってきた。


 藍住には藍染の勉強に来ていること。

 浜松では綿農家をしていること。

 事業の拡大を考えていること。


 真面目な男だった。

 目が真剣だった。


 鈴菌は、そんな平七に酒を注ぎながら深夜まで話し続けた。

 SUZUKIイズムの布教が始まった。


   *


 翌朝。


 出発の準備をしていると、平七から呼び止められた。


「昨日は楽しかったもんで、まだ時間があるんなら、藍染を見ていかんだらか? ……俺が案内してやるだに!」


 先を急いでいるわけではなかった。

 龍馬が即座に「見たい!」と言った。


 六人は、連泊を決めた。


   *


 平七の修行中の工房に、案内された。


 藍屋敷の門をくぐると、熱気が来た。

 発酵した藍の、ツンとした香りが鼻を刺す。


 工房の床に、大きな藍瓶が並んでいた。

 土に埋め込まれている。

 瓶の表面に、青い泡がこんもりと盛り上がっていた。


「藍の花だ。生きてる」


 平七が、静かに言った。


 職人たちが、立ち働いていた。

 上半身裸で、湯気の中に立っている。


 束ねた布を、藍瓶の中へ一気に沈める。

 引き揚げた直後の布は、茶褐色だ。

 それを力強く絞ると、空気に触れた瞬間に、鮮やかな青へと変わっていく。


 龍馬が、目を見開いた。


「……まっこと、魔法のようながぜよ!」


 バシャーン。


 濡れた布を板に叩きつける音が、工房に響いた。


 タツが、体をびくっとさせた。


 工房の外に出ると、高い竿に染め上がったばかりの布が吊るされていた。

 川風に、たなびいている。

 空の青と、藍の深い青が混ざり合っていた。

 町全体が、青いカーテンに包まれているようだった。


 本田が、スマホを構えた。

 黙って撮った。


 平七が、その横で腕を組んでいた。

 職人たちの動きを、ひとつひとつ目で追っている。


   *


 その時、工房の入口で声がしていた。


 外国人だった。


 職人に何かを頼んでいる。

 でも言葉が通じない。

 身振り手振りで、必死に伝えようとしていた。


 花が近づいた。


「何かお手伝いしましょうか?」


「jeansヲ、オーダー!」


「ジーンズですか?」


 花が、平七を振り向いた。


「平七さん、ここの工房でジーンズって作ってもらえますか?」


 平七も工房の職人も、首を傾げた。


 話がまとまらない。


 本田が、リュックを開けた。

 三沢基地のミリタリーショップで買ったBDUパンツを取り出した。


「これの丈夫なやつですよ」


 平七が、それを受け取った。


 生地を手で触った。

 縫い目を指でなぞった。

 ポケットの取り付け方を確かめた。


 目が、真剣になった。


「この袴あ、たまげたもんだに! これなら、すぐに作れるぞん! ……三日……いや、二日で仕上げてやるもんで、待ってな!」


 外国人が、笑顔になった。

 工房に、多めの金を払った。


 それから、花と本田に向かって言った。


「Thank you! jeansムリダッタ、ケド、助カッタ!」


「日本でズボンは手に入らないから不便でしょ?」


「YES! ソーデス! 本当ニ、コマッテタ。トコロデ、コノアタリデ、hotelドコ?」


 六人は、外国人を自分たちの宿へ案内した。


   *


 宿で、外国人が自己紹介した。


「倉場富三郎ト、申シマス」


「え? 倉場さんって日本人なんですか?」


「NO、ジャパニーズネーム。本当ノナマエハ、ムズカシイ!」


「なるほど! その方が僕らも呼びやすいです! ところで倉場さんはなぜジーンズを注文したんですか?」


「剣山デ、調査スルカラjeans必要デス」


「剣山?」


「YES! 皆サンハ、ドチラマデ?」


「蒲生田です」


「ワタシ、椿泊ニ別邸アリマス。剣山ノ調査オワッタラ案内シマショウカ? 皆サンハ、イツマデ滞在?」


 本田が、アプリを見た。


「倉場さんの調査はいつまでかかるんだ?」


「剣山マデ2Days、ダカラ、5Days」


「いや、俺たちが剣山まで送ってやる。明日の朝出ると夜には着くはずだ」


 倉場が、嬉しそうに頷いた。


   *


 その夜。


 鈴菌は平七に酒を注ぎ続けた。

 SUZUKIイズム布教の続きだ。


 隣の部屋では、倉場が地図を広げていた。

 剣山への道を、指でなぞっている。


 アプリが、倉場の地図を横から覗いた。


(この男も、目が違う)


 龍馬、弥太郎、そして平七。


 この旅で、そういう目をした男に何度か会った。

 時代の先を見ている目だ。


 倉場も、同じ目をしていた。


 アプリは、何も言わずに自分の寝袋へ向かった。


 藍住の夜が、青く静かに更けていった。


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